見出し画像

暗洞に声よ響いて #7

最初から
前回へ

然程ひどい顔はせずに、家に帰って来れたと信じたい。

『お帰りなさい、レイコ様』
「うん、只今」

キッチンに買い物の袋を置き、また水を飲む。今度は水道水だけど。
『お食事のあとは、ダンジョンに行かれますか? それでしたらまた次の攻略情報を……』
「今日は、もういい」
『……左様ですか』
サンデイがなんだか少し嬉しそうだった気もするが、気のせいだろうか。だが、私は無性に”れいん”になりたい気分だった。
「ご飯食べたら、シャワー。その後、収録する。第十回の前後を挟むやつ」
『承知しました』
そういう事になった。

「こんにちはこんばんわー! まるノれいん、でーーす!」
音声エフェクタで私の声は変換され、私の大好きな声になる。
「今日は先日撮った生配信を中心に、お送りしたいと思い、ます」
そう言ってタメ。編集点のために完全に停止&口閉。
「いやー! すっごく楽しかったですねー! 人生初配信&あんなに沢山の人とVRで……!」
私は笑顔で飛び跳ねる。笑顔のエモのスイッチを入れ、自分で一番可愛いと思える角度で、跳ぶ。翔ぶ。
あんまりお金をかけてない部屋着は、架空のひらひらしたハイスクール風制服に。美容院をサボっている暗めの髪は、きらきらした薄水色のショートボブに。
嗚呼、なんて可愛くて、可愛くて、私と違うこの姿。

この配信は架空の未来のことを話している。それでいい。今のこの弾け飛びそうな嬉しさは、本物だ。これまでもらったコメントという声援。エゴサで垣間見た、TLのさざめき。たしかに誰かが見たと機械が保証するインプレッション数。
それら全てが私の心の松明を燃やす。

「でも、本当に私の声は届いているのかな」

どろっとした暗黒が胸の奥から吹き出して、頭の奥をぐしゃぐしゃに塗りつぶした。違う。私はここに逃げて来たわけじゃない。そんな気持ちじゃやってられないんだ。

ぴこん、と急激な情動を感知して視界の端に【アラート】が灯る。ガクン、と身体のコントロールが乱れてバーチャルの地面に投げ出される。
バイザーの下では、涙が溢れていたに違いない。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。