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仏の顔も三度まで、釈迦族殲滅戦

 「釈迦(シャーキヤ)族を殲滅せよ!」
 古代インド、コーサラ国の毘瑠璃(ヴィルーダカ)王は軍に命じた。
 目指すは、釈迦族の王城カピラヴァストゥだ。
 だが軍は、街道の途中で止まり、後がつかえた。
 「どうした?なぜ止まった?」
 ヴィルーダカ王は、側近に尋ねた。すると兵の一人が、指差した。
 仏陀(ガウタマ・シッダールタ)が独り、枯れ木の下に座していた。
 王は急いだ。仏陀には恩がある。揺らいで見えた。神変かもしれない。
 「なぜ枯れ木の下に座るのですか?」
 王が声を掛けると、仏陀は答えず、柔和に微笑んだ。
 「せめて涼しい葉が茂る、木の下に座ったらどうですか?」
 さらに尋ねると、仏陀は答えた。
 「……たとえ枯れ木でも、親族の木陰は涼しい」
 ふと、仏陀が釈迦族の出身である事を思い出した。
 「コーサラ国に帰還せよ!」
 王は、軍に命じて、元来た道を引き返させた。
 こうして、釈迦族は仏の顔に免じて救われた。一回目である。

 「釈迦族を殲滅せよ!」
 コーサラ国のヴィルーダカ王は、再び軍を率いていた。
 釈迦族許すまじ!王は復讐に燃えていた。理由がある。
 王の母親だ。釈迦族出身だが、実は下女の娘だった。
 父王、波斯匿(プラセーナジット)は、知らずに結婚した。
 コーサラ国が、王族の娘を求めた時、釈迦族は偽って差し出した。
 釈迦族は血統の純粋さを重んじ、他族と婚姻したがらなかった。
 だがコーサラ国に、王族の娘を差し出さなければ、国が亡びる。
 大臣マハーナーマンは一計を案じた。下女に産ませた自分の娘だ。
 これは王が王子の頃、カピラヴァストゥに行った時、発覚した。
 釈迦族の者は、王子にお前は奴隷の子だと伝え、馬鹿にした。
 ある時、王子が腰掛けに座ると、釈迦族の下女が口汚く罵った。
 「これが下女の倅が座る腰掛けだ!」
 その下女は、牛乳が混じった水で、王子の腰掛けを流した。
 ……いいだろう。いつかお前たちの喉笛の血で洗い清めてやる!
 王子はその時内心、釈迦族に対する復讐を固く誓った。
 だが王子が、コーサラ国に帰国すると、父王から遠ざけられた。
 王子が奴隷の子と知ったからである。城からも追い出された。
 この話を聞いた仏陀が、プラセーナジット王との間を取りなした。
 コーサラ国には、スダッタ長者の祇園精舎がある。影響力があった。
 王子は城に戻ると、父王が留守中に謀反を起して、王位を簒奪した。
 復讐に燃え立つ王は、軍を率いて、カピラヴァストゥを目指した。
 だが軍は、街道の途中で止まり、後がつかえた。
 「どうした?なぜ止まった?」
 王は、側近に尋ねた。すると兵の一人が、指差した。
 見ると、仏陀が独り、枯れ木の下に座していた。
 ……ああ、それほどまでに故郷を守りたいのか。
 王は仏陀の心を察して、軍を引き返した。二回目である。

 「釈迦族を殲滅せよ!」
 コーサラ国のヴィルーダカ王は三度、軍を率いた。
 だが軍は、街道の途中で止まり、後がつかえた。
 「どうした?なぜ止まった?」
 王は、側近に尋ねた。すると兵の一人が、指差した。
 見ると、仏陀が独り、枯れ木の下に座していた。
 王は何も言わず、軍を引き返した。三度目である。

 コーサラ国のヴィルーダカ王は夜、独り酒杯を傾けていた。
 血の味がする。釈迦族の味だ。復讐しないでいられない。
 仏陀には悪いが、釈迦族は許せない。クシャトリヤの血を汚した。
 釈迦族は、自分たちが地上で一番尊い血統だと思っている。
 だからコーサラ国の王に、シュードラの娘を姫と偽って与えた。
 これはインドのカースト制度を、根本的に破壊する行為だ。
 ……万死に値する。釈迦族は皆殺しだ。一人残らず殺せ!
 「釈迦族を殲滅せよ!」
 王は立ち上がった。そして四度、軍を率いた。
 軍は街道を進み、順調にカピラヴァストゥに向かった。
 途中、枯れ木の前を通ったが、仏陀はいなかった。
 ……仏の顔も三度まで、釈迦族殲滅戦だ!
 王はカピラヴァストゥを包囲し、攻城戦に入った。
 釈迦族の戦士たちは、在家の仏教徒のため、不殺生だった。
 武器を使って戦いはするが、相手を殺さない。打撃だけだ。
 これでは戦いにならない。釈迦族の戦士たちは押された。
 また釈迦族の戦士たちは、自分たちから攻めて来なかった。
 どんなに反撃のチャンスがあっても、追撃はしてこない。
 専守防衛だった。不殺生で、専守防衛。平和思想だった。
 王はひたすら犠牲を重ねて、押して、押しまくった。
 母の故郷であるが、屈辱の城である。落としてしまえ!

 果たして、カピラヴァストゥは落城した。
 コーサラ国のヴィルーダカ王は、大臣マハーナーマンと会った。
 因縁を感じないではいられない。因果応報か。祖父に当たる。
 「釈迦族は皆殺しだ!」
 王がそう宣言すると、大臣は一計を案じた。
 「……私が池に潜っている間、女子供は見逃して下さい」
 「いいだろう」
 王は鷹揚に答えた。長い時間、もつ訳がない。
 だがいつまで経っても、大臣は水面に浮かんでこなかった。
 これはおかしい。王は兵に命じて、調べさせた。
 「……こやつ!髪を水草に結んでおります!」
 「斬れ!斬れ!」
 王は叫んだが、すでに大臣は溺死していた。
 思わぬ時間稼ぎを喰らった。女子供は逃げている。
 「逃がすな!追え!釈迦族は皆殺しだ!」
 王が命じると、兵たちは皆殺しの歌を歌いながら、虐殺した。
 血飛沫が舞い、壁にもたれかかった影が崩れ、大地を紅く染めた。

 これはカピラヴァストゥ落城後、釈迦族殲滅戦の時の話である。
 「……お前は、シャーキヤ(釈迦族)か?」
 その兵士は鋭く尋ねると、草を咥えたその男は答えた。
 「俺はサーカー(野菜)ではない!ティーナ(草)だ」
 頓智が効いたその男は見逃され、後世、草釈迦族となった。
 またある時、兵士が、葦を咥えた男を捕まえて、鋭く尋ねた。
 「……お前は、シャーキヤ(釈迦族)か?」
 「いや、俺はサーカー(野菜)ではない!ナーラー(葦)だ」
 頓智が効いたその男は見逃され、後世、葦釈迦族となった。
 こうして、釈迦族は全滅を免れ、各地に散って行った。
 だが正直者で、不殺生で、専守防衛の釈迦族は殺された。
 平和思想がかえって、虐殺を呼び込んだ。これは一体どこの国か?

 それから、誰に言うともなく、噂が流れた。
 ヴィルーダカ王と兵士たちは、七日後に地獄に堕ちると言われた。
 王と兵士たちは、落城したカピラヴァストゥで、祝杯を挙げていた。
 当然、王は例の腰掛けを、釈迦族の喉笛の血で、洗い流している。
 だが雷雨が来て、全てを打ち壊し、全てを洗い流してしまった。
 そして跡地には、誰もいなくなった。王は死んだ。

 天眼で全て見届けると、大目連(マウドガリヤーヤナ)は仏陀に言った。
 「私の神通力で、城を守るべきだったのではないでしょうか?」
 木の下に座していた仏陀は、静かに目を開いた。
 「……いや、これは釈迦族の悪業が招いた結果である」
 大目連も沈黙した。僧の多くは釈迦族出身である。
 一度に500人も、釈迦族から出家者が出た事がある。
 国の有望な若者が殆ど出家した。仏陀の妻と子も来た。
 浄飯王(シュッドーダナ)は、仏陀となった我が子と距離を置いた。
 我が子が、転輪聖王(てんりんじょうおう)になる事を期待していた。
 だがシッダールタは仏陀になってしまった。妻子を捨て、国も捨てた。
 王位を継ぐ筈だったが、王子シッダールタは城を出て、修行者となった。
 その前に、美姫ヤショーダラーも娶らせたのに、全く効果がなかった。
 それほどまでにシッダールタは、悟りを求めていた。
 父王は絶望した。そして仏陀をあまり理解できないまま死んだ。
 「……釈迦族は徳がなかった。恨まれていた」
 仏陀は静かに言った。釈迦族は血統主義で、他者を見下していた。
 話を聞いたヤショーダラーは、暗い瞳で、遠く仏陀を見詰めていた。

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺026

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