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ゴッホと風と。 #2

首都パリから約700km南に下った海
そこから潮風になりきれない気流が川をのぼる。

空気の流れはやがて穏やかなローヌ川と
セッションし、川沿いの街アルルでスウィングする。

アルルはかつて
湖の近くを意味するアレラーテという地名だったそうだ。

アレラーテはローマ帝国の重要な都市の一つで
海との近さから港街として栄えた。
現在もアルルに残る円形闘技場や凱旋門はこの時代のものである。

数世紀の時の流れはアルルをより一層文化圏の中心地として輝かせた。

ある時には帝国の州都、
またある時には王国の首都。
役目を与えられ、時代を全うする。


海からの風が商運を呼び、高くから見下ろす太陽は往来する人々を温める。
先人は多くの財産を風吹くこの土地に見出したのだ。

これまでどれほどの者がアルルを目指して海を渡り山を越えたのだろうか。

耳をすませば石畳を靴が弾く軽快な音色が聞こえてきそうだ。



幾星霜にわたりこの土地は
ひとを受け入れ 暖かみを醸成し
その役目を負い 文化を奏でてきたように感じる。

しかし近代に入り、
鉄道産業がアルルの港街としての機能を衰退させた。

文化の中心地としての役目は終わりを迎えた。
港にはもとの活気はない。
街の輝きにあやかろうとする者も減っただろう。

とはいえ、
全盛期の華やかさこそは失ったものの
ひとりの芸術家を虜にするにはちょうど良い
素朴さを手にしたようだった。

今は、
乾いた空気が漆喰壁の隙間を埋め、
申し分のない太陽の光が観光客を照らす。
大きな風が家々の間をすり抜け、小さくなった風がベランダの花を揺らす。

今は、と言ったがもうずっと変わっていないのかもしれない。
アルルは古くから人と風の通り道なのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


2023年8月の末、私はベルギー・ブリュッセルから列車を乗り継ぎフランス・アルル駅に到着した。

長たらしく街のことを話したが、これでどれほど私が恋焦がれていた土地であったか想像つくだろうか。

アルルに対する欲求はゴッホを愛する者の宿命のようにも感じる。

そう、奇才フィンセント・ファン・ゴッホは37年という短い生涯の1年余りをこの土地で過ごした。
しかもその期間、同じく芸術界に多大なる貢献をした画家ゴーギャンと共に暮らしていたのだ。

2人の画家が共に衣食住した土地。

同じ風景を眺め、筆を握り、絵を描いた土地。

ああ、私はここにいるのだ。


アルル駅のプラットフォームに降り立つ。

東の果てからはるばる来たという達成感は容易く得られた。

夕方なのに太陽がまだ高い。
なんだか嬉しい。



駅舎は簡素であった。
クリームイエローの壁は艶やかではないにせよ印象的で、
ARLESと書かれた青い駅名標と共鳴している。

スーツケースを押して駅舎の外へ出た。

観光地とは思えないほど飾り気のない駅前は、小さなロータリーと街の中心部に続く道、その反対に続く道に別れている。

宿泊先のAirbnbは街の中心部にあったので、何となくそれっぽい道を歩いていく。

街に続く石畳の一本道は、スーツケースを押して歩くに大変苦労した。

ガタガタ、ガタガタ、ゴトッ。ガタガタガタガタガタ。
スーツケースのホイールがいい感じに石の間に挟まり、
5歩進めば1回つまづく仕組みとなっている。

(まあ、この古い道を作った先人はいつの日か、4つの車輪がついた旅行鞄が主流になる時代が来ると想像できまい。)

スーツケース押しに心血を注ぐこと10分、風化した凱旋門が見えた。

みなが想像するようなパリのご立派なものと比べ、
こちらはひとまわり、ふたまわり小さいものの、
戦士を迎え入れるに、あたたかさを与えるような母性的な凱旋門のように感じた。
思わず「ただいま。」と言ってしまいたくなる具合に。



街はいかにも南フランスチックな素朴さあふれる建築で埋め尽くされていた。
ソフトでクリーミーな黄色の壁は、この街の高い空をより青々と見せてくれる。

平均的に4、5階の高さの建物が多かっただろうか。
家と家の間はロープが吊るされており、祭りの後を思わせる艶やかなフラッグや、洗濯したてのパンツまで色んなものが蔓下っていた。

道の真ん中ではテーブルを広げワインを飲む家族。
アコーディオン演奏で小銭を稼ぐ老人。
忙しなく料理をサーブする若いアルバイト。
そしてその脇をうるさい音を立てながら横切るアジア人の私。
私は明らかに街の不協和音だった。

アルルという絵画に中に、一雫の黒いインクを垂らしてしまった感覚を覚えながら宿泊先に着く。
1階のタトゥーショップのお兄さんが4階の私の部屋までスーツケースを運んでくれた。
そうそう、アルルに限らずヨーロッパの各地ではエレベーターがない物件が多い。
言い換えればエレベーターが設置できないほど歴史的価値のある建物が多いということ。
そのせいかスーツケースを運んでくれる心優しい方も多く、その数がエレベーター付き物件と反比例している。(ああ、憎めない。)

スーツケースを運んでくれたお兄さんに拙いフランス語でお礼を言う。
部屋に入ろうとすると、隣の部屋から女性が1人出てきた。
旅行者かと思い、英語で当たり障りのないことを聞いてみると彼女はその家に住む地元民であることが発覚した。
アルルの小学校で教師をしているらしい。

Airbnbを使うのは初めてだったので、そのほかの部屋も普通に貸し出しているのかと思ったら必ずしもそうではないようだ。

「何かあったらインターンフォン鳴らしてね。」と去り際に気を遣ってくれた。
アルル滞在中彼女とは計3回ほど会うことになるが、
その度に私もこのアパートに引っ越して来た気分になり嬉しかった。
白い歯を輝かせて大きく笑う彼女の教師姿をみてみたい気もした。



部屋に入る。
1人で宿泊するのに十分すぎる広さだった。
寝室とリビング、バスルームが分かれており、どれも私の日本の部屋より広い。
だからか、少し落ち着かない。
スーツケースを無造作におき、窓を開け、空気を取り込む。

木製の縦滑り出し窓を開けると、風に乗った街の音が部屋に入ってきた。

いつの間にか日暮れ時になっていたアルルは、昼さがりよりも活気があるように思える。楽器の演奏や部屋の下の道を行き交う人々の笑い声も私の耳に届いた。

窓辺から外を見ようと手をかけると、上の部屋から複数人の笑い声と、
ヨーロッパとは思えない料理の匂いがした。

隣の部屋の女性教師がインド系家族が上の部屋に住んでいる旨を伝えてくれたのを思い出す。

笑い声には子供の声も混ざっている。

彼女の言うように、上の階には本当にインド系家族が住んでいた。

フランス語でも英語でもない言語が頭の上から降ってくる。
言葉と共にカレーによく似た香りも放たれてゆく。

スパイスの複合的な香りは国を表現できるのか、と私はひたすら感心した。

それと同時に家族で住む広さの部屋に1人でいるのだから
そりゃ落ち着かないだろうと妙に納得もした。





上の階のスパイスに食欲を刺激され、適当に夜ご飯を済ます。

まだ街は騒がしかったが、それすら心地よかった。


街のBGMによって、食欲の次は睡眠欲が刺激された。

窓を閉め、ダブルベッドに横たわる。


呼吸が深くなる。
意識が遠のく。


うつらうつらする中、孤独に顧みた。



私はこの街では東方から来たエイリアンにすぎない。
街の景観にどうしても溶け込むことはできない。
それはまるでマスターピースに
素人の一筆書きが混ざってしまった異物のよう。

アジア人だから、というわけでもない。
フランス語話せないからというのも違う。

駅から降りた瞬間から興奮するのと同時に浮き足立っていたのだ。

アルルが一つの劇場だとしたら、この街にいる者は
住まう者も旅行者でも演者となる。
隣の部屋の女性教師も、上の階のインド系家族も役を与えられている。
皆がみな街のパーツなのだ。

彼らは神のみぞ知る戯曲に沿って歩いてゆく。
そして意識せずとも街の景観として機能していく。

私はどうだろう。
旅行者ではあるが、
どうしてもこの劇の演者にも観客にもなり得ていない気がする。
ふわふわしている。
演者でも観客でもなく、
違う星から街の輝き目掛けて飛来したエイリアンに近いのだ。

ゴッホが見たものを私も見てしまう感動と恐怖。
夢のような地に実際に足を踏み入れてしまう非現実感。

本当はアルルには何もないのではないか。
もしそうだとしたらたまらなく怖い。
でも少し安心するかもしれない。

何かが私の中で壊れてしまったらどうしよう。
世界の秘密を知るときは怖いものなのだろうか。
ああ、いっそのこと風のようにこの街を流れていきたい。

止まらぬ思考が異星人であることをひどく痛感させる。







今夜この街で眠りにつくことで
アルルという演劇の一部に溶け込めたら、と願うばかりだった。





















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