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暗洞に声よ響いて #1

『こんにちわこんばんわー! 「まるノれいん」です! れいんずチャンネル第……9回! 9回だよね? んふふふ、まだ一桁なのに覚えれてないや』
帰宅一番、ぼくは【GateTube】で新着動画に出ていたサムネイルをクリックすると、ワンルームのリビングを模したポップなVR空間で、見目麗しい3Dキャラ……れいんちゃんがこちらに向かい手を振り、鈴のような声で恒例の挨拶をした。同時に小さく跳ねたり、忙しなく自分で自分のツボに入りケラケラと笑うその姿は、ぶっちゃけめちゃくちゃかわいい。

「えーと前回へのコメントありがとうございましたー! 募集してた質問も沢山お寄せいただいてありがとうございます! おいおい答えていくので、コーナーをね、こさえて。どんどん答えていこうと、思い、ます!」
お? と僕が反応する間もなく、れいんちゃんは椅子を虚空から出現させ、追って降り落ちる様に机が出現し、それに着席して再度カメラ目線になる。差し詰めニュースのキャスターかアナウンサーだ。そのイメージだろう、少し真面目風の硬い声音で、コーナーコールをする。
「では早速……今週漫画、これ読んだよ。のコーーナーー!」
……テンションたっけえ!

「視聴者の方におすすめされて、ブックオ◎で古本探してきましたよ~。まだ電子化されない名作も多いですねえ」
やっぱそれコメしたのぼくじゃ!? と前のめりになるが、特に個人名を出してくれたりはしなかった。いかんいかん、認知厨は痛いぞ。落ち着け。
「内容は……結構スタンダードな恋愛ものでしたけど、ラストの転換がよか……おおおっと、それを今から話すんでした! まずはこちらをどうぞ!」
これは編集したものなのでこの演出もわざと(だと思う)けど、こういう素の姿っぽいのは、正直好きだ。続いて作品基本情報なんかを読み上げる動画内動画っぽいのが始まった。
あくまで、作品を主に据えようとする姿勢なんだろう。
ぼくはその隙に持っていたままだったカバンをおろし、飲み物を取りに行った。

「……すなわちブラックゲートへの物理的な加害は、壊滅的な反撃を引き起こし……えーと、前の席の角谷くん、聞いてる?」
「え、あ、はい……聞いてないですね。すみません」
「正直だねきみ……ちゃんと聞いててね」

最前列で意識を飛ばす(居眠り未遂。という意味で)という私の狼藉に対して、【情報ネットワーク基礎】担当、園下教授は意外なほど軽く流す。周りでは小さく笑い声が上がっていたが、自然とすぐ消え、また教授の訥々とした講義する声が中教室に響いた。

「……それでまあ、大元のサーバーに当たるものは今や全部ブラックゲートに置き換わってるわけだけど、あー……そこから我々の端末への通信とか、そもそもの処理内容を定義するのはあくまでこちら側なわけね。だからプロバイダーがそれぞれ……」
その声に滲むのは学部レベルの講義などどうでもいいという気持ちか、あるいは研究の大元が正体不明であることに対する無力感か。

「キャーーー! りょうくーーん!」
その講義に、外から響いた黄色い歓声が再度水を差す。

え? 今日りょうくんきてるの。
ああ、例のアイドルの?
キツい感じがいいよね。

教室内もにわかにざわつく。確か今年この学部に、アイドルグループの一人が入学したとか……。気になるらしい声が後ろからヒソヒソと聞こえ、窓の外へ気持ちが向くのがわかる。小事務所所属ながらテレビにも何度か出ているらしい。見たことはないが。
「きみら、講義中なんで静かにねー」
見かねた教授が、窓を開けその集団に向けて注意をする。静かにする代わり、りょうくんとやらに伴って彼女らは講義棟から離れていった。

それはともかく、すごく眠い。講義はあと三分の一ほど残っている。内腿をつねって、再度講義に集中する体制を整えた。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。