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落ち込んだ時には

誰でも落ち込むもの

僕は、何かあるとすぐに落ち込んでしまうのです。失敗したら、そのことばかりを考えては落ち込んでしまいます。不安になると、深く考え過ぎては落ち込んでしまいます。人に何か言われたら、やたら詮索しては落ち込んでしまいます。人がとても羨ましくなっては、落ち込んでしまいます。ついこの前は、何もなくて落ち込んでしまったくらいです。

これは、自分の性格だから仕方ないと思うのですが、こうしてすぐに落ち込んでしまう自分が嫌いでした。どうしても、受け入れることが出来なかったのでした。

だって、子供の頃から言われてきたじゃないですか。落ち込んでいたら「そんなことで落ち込むな!」「落ち込んでいたって、しょうがないじゃないか!」「何を落ち込んでいるんだって、そんな暇はないぞ!」って。こうして落ち込むことに対して、良くないイメージを何度も植え付けられてきたのです。それを、今更変えることなんて、僕には出来ませんでした。

でも、こう何度も落ち込んでしまうから、分かるのです。落ち込んでいるときに、落ち込むなって言われても、余計に落ち込んでしまうものだということをです。誰もが知っている。いつまでも落ち込んではいられないことくらい。早く立ち直った方が良いくらい。それを、強引に前を向こうとしても無駄なのです。

そんな風に考えて、落ち込んでいる自分を無理やり、どうこうしようとすることを諦めたときくらいから、少しづつ僕の中に変化が起きたのでした。

そして、いつもポジディブで明るい人と話している時でした。「僕はすぐに落ち込んでしまうから、あなたが羨ましい。」て、言ったら、「そんなことない。私も滅茶苦茶に落ち込みます。」そう返ってきたんです。その時に、誰であっても落ちむものなんだ。僕だけがこんなに落ち込む訳ではないんだと思えたら、心が軽くなったのでした。

そこから、妙に開きなおることが出来たというか、落ち込む自分を拒むためにいれていた肩の力が抜けたことによって、落ち込む自分を受け入れることが出来るようになれたのかもしれません。

もう一度耳を傾けてみる

落ち込むことは、誰でもあり得るものだと思えると、自分が落ち込むのは至極全うな気がしてくるようになりました。仕事で失敗したら凹むのは当然なものです。むしろ、落ち込まない方が、ねじが外れているとすら思えるようになりました。

そんな風に、落ち込む自分を受け入れられるようになってきたときに、自分の正直な気持ちが分かるようになってきたんです。人間関係のいざこざで落ち込んだ時には、人に自分の気持ちが分かって欲しかったんだなとか。不安になって落ち込んだ時は、このことが一番に心配していることなんだな。これが怖いんだね。と、言った風に。

そうやって、自分の正直な気持ちをメッセージとして受け取ることが出来た時、自分に寄り添うことが出来て、落ち込んでいるけれど、気にならないようになれていったのです。そこには、かなりの時間はかかりましたけど。

落ち込んでいるようで気にならないというのは、どこか矛盾しているようですが、落ち込んでいる自分に対して、嫌悪感を感じることはなくなったのです。

そして、これまで何度言われても理解できなかったのですが、全ての答えは自分の中にあるということが、ほんの少し分った気がするのです。

落ち込んでいるときにこそ、もう一度自分に耳を傾けてみると、そこから自分がどうしたいのかを教えてくれるからです。

落ち込んでいる時ほど、自分の本音が見えやすいからです。

誰でも、落ち込んでいる時に、親身になってくれる人がいたら、本音で何でもかんでも話してしまわないでしょうか。他人であっても、そうなってしまうのですから、自分だと尚更、本音を聞くことができるのです。

つまり、落ち込むといったことも、大切な自分の行動であり、自分が生きやすい世界を作り出し、自分らしい人生を担ってくれるものであるのだと、今では思うことが出来ています。

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