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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第26回

「クリスマス会」と称して幸子の自宅でタオライアー製作ワークショップの補講がされたのは、年の暮れも押し迫った頃の昼下がりだった。
僕はマリアを伴って、ほぼ彫り上がったタオライアーの木材を幸子の自宅に持参した。例によって、幸子から指定された自宅近くの駐車場に車を停めて、そこから歩いて数分のところにあった。
このところ数年に渡って暖冬が続いていたが、この日は珍しく午後から小雪が散らついていた。湘南は比較的暖かいとは言っても、海岸端は風が強い。マリアは防寒マントのような形の厚手のショートコートを着込み、手編みの手袋と帽子で防寒し、足元はくるぶしまでのブーツを履いていた。
僕もカジュアルなジャケットの上に防寒コートを羽織って、マフラーと手袋をして防寒していた。
車を降りて駐車場を出る時、偶然にもアンニカ親子と遭遇した。アンニカ親子も駐車場に車を停めたようだ。
三人は声を揃えて【メリークリスマス】と僕たちに叫ぶと、満面の笑みで手を振って見せた。小雪に備えてか、風を防ぐためか、三人ともしっかり着込んで防寒している。
【メリークリスマス】と僕たちも叫んで、笑顔で三人に手を振った。
「マリアちゃん、ライアーの調子はいかがですか。」アンニカがたずねてきた。
「自分で彫れるところはだいたい彫れたかなと思います。」マリアが答えると、それを聞いた双子の姉妹が叫んだ。
「すごい、すごい。マリアちゃん、もう彫り終わったの。」
「今日、幸子さんに見て頂いたら、まだまだって言われるかもしれないわ。」マリアはちょっと慌てて訂正した。
双子の姉妹は声を揃えて、こう続けた。
「まだまだ全然なんだよ。でも、これから楽しみ!」
幸子の家はすっかり、クリスマスの飾り付けがされていた。庭木や玄関先をライトアップして彩る豆電球が見えていた。玄関ドアを開けると、マリアの背丈を越えるほど大きなスノーマンが僕たちを出迎えてくれた。夜はスノーマンも点灯されるのだろう。
冬至前後の一年で一番暗い時期がこうして明るく彩られるのは、クリスチャンに限らず楽しいものだと僕は思った。
「いらっしゃい。お元気そうで何より!さぁ、みなさん二階に上がってくださいね。」幸子は僕たち5人を、相変わらず気さくな笑顔で迎えてくれた。
二階は広々したリビングルームのセンターに大きなクリスマスツリーが飾られ、真っ赤なソファカバーと緑色のクッションなど、クリスマスカラーに溢れていた。
大きなクリスマスツリーにはアンニカ親子も思わず、見とれているようだ。
「ウチの人はクリスマスツリーを飾り付けるのが好きでね、毎年いろいろ揃えていたら、こんなになっちゃって。」幸子は苦笑いしながらも嬉しそうだった。
ご主人は会社勤めをしながら音楽を趣味にしておられるくらいなので、感性も豊かなんだろうと僕は思った。
「では、そろそろ挨拶はこのくらいにして、タオライアーを見せて頂こうかしら。」
幸子に促されて、マリアと双子の姉妹はめいめい持参したタオライアーの木材を取り出して、膝の上に乗せた。
「マリアちゃん、随分彫り進んだのね。短い間に集中して、すごいわ。毎日のように彫ったの。」幸子はマリアのケヤキ材を眺めて驚いた様子だった。
「はい。長い時は午後いっぱい彫っていました。」マリアは言った。
「そう。それは大変だったけど、疲れなかった。」幸子の問いかけに、マリアは答えた。
「ええ、ケヤキの木の妖精さんにいろいろ聞きながら彫って行ったので、あまり疲れたりしなかったです。」
それを聞いて、僕を含めて参加者はみな、驚いたような表情を浮かべた。
「え、マリアちゃんはケヤキの木の妖精にいろいろ聞いたの。」幸子の問いかけに、マリアは答えた。
「堅くて彫り難いところになると、彫る方向や彫る大きさに、こうしたらどうかなって、妖精さんに聞きながら彫ったの。」
「そうだったんだ。」
マリアの答えに僕たち参加者もみな、うなづいて聞いていた。
幸子は双子の姉妹のタオライアーの様子も見て回り、何かアドバイスをしていた。
その後、タオライアーの今後の彫り方について、幸子は三人に共通の話をしてくれた。幸子は大きな画用紙に図解しながら、大きなお盆をイメージして、表面の内側が窪むように彫ると良いとのことだった。
幸子によるとマリアのタオライアーはほぼ、そのように彫れている。そのため後は裏面のU字形をもう少し深く彫り進めれば、彫る作業は終わりになるようだ。


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