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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第18回

ライアーハープの製作ワークショップの初日も、午後の休憩時間になった。僕たち参加者はまた、昼食を摂った部屋に移動し、囲炉裏を囲んでオヤツを食べながら休憩した。
初日最初に説明があった通り、ライアーハープを製作する木材は、伐採後10年以上乾燥されたもので、最初から大まかに成形されている。生木を削るのとはわけが違う。比較的彫りやすいはずだ。とは言え、厚さ5センチはある木材を三日間という、イベントの限られた時間内で仕上げるには、かなり集中力を要するものだと、僕は思った。
マリアは10歳という幼い年齢ながら、このワークショップに自ら参加してノミを振るって製作したいと言い出したのだ。僕が見かねて手を貸すまで、なかなか根を上げずに、精魂込めて製作をしていた。
「マリア、大丈夫か。さっきまで30分くらい、ずっとノミを持って削り続けていたね。少し疲れたんじゃないか。」僕はマリアに声を掛けた。
オヤツに供されたのは、安曇野特産の蕎麦粉を使った素朴なお焼きが、一人当たり2つずつだった。中には茹でたカボチャの潰したのと、茄子の味噌煮がそれぞれ入っていた。
イベント会場は、真夏も涼しい信州の古民家だったが、クーラーがない室内でノミを扱っていると汗が滴り落ちる。一汗かいた後の疲れた身体には、程良く塩気の効いたお焼きと、冷えた麦茶が染み渡り、すっかり栄養が補給されたようで心地良かった。
マリアも旺盛な食欲を見せて、しばらくの間は無言のまま、お焼きを2つペロリと平らげていた。
「大丈夫よ、お父さん。それより、マリア、あの子たちに声をかけてみたいな。」
「そうだな。ちょっと落ち着いた頃にでも、声をかけてみようか。」
僕は飲み食いする合間に、周囲の人に気づかれないように視線を上げて、囲炉裏を囲んで座っている参加者の中から例の北欧の親子三人を見つけ出し、そっと様子を観察した。三人は僕たちのちょうど対角線側に座っていた。通訳兼イベント主催の女性を囲んで、歓談しながらオヤツを摂っていた。
三人も安曇野特産の蕎麦粉を使った、お焼きが気に入った様子だった。特に子どもたちは大喜びで歓声を上げているのが、可愛らしかった。
それから少しして三人の様子が落ち着いた頃を見計らって、僕はマリアを促して、三人に声をかけた。
「こんにちは。お久しぶりです。」マリアは人懐っこい笑顔を浮かべて、二人に声を掛けた。
二人はそっくりの顔に、キラキラする青い目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。
「こんにちは。あ、あの時の。」と言うと、二人は言葉にならない歓声を上げてマリアに抱きついた。
二人の側で、不思議そうに眺めている母親に、僕は【数年前の夏、中伊豆の別荘地で朝の散歩の時、お会いしたんです】と英語で説明した。
あの時、タオライアーが演奏されるのを僕たちは初めて聞いて、その美しくも優しい音色に魅せられて虜になったことも。
二人の母親は、澄んだ薄い青い目に優しい微笑みを浮かべた。
「それは、素晴らしい出会いでした。私も嬉しいです。」と日本語と英語の両方で答えた。
二人の父親はスエーデンの大手通信機器メーカーの、極東地区を統括する営業本部長で、数年前から家族を伴って東京に駐在していると、彼女は言った。彼女は母国では主に音楽教師として、シュタイナー教育の教鞭を取っていたという。僕も遅ればせながら、作家であり、鎌倉市にマリアと妻と在住していると自己紹介した。
二人は母国でシュタイナー教育を受けていたので、あの中伊豆でもタオライアーを演奏していたのが判明した。
そのあと、休憩時間いっぱい、英語と日本語混じりでいろいろ話が尽きなかった。

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