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小説「15歳の傷痕」-36

(前回はこちら ↓ )

<これまでのあらすじ>
高校3年生の上井純一は、中学3年の時に神戸千賀子という初めての彼女が出来たものの、高校受験直前にフラれる。しかし上井と神戸は同じ高校に進む約束をしていたため、同じ高校に進学してしまう。更に同じクラス、同じ吹奏楽部へと進路を共にしながら、神戸は彼氏が次々出来るものの上井は酷い失恋が続き女性不信、恋愛恐怖症というネガティブな性格になってしまい、上井のことを好きだという女子がいるという話を聞いても信用しない。そんな中、高校最後の文化祭の時期となり、上井は多忙を極めるが、文化祭の2日間で上井の周りで起きた出来事はあまりにも凄まじいことばかりだった。フィナーレの吹奏楽部の演奏を終えた上井を待っている出来事とは…。

― Believe Again ―

1

「ミエハル先輩、森川に声掛けてやって下さいよ。多分、今ここに来るだけでも、あの子、凄い決意で来たと思うので」

若本が言った。そう、ステージに近付いて来たのは、森川裕子だった。生徒会役員としての仕事もあるだろうが、目的はそれだけではない雰囲気が滲み出ていた。

「ドラムの片付けがまだ終わっとらんのじゃけど…」

「そんなの後回し!」

「こっちから行くなんて、なんというか、その…」

「ゴタゴタ言わないの、先輩!早く!」

と若本と俺がやりあってる内に、森川さんは先に山中がいることに気付き、山中へ声を掛けた。

「山中先輩~」

「あ、森川さん、お疲れ。体育館担当だったっけ?」

「まあそれも無きにしも非ずですけど、あのですね…」

「あっ、もしかして…?」

「やっ、山中先輩の想像するもしかして…って、何ですか?」

「今日、ドラムを主に叩いてたヤツに用事があるのかな?」

「いやっ、あれっ、な、なんで分かるんですか?」

森川さんは急激に顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。山中が俺を呼ぶのに、そんなに時間は掛からなかった。

「上井~、ちょっとちょっと」

山中が俺のことを呼ぶ。若本は

「だから早く行けばって言ってたのに。行ってらっしゃーい!」

「じゃあ、ドラム、もうちょっとで片付けられるんだけど、ごめん、続き頼める?」

と宮田さんに頼んだ。

「分かりましたけど、ポイント1加算ですよ」

「ポイント?」

「まあいつか説明してあげますよ。とりあえず先輩、生徒会の話に行かなくちゃ」

「あっ、ああ、ごめんね」

宮田さんは、生徒会の打ち合わせだと思っているようで、ちょっと助かった。

ステージから降りて、山中と森川さんがいる場所へと向かった。俄かに俺の心拍数が上がる。

「俺はちょっと校舎全体をサーッと見てくるけぇ、上井と森川さんで話しなよ」

山中はそう言うと俺の肩を叩き、行ってしまった。

俺と森川さんが取り残され、ステージ袖で向かい合う形になっている。

俺も森川さんも、照れて何も言えない無言状態になっている。

(こんな時、男がリードしないでどうする!)

と意を決して、俺から森川さんに話し掛けた。

「あの、森川さん?」

「はっ、はいっ!」

「今朝は、その、ゴメンね」

「えっ?」

「森川さんを泣かせちゃったから」

「あっ、ああ、その話ですか…。それなら大丈夫ですよ。つい泣いちゃったのは、ミエハル先輩の優しさに感激したからで…」

「良かった~、ヤラシイじゃなくて」

「ハイ?」

オヤジギャグは森川さんのような純粋な女の子には通用しないようだ…。

「ところで、俺に用事って…」

「あっ、はい、あの、あのですね…」

森川さんは再び顔を真っ赤にしてモジモジとし始めた。もしかして今度こそ告白されるのか?

「…ミエハル先輩のドラム…すっごいカッコ良かったですっ!」

「あ、うん…。ありがとね。何とか全力を尽くしたつもりだから…」

「それで…あの…アタシは…」

俺は固唾を飲んで、森川さんからの次の言葉を待っていた。しかしそこへ…

「ミーエハール先輩!ドラムの譜面、持って行ってもいいですか?」

と、1年生の打楽器女子、藤本さんが大きい声で俺に確認を求めてきた。

「…あ、ああ、持ってって!」

「ハーイ、分かりました!」

残念ながら一瞬にして、高まっていた2人の鼓動が、崩されてしまった。

「みっ、ミエハル先輩、お忙しそうですね。また今度の機会に、アタシの気持ち、お伝えすることにします!今日はお先に失礼します!」

緊張感が切れてしまったか、森川さんはそう言うと、ペコリと頭を下げて走って行ってしまった。

(また森川さんとの会話が中途半端で終わっちゃったよ…)

かといって、純粋に生徒会役員の話し合いだと思っている大多数の部員に、実はモテない俺の運命が変わるかもしれない話し合いなんだとは、言えない。

仕方なくステージに戻り、残っている楽器撤収作業を手伝った。

若本がすれ違いざまに

「先輩、残念だったね…」

と声を掛けてくれた。

「まあ、仕方ないよ。そういう運命なのかもしれないし。結局俺は、彼女なんてもう出来ないのかもね」

「そんなこと言わないで、先輩…。アタシもちょっと責任感じてるんだから…」

と若本は、俺に秘密で村山と付き合っていたことを、暗に謝罪してくれた。


音楽室へ行く前に、俺は自分のクラスに立ち寄ってみた。

既に模擬店の撤収も終わり、教室はガラーンとしていて、誰もいなかった。終礼も終わり、みんな疲れて帰ったのだろう。今日は遂に担任の末永先生に会えていないという一日になってしまった。

俺も音楽室に行く前にちょっと一服しようと、自分の席に座った。すると、今日初めて来た教室だったのに、引き出しに何か入っているのが見えた。

(これからの行事予定とかかな?)

その紙を机から取り出すと、なんと手紙だった。

(手紙?)

裏を見ると、<from大谷香織>と書いてある。

(大谷さんからの手紙だ!)

俺は慌てて封を切り、貪るように手紙を読んだ。

<Dear ミエハル君>
今日は本当にお疲れさま!でも、これを読んでくれるのはいつになるかな?
朝、一緒に登校出来て、楽しかったよ。その後はミエハル君が忙しすぎて会えなかったけど、ドラム缶の火傷、大丈夫?悪化したらお医者さんに行ってね。
ドラムもカッコ良かったよ~。周りのみんなも、まさかミエハル君があそこまでドラムを叩けるなんて、誰も思ってなかったみたいで、凄いビックリしてたよ。特に1曲目なんてすごい盛り上がっちゃって♪ライブハウスみたいだったね!
だんだんみんな飽きてきちゃってたけど、あたしは最後のレジスタンスまでちゃんとミエハル君のこと、見てたよ。赤い鉢巻きは、ドラム缶の火傷隠しでしょ?アタシが傍にいたら、火傷用の塗薬持ってたから、貸してあげれたのにね。
また今度、一緒に登校したり、帰ったりしようね。とにかくお疲れさま♡
今日はゆっくり体を休めてね。
                        from 大谷香織


告白のラブレターとまではいかないが、胸にキュンとくる手紙だった。すぐに返事を書きたいくらいだったが、あいにく筆記用具は、全部生徒会室に置いてあるカバンに入っている。

(きっと大谷さん、俺に何か伝えたくて、この手紙を書いてくれたんだろうな。もしかしたら、この先、上手くいったりして…?)

と思う自分と、

(いやいや、これは大谷さんの感想文。いろんな仕事を掛け持ちして疲れた俺に、一言お疲れと言っておこうってだけだよ。いい気になるな)

と思う自分がいる。こういう時に、俺が15歳の時に受けた傷が、顔を覗かせる。

いつになったらこの15歳の時に受けた傷は、完治してくれるのだろうか。こんなんじゃいつまで経っても彼女なんか出来るわけがない。

俺は大谷さんからの手紙を大切にポケットに仕舞うと、音楽室へ向かった。


音楽室に着くと、文化祭で引退する大田と広田さんが、前に出て喋ろうとしているところだった。

俺はこっそりとドアを開け、忍び込むように中へと入ったつもりだったが、みんなにはバレバレで、笑いを堪えている部員もいた。

「えっと、今こっそり入ってこようとしてバレバレな前部長もいますが、アタシは去年の今頃、ホルンから打楽器へ移籍して、それこそ後ろの椅子に隠れてる前部長と宮田さんとの3人で、打楽器を守ってきたつもりです。今年は沢山打楽器に1年生が入ってくれて、嬉しかったです。引退はしますが、時々顔を出そうと思ってるので、よろしくお願いします」

広田さんが挨拶を終えた。一斉に拍手が起きる。

「広田先輩、ありがとうございました。続いて大田先輩、一言お願いします」

新村が進行していた。ミーティング状態なのだろう。福崎先生の姿は無かった。

「俺、口下手なんよの~」

ドッと笑いが起きる。

「文化祭で引退しますけど、親が受験勉強しろと喧しいから引退するだけで、本当はコンクールまで出たいです。一番の思い出は、この前三原から帰ってくる時に、男子10人でやって決着が付かなかったババ抜きです」

またドッと笑いが起きる。

俺はこの大田に部長になってもらいたかったのだったが、逆に大田と山中に、お前が部長に相応しいと押し切られたのだった。そんなことを思い出していた。

「俺もコンクールは見に行くので、みんなゴールド金賞目指して頑張ってください」

全員が、ハイ!と応え、拍手が起きた。

「文化祭で引退される2人の先輩、ありがとうございました。そしたらあと1人、後ろに隠れている上井先輩?」

「えっ?なんで隠れてるのにバレてんの?」

笑いが起きる。いい雰囲気じゃないか。俺が目指してた部活の雰囲気は、これなんだ…。

「是非上井先輩からも、一言お願いします!」

新村が突然無茶振りしてきた。いや、喋るなんて思ってないから、何にもネタがないよ…。

「えーっ、だって俺、さっきステージ上で先生に無茶振りされて喋ったじゃん。もういいよ」

と断ったが、アチコチからミエハル先輩!一言聞きたいな~!と声が上がる。仕方なく、前へと動き、広田さんの横に並んだ。

「では上井先輩からも一言、お願いします!」

「えーっと…。まずは大田、広田さん、お疲れ様!」

拍手が起きる。

「この2人とは、高校で初めて出会いました。大田のトランペットのテクニックは凄いよ!1年生のみんな、盗めるテクは今の内に盗むんだよ。そして広田さんは最初ホルンにいたんですが、打楽器が壊滅状態になった時、ホルンから円満移籍してくれました。中学の時、打楽器だったんだよね?」

広田さんはウンウンと頷く。

「そして、バリサクから俺が打楽器に移籍して、唯一残ってくれた宮田のアネゴと一緒に、なんとか3人で打楽器を守ってきました。え~、私が男、2人は女子ということで、よくいじめられまして…」

すかさず広田さんからも宮田さんからも、いじめてないよ!いついじめたって?と声が上がり、また笑いが起きた。

「訂正、いつも可愛がってもらいまして、少ないながらも楽しく打楽器で過ごすことができました。今日はドラムを叩いたら、同じクラスの女子がキャーキャー言ってくれたので、さっき教室に寄りまして、もう一度キャーキャー言ってもらおうかと思ったんですが、もうみんな帰ってました」

ドッと笑いが起きた。

「えー、それでですね、3年生でまだしぶとくコンクールまで居座るのが、俺と、今日ここにいる3年では、クラの太田さん。他に、文化祭はクラスの模擬店に専念するけど、コンクールには出たいといっていた者が数名いますので、あと2ヶ月ちょっと、みんなのお世話になりながら、老体に鞭打って頑張ります。よろしくお願いします」

ワーッと拍手が起きたので、俺は大田と広田さんと一緒に、頭を下げた。

「先輩方、ありがとうございました。明日一日ゆっくり休んで、週明けからはコンクールの練習を本格化させましょう。今日はこれで解散です、お疲れさまでした!」

お疲れさまでした~という声がアチコチで上がる。俺はそのまま大田と握手し、広田さんにも右手を差し出した。

「ミエハル、本当にお疲れさま」

と言って、広田さんは握手に応じてくれた。

「ちょっと、3人だけで盛り上がらないでよ~」

と、太田さんが慌ててやって来て、今ここにいる3年生4人が揃った。そこで広田さんは

「そうそう、ミエハル。ミエハルの悩みは、全部太田ちゃんに引き継いだけぇ、これからは何かあったら太田ちゃんに相談するんよ」

「えっ?引き継いだ?」

「そうなんよ~。広田ちゃんから全部聞いたよ。ミエハル、苦労してきたんだね、ヨシヨシ」

と太田さんに頭を撫でられてしまった。大田が横から入ってきた。

「上井、ええのぉ。俺も何か悩んだら、太田さんにヨシヨシしてもらえるんかのぉ」

「えー、もう今日で引退する人には、ヨシヨシしてあげないもん」

「くー、残念!でもまあそんなこと頼んだら、アイツに怒られるから、止めとくわ」

その光景を見ながら、俺は言った。

「でも、1つ上の先輩らだったら、今みたいな会話、絶対せんよね」

みんなウンウンと頷いてくれる。

「俺の目標、明るく楽しい部活、達成!」

俺ら4人だけで拍手した。帰りがけの下級生は何事かという目で見ているが、そんなの関係ない。俺たちには絆がある。今までも、これからも…。

だが俺には一つ、深刻な悩みが残っていた。

コンクールをバリサクで出るか、ティンパニで出るか、早く結論を出さねばならない。

森川さんがどうだ、大下さんがどうだ、という場合ではない。俺の決断次第では、部内に亀裂が入るかもしれない。早く決めなくては…

(次回へ続く)


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