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暗洞に声よ響いて #6

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「……ふはっ」
ゲーム内から戻ると、一瞬息を忘れて大きく息を吸う。いつもの癖だ。
『現時点でキャラクター作成に使用したポイント分は稼げましたが、目標額はこの約10倍ですから、ペースが不安ですね、レイコ様』
「配信に向けて練習もしたいから、休みの明日か、ギリギリ明後日くらいまでが期限だね。半日でこれだと、もっと効率のいいところじゃないと……」
狩場、というらしい。私もあっちも実際には命を懸けてないとはいえ、なんだか申し訳なくなる呼び方だ。

『それでしたら強度を上げるしかありませんね。階層を上げるか、ダンジョンを変えるか」
「その選択肢なら階層を上げる方がいいかな」
答えながら私は乾いた喉をミネラルウォーターで湿らせる。
『しかしそうなると、キャラクターに追加で投資が必要になりますから、更に目標が遠く……』
ううむ、なかなか簡単に稼げはしないなあ。今日の稼ぎ分を時間で割ってみれば、どう考えても最低賃金以下だ。
ぐぅ
……とりあえず食べそこねたお昼兼用の夕食を用意しに、買い物に出なければならない。

コンビニでハンバーグを選んでいたら有線放送で音楽が流れてきた。夕食だ。お腹が空いた。
《届けたい~貴方に~》
確かこれが、昨日の昼間女子たちがお熱を上げていたりょうくん……獅子井遼平の所属するグループだ。大学側がそんなに嬉しいのか広報していたから名前を覚えてしまった。
「しっかし何か言ってるようで何も言ってないなぁ」
アイドルソングってそんなもんだろうか。妙にスレた考えが浮かぶが、これはポイント稼ぎが上手く行ってない反動だろうか。いやいや……。

(あれ? でも私も広大に広大な意味範囲の上では同類か?)
軽く自嘲しながら考えていると、ふとそういう思いが浮かんできた。アイドル、と呼ばれたことが、無くはない。急に恥ずかしくなる。
(いや、配信者だけど、そういうんじゃ……でも今度歌うのは確かだし、踊るし……)
頭がぐるぐるする。そんなにシリアスに貶したわけじゃないが、私はさっき……
「あっすみません」
「あ、ごめんなさい」
そうしていると広くもないコンビニの通路、ぼうっとしてると行き交う女性カップルの片割れとぶつかりかけて、互いに謝る。思っている以上に動揺しているようだ。
そうだ、別に悪いことじゃない。誰にでも響く、耳障りの良い曲、結構なことじゃないか。

そう、誰に向けてかわからない弁解を内語していると、
「今の女の人、かっこいい声だったね」
先程ぶつかりかけた女の子の言葉が、私の背骨に氷を突っ込んだ。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。