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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第25回

湘南にある幸子宅でのワークショップから帰る道すがら、僕はマリアとともにホームセンターに立ち寄った。幸子から推奨された24ミリの丸ノミと木槌など、工具を手に入れようと思ったからだ。
丸ノミは工具売り場コーナーに一角に各種、並んでいた。10歳の子どもが手にするには、持ち手の部分が少々長すぎる感じがした。なるべく柄の部分が短く、マリアが握りやすい太さのものを選んだ。
マリアが実際に丸ノミで板を彫り出す作業はたぶん、中庭に面した洋室の片隅が最適だろうなぁと、僕は頭の中で空想した。納戸にたしか、作業台を保管していることを思い出した。あの作業台は僕が小学校高学年から中学生の時、工作の宿題をするのに使った覚えがある。板を彫るのに作業台に固定するため、万力も必要だが、万力も納戸にあったはずだ。明日は朝から納戸から作業台と工具を取り出して、中庭で虫干ししないとなと、僕は思った。
丸ノミによる一刀彫りは手首に衝撃が加わり負担が大きいので、先程と同じ売り場でアームカバーのようなものも探した。軍手か作業用の手袋も必要だと思い、予備も含めて揃えた。
その夜はマリアと僕は道具を一揃い手に入れた満足感でいっぱいになり、いつもよりぐっすり眠れた気がした。【明日になって作業をするのが楽しみ】とマリアは、
おやすみの挨拶をする時、僕に高鳴る気持ちを打ち明けた。
翌朝、朝食もそこそこにして、マリアと僕は納戸から作業台と万力などの工具を探し出し、中庭で虫干しした。それなりに年数が経ってはいるけれど、保管状態が良かったためか、なんとか使い物になりそうだった。
マリアは昼飯が終わると早速、作業台と工具を設置してくれるよう僕に頼んできた。【ドルフィン】とマリアは呼んで、タオライアーをケヤキの木から彫り出す作業を開始した。
9月下旬とはいえ、近頃は鎌倉でも日中、気温がかなり上昇する。マリアが作業するのは中庭に面した部屋なので、風通しは良い。けれど、丸ノミと木槌で硬いケヤキの板に一彫り一彫り刃を入れていくのは、大の大人でも汗が滴り落ちる肉体を酷使する作業だった。
マリアは休憩を入れながら毎日2、3時間は、ケヤキの木に向かっていた。途中、木の節の部分や、極端に木目が詰んでいる硬い箇所は、僕が手を貸して彫り進めた。
それでも、ほとんどの部分をマリアが手掛けて、クリスマスイブの頃には表の面を彫り上げるほどの勢いだった。
ちょうど、クリスマス会と称して、幸子宅でのタオライアーワークショップのフォローアップが行われることになっていた。

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