小説「15歳の傷痕」-31
ー 僕の腕の中で ー
1
三原市での総文後、1日休息を挟んでから、いよいよ俺の高校は文化祭モードになってきた。文化祭は6月17日(金)と、18日(土)の2日間行われる。
3年生になると、各クラスで模擬店をやるので、クラスではその準備に忙殺されつつ、もう一つ「合唱コンクール」の練習もしなくてはならなかった。
去年までは合唱コンクールなんかバカバカしいと言っていたクラスメイトも、最後の年だからか張り切っていて、放課後を使って練習しようと言い始めた。
俺は賛成しつつも、色んな仕事を掛け持ちしていたので、ちょっと体が悲鳴を上げ始めていた。
放課後は①クラス→②吹奏楽部→③生徒会という流れで、文化祭本番までを乗り切ろうとしていたのだが、何度となく緊急事態で今いる所とは違う所から呼び出され、この脳内順番は崩され、自分が今どこで何をしているのか、一瞬分からなくなることもあった。
(ちょっと疲れてるな〜)
と思い、人生初の栄養ドリンクを飲んだりもした。
そんなこんなで準備に追われる日々を過ごしていたら、あっという間に文化祭本番の日を迎えた。
クラスの模擬店は、俺はもっぱら裏方として働かせてもらうことにし、いつでも生徒会で何かあったら動けるようにした。
生徒会の風紀委員へのパトロール依頼表も、文化祭前日にやっと作り上げ、各クラスへ配布させてもらった。
そして肝心の吹奏楽部である。
ステージは文化祭2日目のトリなので、文化祭1日目は全員揃ったら一通り通して練習することになっていた。
大体完璧とは言えないまでも、一通り演奏出来るようになったので、そんなに不安はなかったが、しいて言えば春先の定演のような、俺の緊張からくる1人ドラム暴走をしないように・・・というのが、俺の課題だった。
だがそれよりもステージ全体の課題だったのが、司会者がいないということだった。
通し練習の後に新村に聞いても、そこまで考えてなかった、とのことで、慌てて前日になって司会者を探す羽目になってしまった。
今更誰が引き受けてくれるっていうんだ…。
「…というわけで、誰も司会のことを考えとらんかったんよ。前日になってからで申し訳ないけど、原稿は全部書くから、それを読んでくれればいい、って状態にするから、司会を受けてくれない?頼む!」
と、ダメ元で前日になって頼ったのは、前副部長の大村だった。
「えー、俺が!?」
春で引退を選んだ同期に頼もうと、3年生各クラスの模擬店の裏方テントが並んでいる所へ行ってみたら、大村を発見したので頼み込んだのだった。
「そうだよね、嫌だよね、突然司会やれだなんて…。新村に、お前が探せと言ってくるよ」
と、音楽室に戻ろうとしたら、
「いやいや、そんな切羽詰まった状況なら引き受けるよ、俺」
「えっ、マジで!?」
大村が引き受けてくれた。この時ばかりは大村が神に見えた。
「結局さ、吹奏楽のステージは全生徒が見るわけじゃん。それを客席で見るか、マイク付きだけどステージ横の特等席で見るかの違いだけじゃろ。原稿を書けと言われたらちょっと難しいけど、原稿アリなら緊急事態じゃけぇ、断る理由はないよ」
「いや~、助かるよ!ありがとう!」
「でも原稿は、今から上井が書くん?」
「何の準備もしとらんかったからね。新村にちゃんと伝えてなかった前部長の責任として、書かせてもらうよ」
「それを聞くと逆に申し訳ない気がするけど、その分、ちゃんと喋るようにするから」
「ありがとう。神様、仏様、大村様」
「そんな、阪神が優勝した時みたいなこと言わないでくれって。大したことするわけじゃないから」
「でもホンマにありがとう。原稿はいつ渡そうか?」
「明日は、午前中とかはお互い捕まえにくいじゃろうから、本番直前でええよ。早くもらって原稿を無くしても嫌じゃけぇね」
「じゃあその言葉に乗っかって…。今から原稿書くから、よろしく!」
「分かったよ!あと上井、身体壊すなよ!」
大村は俺の体調を気遣ってくれた。2月の入院騒動があったからであろう。
音楽室に戻ると、新村以外の部員は帰ったか、自分のクラスへ戻ったかで、誰もいなかった。
「先輩、すいません。忙しいのに司会探しまでお願いしちゃって…」
「いいんよ。俺がちゃんと新村に引き継がんかったのが悪い。なんとか今年は大村に頼めたけどね。だからまだ早いけど、来年、新村の次の部長になる今の1年生には、文化祭の司会探しってのも引き継ぐようにね」
「分かりました!」
生真面目な新村のことだから、いま引き継いだ事柄は忘れないだろう。
「ところで先輩、もう帰られますか?帰られるなら、音楽室の鍵を閉めていこうかと思うんですが…」
「いや、もうちょっとだけ音楽室におらせてよ。明日の曲の不安な部分を、さらっておきたいから」
「じゃあ鍵は…」
「俺が閉めとくよ。気にせずに帰りな」
「すいません、何から何まで」
「気にしない、気にしない。一休み、一休み…」
新村は不思議そうな顔をして帰って行った。一休さんを見てないのか、新村は…。
新村には個人練習すると言ったが、俺が本当にやろうとしていたのは、大村用の司会原稿書きだった。
(さて…。大村が喋りやすい原稿だから…うーん、どう攻めようかな…)
と悩みながら原稿を書き始めていたら、
「ミエハル先輩!やっと捕まえた!」
と言いながら、女子が音楽室に入ってきた。
「えっ?誰?」
2
そこにいたのは、2年生の女子、打楽器のパートリーダー、アネゴこと宮田さんだった。
「アネゴ、どうしたん?こんな遅くまで」
時間はもう8時近くだった。文化祭初日とはいえ、そろそろ高校も閉まる頃だったからだ。
「アタシは偶々クラスの出し物の補修をやってて遅くなったんですけど、音楽室を見たらみんな帰ってるはずなのに、まだ電気が点いてるじゃないですか。誰かいるのかな、もしかしたらミエハル先輩かな?と思って来てみたら、当たり〜でした!」
「そうなんじゃね、お疲れさま!でも、捕まえたって、凄い表現じゃね」
と、俺が苦笑いしながら言うと、宮田さんはこう返した。
「だってミエハル先輩、忙しすぎて、部活でも合奏が終わったらすぐ次の仕事に行っちゃって、全然話せないじゃないですか。だから、久々にミエハル先輩とサシで話が出来るって意味ですよ」
「そっか、ごめんね。確かにアネゴと2人して話すのって、いつ以来だろ?って感じだよね。で、話の内容って何?もしかしてお前の叩き方は間違ってる、とか?それとも明日の本番でまた暴走するなって警告?」
「アハハッ、確かにそうだ!先輩、明日は先生の指揮をよく見てドラム叩いて下さいね」
「はい、定演の件は反省してます…」
「いいんですよ、先輩もあの時はド緊張してたのが、アタシにまで伝わってきましたから。過ぎたことは忘れましょう!」
「アネゴにそう言ってもらえると嬉しいよ。で、本題は何かな?」
そう聞くと宮田さんはちょっと考える仕草をしてから言った。
「…実は、ミエハル先輩は今年のコンクールはバリサクに戻って出るんじゃないか、って噂を聞いたんです」
俺は固まってしまった。
この話はまだ若本と俺しか知らない話のはずなのに、何故もう噂として流れてるんだ?
どう答えればよいのか、俺も考えてしまった。
「…噂でしょ?誰から聞いたの?」
「名前は伏せときますけど、フルートの子から、です」
俺はこの件については全く口外していないので、漏れるとしたら若本がつい仲の良い誰かにポロッと言ってしまったとしか考えられない。確かに、この事は誰にも言わないというような約束はしていなかった。
フルートで若本と仲がいい子となると桧山さんしか思いつかないが、若本は桧山さんと絶交中と言っていたはず。だがもう仲直りしたのだろうか。
俺が答えに困っているのを見ると、宮田さんはこう言った。
「先輩が答えに困ってるってことは、噂は本当なんですね?」
俺はしばらく考えた末に、仕方なく頷いた。
「…アタシ、ミエハル先輩の最後のコンクール、一緒に打楽器で出たいです」
宮田さんの目はうっすらと涙が滲んでいた。
「もうコンクールの打楽器の担当割も決めたじゃないですか。先輩がバリサクに戻っちゃうのは、アンコンとは意味が違うんです。もう先輩は打楽器に帰って来ないってことです。それじゃ寂しすぎます。アタシには、今年の課題曲のティンパニは叩けないですよ。ミエハル先輩、バリサクに…戻らないで…」
そこには、普段の男勝りの元気な宮田さんではなく、泣くのを堪えながら自分の思いを伝えたい、可憐な女の子の宮田さんがいた。
俺はこんなことをアネゴにやったら怒られるんじゃないかと思ったが、頭を撫でてやることしか出来なかった。
するとそのせいか、宮田さんは余計に泣きそうになってしまった。
こういう状況の女の子に対する処方箋を、悲しいかな経験不足の俺は持ち合わせていない。
なので漫画やドラマで見た程度の知識で、そっと宮田さんの肩を抱いて言った。
「まだ噂なだけで、決まった話じゃないから。俺はティンパニで課題曲の練習もしてるし。福崎先生がバリサクに戻れって命令しない限りは、打楽器で出るつもりだよ」
「…本当に?」
宮田さんは俺の肩に頭を預け、少し涙声でそう言った。
「本当だよ。俺の本心だよ」
「アタシ、先輩と一緒に打楽器を演奏するのが、明日で最後なんて、嫌だよ」
普段、気の強い面しか見ていなくて、冗談話ばかりしている宮田さんが、とても愛おしい存在に思えた。
「…ねえ先輩、忙しいと思うけど、しばらくこうさせてもらっても良い?」
宮田さんは俺の肩に頭を乗せ、軽く俺に抱き付くような感じで両手を俺の背中に回した。
俺は宮田さんの背中を、トントンと優しく慰めるような感じで、軽くゆっくりと叩いていた。
3
大村用の司会原稿を書いていたら、夜も10時になってしまった。流石に先生方が電気が点いている部屋を回り、もう帰れと言っている。
宮田さんは俺の肩に頭を預けていたが、しばらくしたら落ち着いたようで、
「先輩、明日は頑張ろうね」
と言って、帰って行った。
「アネゴ、夜も遅いから、変態とかに気を付けて帰るんだよ」
と言ったら、
「変態が来たら、蹴っ飛ばすから大丈夫よ!」
と返してきたので、いつもの元気さが戻っていたようだった。
それには、俺の頭ナデナデと、背中トントンが効いたはずだと思っている。
ただ一応背中をトントンとする時には、ブラジャーの位置を確認してトントンとしていたつもりだった。
うっかりブラジャーの上からトントンとやってしまったら、元気になった宮田さんに、それこそ変態!と蹴られる危険があったからだ。
音楽室にも見回りの先生が来たので、今帰る準備してまーすと答えて、大村に明日渡す原稿をバッグに入れ、音楽室の電気も消し、鍵を閉めて、職員室へ鍵を返しておいた。
最後に全然今日は生徒会室へ寄れなかったので、顔を出してみたら、山中が1人残って明日用のタイムスケジュールを修正していた。
「お疲れさん、大丈夫?」
と声を掛けたら驚いた様子だった。
「上井、まだいたの?」
「ああ。音楽室におった。明日のブラスのステージの司会を大村に頼んだはいいけど、原稿が何もなかったから、原稿を書いとったんよ。そしたらこんな時間になってさ」
「上井のいい面というか、悪い面というか、そんな原稿書き、誰か他の奴にやらせたらいいじゃん。なんでも引き受けちゃうから、ついみんなお前に甘えるんよ」
「と言ってるお前も、タイムスケジュールは森川さんが担当だったろ?森川さんにやらせんかったん?」
「まあね…。ただもう遅いじゃん。だから、後は俺がやっとくから帰りなって何度も言ったんじゃけど、あの子も責任感が強いもんでさ、いえ、アタシの仕事ですからってなかなか帰らんかったんよ。さっき先生が来て、少なくとも女子はもう帰れって言われて、やっと森川さんが帰ったばかり、ってタイミングでお前が現れたんよ」
「そうなんだ、失礼、失礼。でもこんな時間までタイムスケジュールの変更しなきゃいけないなんて、何が原因?」
「ロックバンドの時間配分だよ。今日になってからもう1組出たいとか言われて、もう時間がないって断ったんじゃけど、1曲でいいからって粘られてさ…」
「そっかぁ。確かロックバンドのお披露目タイムって、午前中の2時間限定だったもんね。近所迷惑だからって…。そこへ今日になって1曲割り込ませると、他のバンドにも影響が出るし…。確かに大変だ、こりゃ」
「そんな時間調整を各ロックバンドに伝えに行くのは、森川さんには無理じゃろ。だから俺が各バンドのリーダーを探して時間がちょっとズレるのを頼み込んで回って、全部終わったのが8時過ぎだったかな。そこから正式にタイムスケジュールを書き換えなきゃいけなくてさ」
「森川さんはお前が全部調整に回ってくれたのを待って、タイムスケジュールの書き換えをやろうとしてたんだ?」
「そう…だね。その時点で8時だったから、帰っていいよって言ったんじゃけど…。あの子は真面目だよ、本当に。上井、いい子が彼女になってくれそうでよかったな」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。まだ俺は直接森川さんの気持ちを聞いたわけじゃないし…」
「いや、お前この前、せっかく森川さんと2人きりにして、いいムードになったのに、自分から身を引いちゃったじゃん。もしあの時、勇気を出してたら、念願の彼女が出来てたかもしれないのに」
そう言われると、身も蓋もなかった。土壇場で俺の心の奥底にある女性不信、恋愛恐怖症が顔を出し、森川さんへの憧れの人の質問を止めたのだから。
「うん、それを言われたらオシマイなんじゃけどね。でも俺も森川さんも、お互いにモヤモヤしてるのは良くないと思うし、明日にでもちょっと勇気を出せれば…と、今思った」
俺は、文化祭をキッカケに、結果がどうなろうと森川さんの真意を確かめようと思った。
「そうじゃろ。万一付き合えなくてもええじゃん。お前、本当はモテてるんだから」
「またまた、山中までそれを言うなって。そんな子がいたら、連れてきてくれってば。生涯バレンタイデー本命チョコゼロの俺を好きな女の子なんて、いないってば」
「じゃあ本当に連れてきたら、どうする?」
「へ?ど、どうするって、そりゃあ、その…分からん」
不覚にも俺は動揺してしまった。
「お前はまず女子に対する免疫を付けなきゃ、かもな。とりあえず俺ももう帰るから、今日は閉めようや。続きは色々含めてまた明日ってことで」
「そうやね。こんな時間まで高校にいたのは初めてだし。あ、部活の合宿は例外ね」
「ホンマに。水しか出ないシャワーでも浴びて帰るか?」
「風邪引くっつーの。キリがないから、俺が先に帰るよ」
と言って、俺から先に生徒会室を出た。
「上井、明日も元気に来てくれよ」
山中が言った。みんな2月に俺が入院したことを覚えていて、体調を気遣ってくれている。
「ありがとね。今日も帰りに、栄養ドリンクを買って帰るよ」
と言って高校を後にしたが、宮島口駅で乗った電車は最終の1本前という状態で、流石に疲労が溜まっていて、運よく座席に座った瞬間、寝落ちしてしまった。
そのせいでいつもの駅でウッカリ寝過ごしてしまうところだったが、なんとか動物的勘が働いて目覚め、乗り過ごすことなく降りることができた。
(ふぅ、7時間後にはまた登校か)
と考えつつ改札を出たら、私服ではあるが何となく見覚えのある顔が見えた。
髪の毛は金髪で、全身黒い服を着ている。暴走族なのか、誰かを待っている風なヤンキー女なのだが、よく見たら…
「山神さん?山神恵子さんじゃない!?」
「何よ!えっ、あっ、ミエハル君…」
(次回へ続く)
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