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最後の晩餐、嫌われたイエス

 「もしもーし!2,000年前から話し掛けています。聞こえますか?」
 その女は、麻の貫頭衣を纏い、褐色の肌をしていた。荒野の踊り子だ。
 「私、あなたの過去世です。Do you understand?」
 いや、自分は女ではない。男だ。意味が分からない。
 「心が女だから女子更衣室に入れろとかそういう話じゃないよ?」
 一体何の話をしている?要点を話せ。ちなみにアラム語は分からん。
 「あなたは16.66666666666667%の確率で、女転します」
 分かり易く1/6と言え。だが裏を返せば、5/6は男だ。男だ。
 「これはあなたが、荒野の踊り子として生まれた時の話です」
 そうか。これは夢だな。夢。そうであれば、問題ない。
 「古代イスラエル、ナザレのイエスの弟子になりました」
 背が低いな。妹系?亜麻色の髪で、碧の瞳。胸もある?可愛い?
 「もう!真面目に聞いて下さい。重要な話ですよ!」
 はいはい、原初シスター軍団の一員だろ。知っているよ。
 「アレ?知っているんですか?」
 ん。ま、何となくな。イエス様とは言葉を交わしたような気がする。
 「そうなんですよ!私たち、イエス様とは縁があるのです!」
 一人称複数形で言うな。ややこしい。お前、本当に俺か?
 「ん~。個性にバランスを取るためにいるんだよ」
 残りは全部男だろ。何でお前だけ女なんだよ。
 「女心が分からなくならないようにするため?」
 どうでもいいわ!さっさと本題を話せ。時間が勿体ない。
 「現代人だね。じゃあ、話すね。パプテマスのヨハネが……」
 待て、そこからだと話が長い。クライマックスから話せ。
 「え?それどこから?ゲッセマネの祈り?ゴルゴダの丘?復活?」
 最後の晩餐かな。その前後が知りたい。お前の目にどう映った?
 「う~ん。あたし、頭悪いから、難しい話はできないよ?」
 パッパラパーだな。俺の過去世に、踊り子がいた事自体、驚きだよ。
 「頭いい奴と頭悪い奴のセットで、バランス取っているんだよ?」
 そんな霊界豆知識なんてどうでもいいわ。早く話せ。
 「イエス様はね。本当に会食好きなのよ。皆との食卓を重視した」
 それは何のためだ?食べながら、教えを説いたのか?
 「ううん。絆を深めるためかしら。典礼の始まりにも見えたけど……」
 ふ~ん。そんなものか。どんな感じだったんだ?
 聖書では、最後の晩餐に入れられているけど、それ以前からあったの。
 あれは山上の垂訓を終え、人気が高まり、群衆が集まっていた時ね。
 イエス様はパンを手で千切って、皆の前で食べて、こう言った。
 「私の体だと思って食べなさい」
 それから葡萄酒を入れた杯を飲んで、こう言った。
 「私の血だと思って飲みなさい」
 イエス様が、弟子との会食の席でそう示すと、皆はざわついた。
 アレ?イエス様、滑った?これは良くない。あたしは慌てた。
 ……うわ、キモッ!何言っているんだ?こいつ?
 ……私たち、血なんか飲まないわよ。気持ち悪い!
 心の声があちこちから聞こえた。あたしには天耳がある。
 イエス様、センスが凄過ぎるから、田舎者には通じないのよ!
 あたしは汗って、ウロウロしたが、マグダラのマリアに窘められた。
 「大人しくしなさい。メッ!」
 元祖暴力教会。女たちは鉄の結束で守られている。鉄の乙女だ。
 なお、あたしの姉御は、マグダラのマリアだ。逆らえない。
 荒野の踊り子だったあたしを、イエス様に引き合わせてくれた。
 あれ。話が逸れたね。続きに戻るね。
 それからイエス様は、人気を失って、群衆が離れてしまったの。
 まさかそうなるとは思わなかったけど、実際に起きた事なの。
 今だったら、たとえ話として理解できるかもしれないけど……。
 この人気を失い、群衆がいなくなった事は、致命的だった。
 結局、ゴルゴダの丘に登ったのも、このせいだし、裁判もそう。
 ピラトゥスの裁判でも、イエス様に死刑を求めたのも全部アンチ。
 ファンが全部いなくなって、アンチだけ残ったから、こうなった。
 この世的には、そういう凄く分かり易い図式があった。
 聖書だけ読んでも、中々伝わってこない部分だけどね。
 オフィシャルじゃない外典まで読むと、ちょっとだけ残っている。
 イエス様の教えも、変えられて、伝わっているから無理もないけど。
 あと325年ニケーア公会議で、転生輪廻の教えとか削られているから。
 元々、イエス様は若い頃、エジプトに行き、そこで仏教を知ったの。
 あまり知られていない事だけど、エジプトに仏教の寺があったのよ。
 その後、インドに行き、そこで仏教と物資化現象を習ったの。
 本当のイエス様は、かなり東洋的に見えたかも知れない。
 イタリアの教会とかで売っているイエス様の絵とかあるじゃない?
 超イケメンのイエス様!アレはマジ!人類一のカリスマよ!
 病気は直すし、パンは降らし、敵を愛すし、死人も蘇るでしょう!
 でも群衆が離れてから、身を隠しながら、教えを説いた。
 何だ、メシアじゃなかったのかと、と皆から失望も買っていたの。
 ローマからの独立運動は政治だから、イエス様はやらなかった。
 「カエサルのものはカエサルに」は、有名な言葉だよね。
 税金の滞納を疑われて、苦し紛れに吐いた台詞じゃないよ。
 金庫番のユダが、ちゃんと支払っている。抜け目ない。
 政教分離の元ネタになっちゃった言葉だけど、本当は違う。
 王様も神様を信じていいのよ。皆、神様を信じていいのよ。
 本当の意味での王権神授説も、そうでないと成り立たない。
 でも革命で王様も、首チョンパが、その後の歴史だけどね。
 話、逸れちゃったけど、それからのイエス様は孤独だった。
 ゲッセマネの祈りもそうだし、ゴルゴダの丘に登る時もそう。
 あたしたち女は、影ながら、遠巻きに付いて行くしかなかった。
 男弟子は全員、裁判の後、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
 男たちは皆、逃げ出して、あたしたち女しか残らなかった。
 あたしたち女は信仰を捨てなかった!イエス様を信じた。本当よ!
 原初シスター軍団は、絶対不動のファン。推して推しまくるよ!
 ただの追っかけじゃないよ。皆、命懸けで伝えたい事はあったから。
 イエス様は愛を伝え、わたしたちも愛を広める。
 男弟子たちも、復活の時には帰って来て、回心した。
 命懸けで、ギリシャやローマに伝道して、壮烈な殉教を遂げた。
 なぜここまでやったか分かる?分からないでしょう。
 それほどまでにイエス様が示す愛は、熱かったのよ。
 あたしたちもそれはよく分かるから、いつまでも覚えているの。
 一回でもそれを見た人は、どれだけ時間が経っても、忘れない。
 だから男たちは、帰って来たし、殉教して、汚名を返上した。
 男たちは一回逃げた分は高くついたけど、あたしたちより活躍した。
 でもイエス様が亡くなられても、踏み留まったのはあたしたち。
 あたしたちがいなかったら、教団もなくなっていたよ。これホント。
 でも最後の晩餐で、「この中に裏切者がいる」と言った時悲しかった。
 誰?と思ったけど、あの時はアンチばかりで、男弟子も頼りなかった。
 いつ誰が裏切っても、おかしくない状況にまで、追い込まれていた。
 皆、自分の身を守る事を考え始めていた。そういう意味では皆同罪。
 でもイスカリオテのユダだけが、明らかに別の考えを持っていた。
 姉御とイエス様の関係に嫉妬したらしいけど、よく分からない。
 とにかく、最後の晩餐、嫌われたイエス様よ。悲しかった。
 あとイエス様の奇蹟を疑う人は多いけど、アレは全部本当よ。
 「水の上を歩くキリスト」とか言うけど、あんなの序の口。
 万有引力の法則なんか信じていないから、空も飛べる筈。
 何もないところから、パンを降らしたり、やりたい放題ね。
 でも不思議と、信じている人が少ない場所だと、力が弱まるの。
 だから生家があった故郷では、あまり力を発揮できなかった。
 「預言者は故郷で歓迎されない」と言う諺は本当ね。
 こういうのは集団で信じないとダメなの。だから教団がある。
 ゴルゴダの丘の後、聖母マリア様を中心に、あたしたちは日夜祈った。
 「復活の祈りを捧げていたら、イエス様は三日で蘇った!」
 生き返ったって、やっぱり触れたのか?霊的復活じゃなくて。
 「うん。あたしも触ったよ。ちゃんと身体があった。生きていた」
 傷とか治った感じか。それは凄いな。
 「そうよ!必ず期待に応えるお方よ!今も活動しているんだから!」
 そう言えば、最期の言葉、エリ、エリ、レマ、サバクタニって何だ?
 「アレは預言者エリヤとか呼んでいたのよ。発音が誤って伝わった」
 なるほど、エリヤの天の車で、迎えに来いという訳だな。
 「あ、何かUFOみたいな光の円盤に吸い込まれて、飛んで行った」
 え?それでどうなったんだ?
 「知らない。でも生きていた筈だから、世界中を回ったんじゃない?」
 ああ、それで青森県にイエス・キリストが出たという話に繋がるんだな。
 「へぇ、日本でもそんな話もあるんだ。知らなかった」
 ボケた婆さんの与太話だと思っていたが、根拠はあったんだな。
 「婆さんが、急に吠え出したら、色々な意味で要注意よ」
 あ、目覚ましが鳴っている。そろそろ時間だ。今朝は入場だ。またな。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺027

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