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【体験談】夫が息子に暴力を振るう——なぜ私たちは、児童虐待から離れられたのか②

コロナ禍に起きた生活の変化の中で、息子に対する夫の虐待に気づいたというIさん(45歳/女性)。当初、家庭内で虐待が起こっている事実を受け入れることができず、別居・離婚するまでに大きな決断が必要だったと語ります。そんなIさんが、なぜ児童虐待から離れることができたのでしょうか。一人の専門家を起点に、様々な相談窓口とつながったことで事態が好転した本事例をお伝えします。(全3話の2話目)


「これは虐待だ」という
友人からの断言

公認心理師/臨床心理士のFさんとのカウンセリングは、2週間に1回ほど、約半年程度続いた。その中で、Fさんから児童相談所(※以下、児相)に相談することを勧められた
実は、最初に児相に行くことを提案してくれたのは、友人であり公認心理師であるMさんだった。でも、私の中には、『児相に行くのは、ニュースで取り上げられるようなセンセーショナルな事件の当事者。だから、この程度の夫の暴言暴力くらいでは、相手にしてくれないだろう』という思いがあった。それに、児相に行くメリットもよくわからない。

そこで、以前スクールカウンセラーの仕事もしていたFさんに、「Mさんにそう言われたんだけど、私は該当するように思えない」という話をした。すると、意外にも「行った方がいいと思う」という返答だった。
でも、長男に対して何をしていても、それとは別に、当時の私は夫が好きだったのだ。離婚する気も、ない。だから、私が責任を持って親子関係を改善して、正しいあり方に導けばいい、と考えていた

それ以降、夫に対して、意見をしてみたり、長男への暴言暴力を止めに入ってみたり、穏やかに話してみたり、逆に強く言ったり、「虐待だ」とストレートに指摘をしたり、さまざまなことを試した。『こうやって少しでも先延ばしにできれば、子どもが大きくなってこの状況をひっくり返せる力が身につくかもしれない』とも考えていたのだ。

しかし、その後、夫の虐待により、長男の抑うつ状態は日に日に進行していった。長男は、なかなかベッドから起き上がれず学校に行けない日々が増え、食欲も落ちて、体重が減っていった。

そしてある日、Mさんに「この状況は、児童虐待だよ」とはっきりと言われた

それまでの私は、強い気持ちを持つことで今までいろいろな局面を乗り越えてきた、という自負があった。だから、『この目の前の困難も必ず乗り越えられる』とも思っていた。
しかし、実際は何一つ改善しなかった。もう、これ以上策がなかったのも確かだった。夫や長男に対してできることはすべてやった。なのに、このほかにどんな方法があるというのか。もしあるなら、誰かそれを教えて欲しい、そんな気持ちになっていた。

そんなときに、Mさんに決定的なひと言を言われ、『そうか、これは虐待なんだ』と認めざるを得なくなってしまった。

重要なのは、
“児相に記録を残す”こと

Mさんからは、“第三者の専門家に家庭に介入してもらう”ことを勧められた。その提案の中には、夫に、公認心理師であるMさんやFさんを会わせる、つまり、夫にカウンセリングを受けさせる、という選択肢もあった。
ただ、Mさんの場合、そもそもが“私の友だち”ということになるため、あまり第三者としての効果がない。また、Fさんについては、1回程度なら私のカウンセリングに渋々ついてくるかもしれないが、状況が改善するまで回数を重ねるということは難しいだろう、というのが、MさんとFさん双方の予想だった。

そこで最後に残ったのが、“児相に相談に行く”という選択肢だ。児相がどんなところで、どんなことをしてくれるのかはわからない。でも、警察のような公的な権力のあるところが第三者として家庭内に入ってくれるなら、まだ可能性があるのではないかと感じた。

そのときMさんが強調していたのは、“児相に記録を残すことの重要性”だった。まずは児相に相談する。そうすることで、児相という組織に家庭内のトラブルに関する記録が残る。その記録が、今後、役所の家庭相談でも、警察のDV担当窓口でも、絶対に役に立つのだという。
私はなんとか地域の児相に電話を入れ、夫と長男の間のトラブルを簡単に説明した。すると、すぐに担当者から「直接お話を聞かせてください」と、面談の日程が決まった。

そして、当日——。
児相で待っていたのは、2名の担当者だった。
当時、私はMさんからのアドバイスで、毎日起きたことを詳細にメモに残していた。そのため、自分が置かれている現状について、比較的スラスラ話すことができた。その内容を、ベテランの担当者が大学ノートに記録していく。結局私は、1時間半以上は話し続けていたと思う。

【公認心理師・岡本からのメッセージ】

“児童相談所”というのは、ニュースなどのメディアでしか耳にする機会がないかもしれません。そのためか、「大きな事件につながるような、子どもの虐待などのトラブルに対応してくれる場所」というイメージが強くなっている気がしています。
しかし、それだけではありません。
児童相談所というのは、一言で表すと、“18歳未満の子どもの心身の健康を守るための福祉施設”。中には、心理師、保健師、児童福祉司、看護師などの専門家たちがいて、「子育てで困っている」というお悩みから、子どもの心身の健康、人権に関するトラブルまで、専門的な視点で助けてくれます(私の仲間の公認心理師たちも、たくさん働いています)。
行政機関なので無料で利用できますし、「47都道府県、日本中に必ずある」というのもポイントです。
「そこまで大袈裟な話ではないから…」というような遠慮はまったく必要ありません。お子さんのことで何か困りごとがあったら、気軽に相談してみてください

家族一人ひとりに実施された、
児相との面談

その後、担当者から言われたのは、「相談を受けた以上、家族全員と面談をする必要がある」ということだった。そのときの私の面談と、家族全員との面談がセットとなって、初めて“記録”として残すことができるため、それは避けては通れない“決まり”なのだという。

家族への面談には、いくつかの選択肢があった。
例えば、子どもの場合、“家で面談する”ということの他に、“学校で面談する”ということも選べる。我が家の場合は、夫がコロナ禍ゆえ家にいることが多かったため、担当者が家に来て子どもと面談をするというのは難しい。そこで、学校での面談をお願いすることにした

児相が公的な機関であることもあって、学校は非常に協力的だった。アポイントを取るために中学校に電話をしたときも、「事情があって児相が子どもの面談をすることになったので、中学校の教室を使わせてほしい」と言うと、中学校側は深く事情は聞かずに、すぐに対応をしてくれた。

面談当日は、児相の担当者と長男との3人で面会が行われた。長男は、全く知らない人と話すことに抵抗があるかもしれないと思っていたが、後から話を聞くと、淡々と家で起こっていることを語ったようだった。

続いて、次男との面談も行われた。やはり、小学校の教室を借りて話し合いが進められた。
児相の担当者はそうやって一人ひとりから話を聞くことで、最初の面談で私が話した内容と齟齬がないか確認をしているようだった。

「悪いことはしていないから、
改める必要もない」

一番ハードルが高かったのは、夫だ。そもそも、どうやって面談をすることを承諾させたらいいのか。
しかし、その点は担当者が非常に慣れていて、いくつもの選択肢を用意してくれた
その中から私が選んだのは、「毎日続く怒鳴り声を聞いて、近所の人が心配して児相に通告した」というもの。まず私が児相からの電話を受け、すでに担当者からヒアリングされた、という筋立てにしたのだ。

夫にはその状況を伝え、「児相では、あなたからも話を聞かなければいけない決まりになっているらしい。だから、対応してもらえないか」「対応してもらえないと、終わらない話だから」と言った。
夫が「どこの誰が連絡したんだ」と声を荒げる事態も考えていた。が、想像に反して「いいよ、いいよ。俺、何も悪いことしてないから」とあっさりと面会することを承諾した。
一方、私はその面談には同席をしたくなかったので、児相には「当日は外に仕事に出るので、その間に夫と話をしてください」とお願いした。

当日、夫は、「玄関先で」と言う担当者をわざわざ家にあげ、部屋の様子を見せて「ここで勉強を教えているだけで、虐待は何もない」と言ったという。担当者はこれまでの面談を踏まえ、夫に対して「あなたがやっていることは児童虐待です」「子どもの人権に関わることですから、改めてください」と説得したという。しかし、その言葉に対して、「別に俺は悪いことはしていないので、改めませんよ」と言ったそうだ。
私はその話を聞いて、「この人と一緒にいては、子どもを守れない」と強く思った。

【公認心理師・岡本からのメッセージ】

「DVや虐待の加害者を専門家に会わせる」というのは、被害者側の家族からすると、本当に恐ろしいことのように感じてしまうかもしれません。
でも、今回の児童相談所のように、専門家・専門機関というのは、そのような事例の数々に介入してきたプロフェッショナル。どんなに難しい状況であっても、物事を進めていくための事例と知恵と経験を、たくさん持っています

もし「加害者のこういうところが怖い」「こういうことはやってほしくない」というような思いがあったら、そのことも専門家に相談してみてください。しっかりと要望をヒアリングした上で、最適な解決法を見つけ出してくれるはずです。
また、専門の行政機関である児童相談所が、被害者家族の話や現場の状況を丁寧に確認して、その上で「これは虐待です」と判断した場合、Iさんの夫のような「勉強を教えているだけだ」「暴力ではなく躾だ」という意見は、通じません(大抵の加害者は、「虐待ではなく躾だ」「我が家の教育方針だ」と口にするため、児童相談所側もそのことは十分承知の上で対応します)。そういう点でも、とても力強い味方になってくれるはずです。

もう一つ補足をします。
児童相談所が考えたストーリーの中に、「近所の人が心配して児相に通告した」という内容が登場しました。ここで使われている“通告”という言葉は、実はとても強い力を持っています。
児童福祉法の第6条では、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない」」と定められています。

これは“通告する努力をする義務”ではなく、“通告する義務”です。つまり、このことを全国民が守らなければいけません。
通告は匿名でかまいません。通告した人が誰なのかを明かされることはありませんし、その通告が結果として間違いであっても、その人が責任を問われることもありません。「思い違いかも」「ただ泣きわめいているだけかも」「通告したら、迷惑をかけるかも」ということは置いておいて、とにかく疑わしかったら通告する必要があるのです。もし気になる場面に出会ったら、勇気を出して通告してください。

(全3話の2話目、おわり)


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