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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第17回

僕たちが参加したライアー製作のイベントでは、かなり厚みのある板状の木材の、あらかじめ大まかに成形されたものが用意されていた。ライアーの大きさは大人の女性が両腕を使って胸に抱えられる程度である。マリアはまだ10歳の子どもなので、外郭が二周りほど小さかった。張る弦の数も少なく、通常の三分の二ほどだった。
参加者は各自に用意された木材の表面を一本の丸ノミで削り成形していく。マリアに巡って来たのは、低年齢ということもあってか、木材の中でも比較的軟らかい桜の木の板だった。もちろん、木目が密になっていたり節目のところは堅く、削りにくいので、僕かミッチーが手を下して仕上げて行く。
板の厚さは5センチ以上もあるだろうか。あらかじめ大まかな成形ができているとは言え、これを一本の丸ノミで削るのは大の大人の僕でもなかなか手強そうに見えた。

マリアはまだ10歳の子どもなので、比較的軟らかい木材である桜の木とは言っても、彫るのは難しいのではないかと、僕は思っていた。マリアの様子を見守りながら、難しいようなら僕が手を下そうと内心思っていた。ところが僕の心配を他所に、マリアは意外と器用に丸ノミを扱いサクサクと彫り進めて行く。マリアの丸ノミが半回転して前に進む後に、キレイに丸まった削り屑が次々と生まれて行く。マリアのキリリとした横顔に汗がキラキラ光り、玉の汗が一筋になって頰を伝い、顎先からポタリポタリと落ちて来た。夏も涼しい信州の安曇野とは言え、イベント会場の古民家にはクーラーやエアコンは無いので、昼間は暑いのだ。
「マリア、大分彫り進んだね。すごいよ。少し休んだらどうかな。」
僕が休憩を取るように勧めると、マリアは素直に従った。
僕たちは作業用の丸椅子に並んで座り、お茶をすすりながら、それとなく周囲の参加者の様子を眺めていた。
木材の中にはケヤキなどの比較的堅く、削りにくいものもあった。そういう場合はなかなか彫り進められないので、主催者の女性やドイツ人講師が直接手を下して、手伝っているようだった。
参加者の中に二人、髪の色も肌の色も透き通るような淡い色の長身の女性がいた。肌も薄く、夏の陽気の中でノミを使った作業に頰が上気して、白い頰がローズ色に染まっている。
どうやらマリアも気づいたようだった。
「あの子、あの子はあの時の双子じゃないかな。」僕とマリアはほぼ同時に同じことを呟いていた。
二人とも長身で彫りの深い大人びた顔つきをしているけれど、体つきをよく見れば肩先も手足もまだ細く、成長し切っていない少女だった。
少女の脇には母親なのか、やはり長身で恰幅の良い中年の女性が付き添っていた。主催者の女性とドイツ人講師の男性とのやり取りは、主に母親が英語で話しているのが、こちらまで少し聞こえて来た。
二人はまとめ髪に花飾りを付けていた。揃いの小花模様のエプロンの下に身に付けているのは、揃いの木綿の生成りのワンピースだった。
ふとマリアを見ると、エプロンこそ無地のカーキ色だったが、同じようなワンピースの出で立ちだった。
昼休憩の時には、まったく目に入っていなかったのに、なぜか急に気がつくのは面白いと僕は思った。
「オヤツの休憩の時、声を掛けてみようか。」と、僕たちはまた、ほぼ同時に同じことを呟いた。

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