腕試しをしたくなる時期が来た
今、人生のサイクル的に、腕試しをしたい時期なんだな〜と気づきまして。その気持ちや今ある感覚を掴んでおこうとキーボードを叩く。
知っている人も多いかもですが、私はインプロと呼ばれる即興演劇を仕事にしています。
でも、インプロはそんなにできないと思っているんです。
いわゆる、パフォーマーとしてお客様を楽しませることで価値を生み出しているというよりは、価値を生み出せる人を紹介して世間に知ってもらうという価値を生み出している感じ。
具体的には、団体やインプロバイザーと呼ばれる個人の俳優さんを紹介するSNS戦略立てたり実行したり。インプロ研修を売るために営業したり。
そうやって色々紹介して、仕事を人に回したり事を大きくしていくことを、ここ2年くらいはやってきたなと思う。
(ここに自己紹介の記事あるといいよねぇ。でもないから、代わりに3月までいた団体の卒業報告記事をば)
当初はそれでよかった。
むしろそのポジションに意味と価値を見出していたところがあって。
私は大学生の頃からミュージカルやら演劇やら、いわゆる身体を通した表現活動をしてきて。とはいえ、当時の私としては「役者向いてないな」と思ってたりもしたんですね。
だから大学卒業の時に結構しっかり考えて、演劇を趣味にしていくことにして就職しました。
この決断はとてもよかったと思っています。会社員やりながらだからこそできる演劇とか、収益考えずに没頭できるという関わり方があるし、すごく意味のあることだと思う。
結果的に私は会社員という形は終わらせたけど、「プレイヤーではない」という決断を後悔したわけじゃない。そのプレイヤーではない私が、表現の周辺で生きていることに価値を見出したのです。
インプロやらないけど、インプロで食ってる。
この道を私が作ること。
しかも、制作とか、今すでに存在する形とは別の道を見出したら面白いんじゃないか、と思ったりして。
だから全力で前向きに走ってこれたし、それによって作ってきたものもある。
でも、今。
猛烈に私の中になにかが湧き上がっている。
お前がどれほどのもんじゃい、と。
結局、誰かの大きな力によって生かされているだけで、自分は何ももってないしやっていないような気がしちゃう。
仕事なんて、生きるなんて、よく考えるとみんなそうなんだけどね。
フリーのライターだってそもそも取材する相手がいてだし、システムエンジニアだってシステムを欲している会社があって、サーバがあってだし、ブロガーだってYouTuberだって既存のプラットフォームがあってこそできるわけで。
でも、そうなんだけど、なんかそうじゃない。
私という人間の、現在地が知りたいのかもしれない。
ある程度、インプロワークショップの形を成す程度にはファシリテーションの視点や知識や経験を積ませてもらった。好きなことで生きていくロールモデルみたいに言ってもらう経歴もできた。経営者として人と会って、夢を語るなんてこともした。最近は色んな人から相談したいって声をかけてもらうようになった。
じゃあ、一歩外に出たらどうなんだ?
この優しくて、ある程度積み上げた信頼と実績、みたいなものを通して見てくれる世界でないところで、どれほど通用するのだ?
そういう、腕試しをしたくなる時期にきたのだと思う。
寝る間を惜しんでこうしてnoteを書いているのも、私の言葉がどれだけ世間に届くものなのか挑戦しているんだと思う。
インプロワークショップを自分で主催しているのも、ある程度安全装置のある中ではなく、自分の名前で募集をかけて、しっかりお金ももらって、自分でワークする。そしてうまくいけばリピートしてもらえるし、そうじゃなかったら来てもらえない。そういう現実を突きつけられたい。あと色んな人のワークを受けて、コピーしてやってみた結果、自分の中からどんな言葉が出てくるのか知りたい。
最近、仕事が一切関係ない友達欲しいなって思っているんだけど、それもなんか、これまでの私を知らない人が、経歴を知らない人が、私という人間と一緒にいたいと思ってもらえるのか、自分の人間力みたいなものがどんなものか知りたいのかな、と思ってきた。
「思う」という言葉が多いのは、自分が何をしたいのか、どうしてその行動を取っているのかがわかるのは、結構あとになってからであることの方が多いから。
noteを始めた時は、私がやっている会社の宣伝をしたいからのつもりだったし、友達が欲しいというのも、ただ雑談する人いないからだと思っていた。
でも、たぶん根本はそうじゃなかった。頭ではすぐにわからないもので、行動が先にくる。なんでかわからないけど行動をしていると、ある時自分が何をしたかったのか気づいたりする。
最近の私はなんだかざわついていた。
心が折れたいとかいって、路上ライブならぬ路上インプロなるものを始めたり、今度オープンマイクセッションでパフォーマンスできるカフェに単身乗り込もうとしている。
インプロ歴3年の私の周りに、10年とか、14年とか、25年やっている人たちがいて、その人との圧倒的実力差に絶望する気持ちと、近づきたい気持ちがぐるぐる回っている。
そんな私が今日、ダンサーの熊谷拓明さんの作品を見に行ってきた。
今日起きたら、Twitterで今日だって情報が流れてきて。
なんかわからんけど、「行かねば」って思って。
20時から先約があったんだけど、30分ずらしてもらって(ごめん)行ってきた。
自分で作った新作の落語を踊りながら表現するって演目で。
面白かったし、勉強にならなかったし(これは褒めてて。勉強になるなって思いながらみれちゃう作品って、見入ってないってことで多分あんまりすごくないという持論)
でも、なんか心に残ったのは、「照明やら舞台美術の匠に生かされながら踊って、ありがとうございましたなんて言ってていいのかと思ってこの作風を始めたんです」という言葉。
じわ〜っと心に入ってくる、沁みてくる。
今の私は、この言葉が沁みる状態にあるんだなと気づく、知る。
そして、私の最近のざわざわやら行動が、腕試しをしたいという気持ちから来ているのだな、と合点がいく。
そしてまたnoteを書く。循環していく。
これをある世界では引き寄せの法則といって、ある世界では芸術の価値というんだろうな〜。
色んな世界から、色んな世界を切り取るのが面白い。
熊谷さんの世界のダンスを、私の世界で切り取って、違う人の世界に渡す。世界が回る。
ぐるぐる回る。
思考が回る。
言いたいことも回る。
そんなこんなで、今日を終える。
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