連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第22回

幸子の奏でるタオライアーの響きを全身で受け止めながら、僕は意識して吐く息を長く呼吸した。左手のひらはケヤキの木材に当てたまま、しばらくの間、深呼吸を続けた。やがて、大きなケヤキの木が見えて来た。大木の周りは昼なお暗く、鬱蒼と茂っっていた。そこは大きな森の奥深くのようだった。
心地よい風が木々の間を吹き抜ける中、小鳥が数羽、可愛らしい声を響かせている。小鳥たちはそれぞれ軽やかに舞っては、木の梢に止まったかと思うと再び空に舞い上がったり、自由に遊んでいた。夕立だろうか、急に雨が降って来た時は、大木の梢は小鳥たちの絶好の雨宿り先となった。
地面は苔に覆われ、ところどころで朝露が木漏れ日を受けてキラキラ光っている。目を凝らして見ると、小さな虫や大きな虫が地面や木の幹、枝を所狭しと這い回っていた。
ある日、数人の男たちが大木の近くにやって来た。どうやら切り倒す木を選んでいるようだ。男の一人が大声を上げて、仲間を呼び集めた。大木を切り倒すと決めたようだ。皆で大木の周りを取り囲んだ。男たちは手慣れた様子で大木の幹や太い枝に何箇所か綱を張り巡らせた。別の男が一人、大木の側に寄ると、木に手を触れて何か声を掛けた。それから、おもむろに斧を取り出すと、斧を何度も何度も力一杯振り下ろしては、大木の幹を楔状に刻んで行った。斧が幹に当たる度に、カーン、コーンとリズミカルな音が山間にコダマしていた。
しばらくして、男は斧を振り下ろしていた手を止めた。代わりにチェーンソーで幹を切り刻み始めた。ウィーンという機械音が森に響き渡った。やがてチェーンソーを止めて、男は大声で仲間を呼び集めた。男たちは掛け声を合わせて大木を引き倒した。大木がギ、ギーっと軋むような音を上げると、メキメキメキっと生木の裂ける音をさせて、大木は根元から倒れた。ザ、ザ、ザーっという音がして、小鳥たちがピ、ピ、ピーっと甲高い声を上げながら、驚いたように三々五々、空高く飛び散って行った。
その時、幸子の声がして、僕はハッと我に返った。再び、意識して吐く息を長くして呼吸を頼りに、こちら側に戻って来た。
目を開けると、僕は【木の精霊と繋がったのだろうか。】と思っていた。
幸子に促されて、僕は瞑想中に見えた映像を簡単にメモに認めた。
マリアと僕たちのところに巡って来た、ケヤキの大木は、群馬県の沼田市にある森の奥深くで、数十年かけて命を育んで来た。大地に根付いて水を吸い上げ、吹く風に枝葉をそよがせながら、太陽の光を燦々と浴びて、幹を伸ばし枝葉を茂らせ、秋には葉を落としては土を肥やし、他の木々や小鳥や虫たちと共生していたのだ。そのことが僕にはよく感じられた。

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