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連載小説マリアと呼ばれた子ども

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2020年8月の記事一覧

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第29回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第29回

僕とミッチー、マリアは幸子と羽田空港で落ち合うと、午前の便で阿蘇くまもと空港に到着した。軽く昼食をとると、僕はレンタカーを借りた。荷物を載せて乗り込むと、カーナビに愛さんに指定された住所を登録した。カーナビによると、所要時間は1時間半くらいだった。
空港を出てしばらく走ると、カーナビの指示で山道を上って行くよう案内された。ちょうど春分の日の直前とはいえ、本州の緑を見慣れた目には、阿蘇の木々の緑は非

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第28回

年が明けて、マリアは【イルカちゃん】と呼んで彫っていたタオライアーをついに彫り上げた。幸子に連絡すると、自宅近くの公共施設に予約を入れて仕上げ作業をすると言う。早くても2月の上旬から予約可能だと言う、幸子に乞われて、僕は希望日時をいくつか知らせた。
幸子の話では、仕上げのコーティングは三種類あるとのことだった。胡桃を潰しながら油を吸わせるか、ミツロウを溶かしたものを少しずつ塗り広げるか、ワックスな

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第27回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第27回

幸子からタオライアーの今後の製作方法について細かく教わった後は、クリスマスツリーを囲んでお茶会になった。
幸子はドイツ製のクリスマス菓子パン、シュトーレンを用意してくれていた。アンニカ親子は手作りのジンジャーマンクッキーを差し入れてくれた。僕たちがお土産に持参した無農薬のハーブティーを幸子さんは、陶器のポットで丁寧に淹れてくれた。ハーブティーは乾燥したオレンジやレモン、シナモンなどのスパイスが入っ

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第26回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第26回

「クリスマス会」と称して幸子の自宅でタオライアー製作ワークショップの補講がされたのは、年の暮れも押し迫った頃の昼下がりだった。
僕はマリアを伴って、ほぼ彫り上がったタオライアーの木材を幸子の自宅に持参した。例によって、幸子から指定された自宅近くの駐車場に車を停めて、そこから歩いて数分のところにあった。
このところ数年に渡って暖冬が続いていたが、この日は珍しく午後から小雪が散らついていた。湘南は比較

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第25回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第25回

湘南にある幸子宅でのワークショップから帰る道すがら、僕はマリアとともにホームセンターに立ち寄った。幸子から推奨された24ミリの丸ノミと木槌など、工具を手に入れようと思ったからだ。
丸ノミは工具売り場コーナーに一角に各種、並んでいた。10歳の子どもが手にするには、持ち手の部分が少々長すぎる感じがした。なるべく柄の部分が短く、マリアが握りやすい太さのものを選んだ。
マリアが実際に丸ノミで板を彫り出す作

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第24回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第24回

夏休みに親子で参加したタオライアー製作ワークショップでは、あらかじめ木板は外形が削られ、表面も機械によってほとんどの部分が削られていた。そのため参加者はワークショップのプログラムで仕上げ彫りを施し、ヤスリを掛けるだけとなっていた。
今回のワークショップでは、最初に参加者に手渡されたのは長方形の木板だった。まずはジグソーという工具を使って、イベント主催者の幸子さんが外形を削り取ってくれることになって

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第23回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第23回

「では、ライアーを製作する木の精霊と繋がる瞑想中に、どんな映像が見えたり何を感じられたか、お一人ずつ、シェアして行きましょうね。」
参加者は幸子に促されて、順番にシェアして行った。
僕の番が回って来た。僕は先程メモに認めた、ケヤキの大木が切り倒されるまで過ごしてた、森の中での一生について、見えたことをシェアした。森の奥深いところで生を受けたケヤキの木は、大地と水と空気、陽の光に育まれた。ケヤキの木

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第22回

幸子の奏でるタオライアーの響きを全身で受け止めながら、僕は意識して吐く息を長く呼吸した。左手のひらはケヤキの木材に当てたまま、しばらくの間、深呼吸を続けた。やがて、大きなケヤキの木が見えて来た。大木の周りは昼なお暗く、鬱蒼と茂っっていた。そこは大きな森の奥深くのようだった。
心地よい風が木々の間を吹き抜ける中、小鳥が数羽、可愛らしい声を響かせている。小鳥たちはそれぞれ軽やかに舞っては、木の梢に止ま

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第21回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第21回

三日間の安曇野のライアー製作ワークショップが終わった。翌朝、アンニカと僕たちは互いの連絡先を交換した。アンニカ親子はこの後、軽井沢に向かうという。会社が所有する別荘で父親と合流して、二週間ほど滞在するとのことだった。来月末の再会を誓ってアンニカ親子と名残惜しく別れた。
僕たちも家族水入らずで八ヶ岳のリゾートホテルに二泊、宿を予約していた。安曇野を後にして、白樺湖や女神湖といった、水辺を散策し、宿に

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第20回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第20回

ライアー製作ワークショップの3日目、夕食を兼ねた懇親会の会場は、いつもの古民家にある囲炉裏端だった。囲炉裏といってもポピュラーな正方形のものではなく、長方形をしていて、かなりの大きさである。参加者はその大きな囲炉裏を囲んで、談笑していた。
安曇野特産の蕎麦を含めて飲食を開始する前に、ドイツ人講師がライアーの弾き方について主催の女性の通訳を通して説明した。それによると、ライアーの正しい奏法はどうやら

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第19回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第19回

ライアーハープ製作ワークショップも3日目となった。
2日目の昨日は、マリアにミッチーが同伴して参加していた。僕は二人とは別行動で、安曇野に点在する美術館やカフェを巡って、避暑に洒落込んでいた。碌山美術館ではこの地から出た日本を代表する彫刻家、萩原碌山の傑作が意外と小ぶりなことに驚いた。ちひろ美術館ではいかにもマリアとミッチーが好きそうなポストカードや小さな絵本を数冊購入した。
ここ安曇野は湧水も多

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第18回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第18回

ライアーハープの製作ワークショップの初日も、午後の休憩時間になった。僕たち参加者はまた、昼食を摂った部屋に移動し、囲炉裏を囲んでオヤツを食べながら休憩した。
初日最初に説明があった通り、ライアーハープを製作する木材は、伐採後10年以上乾燥されたもので、最初から大まかに成形されている。生木を削るのとはわけが違う。比較的彫りやすいはずだ。とは言え、厚さ5センチはある木材を三日間という、イベントの限られ

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第17回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第17回

僕たちが参加したライアー製作のイベントでは、かなり厚みのある板状の木材の、あらかじめ大まかに成形されたものが用意されていた。ライアーの大きさは大人の女性が両腕を使って胸に抱えられる程度である。マリアはまだ10歳の子どもなので、外郭が二周りほど小さかった。張る弦の数も少なく、通常の三分の二ほどだった。
参加者は各自に用意された木材の表面を一本の丸ノミで削り成形していく。マリアに巡って来たのは、低年齢

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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第16回

連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第16回

マリアの話を通して、新型ウィルスのパンデミックを機に、各国でも子どもと大人の思いが違うことに気付かされた。
そのことを考えている中に僕はふと、数年前の夏に長野県の安曇野で開催された、タオライアーの製作イベントに参加したときのことを思い出した。たしか3泊4日ほど滞在して、ライアーかタオライアーを製作したのだ。マリアはまだ10歳か、そのくらいの年端も行かない子どもだったため、僕とミッチーが交互に保護者

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