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えん結びの花 序
あらすじ
大知と杏月は大学生ながら籍を入れるほどの恋仲であったが幸福の絶頂だった筈の大知が凄惨な自殺をする。
親友の楓我は大知の死が信じられず杏月に話を聞く。だが杏月は今にも消えてしまいそうなほどに憔悴しきっていた。
杏月は好きな人が居るなら恋を実らせてと願いその後死亡する。楓我にはマリーと言う意中の相手がいた。
とまどう楓我の前に突然、大知の死について聞いてくる進歩が現れ風我もマリーも死ぬと言う。楓我は激昂し、進歩を殴りつけてしまう。
進歩は手を出したのだからある噂の真相を探ってもらうと脅しをかけえる。
その噂とは何者かから想い人との縁を応援されると恋仲になれるが、二人はやがて死に至るという都市伝説であった。
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序
「死んじゃいそう……」
他人事のような乾いたつぶやきだった。
冷たい地面に仰向けになった智美はため息とともにその愛らしい顔を歪める。
視界は空と杉の木が埋め尽くしている。青い草木の香りが妙に濃く鼻腔をくすぐっていた。
「いたた……」
意識がはっきりしてくると同時に背中が痛みだしてきた。息が詰まりそうな痛みを堪えて必死に深呼吸し、ようやく痛みが峠を越す。
助かった、と思いかけて智美は苦笑した。
「……死にに来たんじゃん」
智美は自殺するために芝森山に登っていた。
大学の講義を終えた午後、着の身着のまま、日に数えるほどしかないバスに乗り、小学校の遠足以来の山道を登り、そして道を踏み外して坂を転げ落ちた。
体中が痛い。情けなくて悲しくて、子どものように声を漏らして泣いていた顔にふと生暖かい風を感じて振り向けば、そこには牝鹿の顔があった。
声を上げようとするが背中に激しい痛みが走り声が出ない。苦悶の表情を浮かべる智美に驚いた牝鹿は、甲高い声で鳴いて距離を取った。
「……あっつうぅ……」
ようやく声を出せる程度には痛みがおさまってきた。牝鹿は数メートル先で智美を見つめている。
──もしかして見守ってくれてた?
まさかと思いつつ牝鹿を見ていると立派な角を生やした牡鹿も姿を現し、二頭は仲睦まじげに顔を擦り寄せ合う。可愛らしい光景だが、今の智美にとっては当てつけにしか見えなかった。
智美は思わず二頭を睨みつけ、その殺気にも似た視線を感じた二頭はひと鳴きして森の奥へと消えていった。
何をやっているのか、と呆れた智美は姿を消した二頭にごめんね、と詫びる。
「で、ここどこ?」
濡れて背中に張り付いた服の感覚が気持ち悪く我慢できない、と体を起こして周囲を見渡す。ここは道から滑り落ちきった谷底らしかった。
「……生きちゃったなぁ」
ため息とともに漏らしたその声に喜びの響きは微塵も無い。智美は白い息を吐きながら自分の体を見た。
羽織っていたカーディガンは見当たらない。ブラウスとパンツは泥と落ち葉まみれで見るも無惨に汚れている。パンプスも片方では仕方ない、と少し迷ってから脱ぎ捨てた。
手足は擦り傷だらけだ。顔もきっと酷いことになっているだろう。背中もそうだが他には特に右の上腕の痛みがひどい。見てみると、裂けた袖の下から覗く肌にはかなり大きな裂傷が見えた。出血は幸いほとんど止まっているがひどい裂傷があり、乾きかけた赤黒い血にまみれたそれはホラーさながらのグロテスクさだ。
「あはっ。情けないなぁ……」
色々とバカバカしくなり冷静になった智美は周囲を見渡す。すぐそばには落ち葉でほとんど水面が埋め尽くされた池があった。
「……ヘタしたら、滑り落ちてそのまま池にぼちゃんだったのか。冷たい水に落ちたら、気を失ったまま溺れ死ねたのかなぁ」
あーあ、と智美は眉を下げる。どうやら滑り落ちる途中で何かにぶつかり、それで勢いが止まったらしい。
滑ってきたと思われる方向を見ると、積み重なった落ち葉の中から、かまくら状に積み上げられた石の山が頭を出していた。
「まさか、あれにぶつかった?」
背中じゃなくて頭だったら、と考えゾッとした智美は助かったという気持ちと助かってしまった、という相反する気持ちにを感じて失笑する。
「どれどれ……やば、祠? 少し壊しちゃった?」
無神教だがパワースポットや占いを信じないわけでもない。智美は自然に湧き上がる罪悪感をバネに足を引きずりながら石の祠に近寄る。落ち葉をはらうと中に石像が見えた。
「お地蔵様……! うそ……」
祠の中には風化と苔のせいで顔がほとんど見えない、一抱えほどの大きさの石仏が二体安置されていた。
「これが縁結びの御神体?」
一体は智美がぶつかった拍子に倒れてしまっているがその姿は言い伝えの通り、二体で肩を寄せ合い、近い方の手を重ね合っていたようだ。
智美の心に小さな希望が灯る。
「ねぇ、神様……でいいのかな?」
智美は祠に近づき、石仏の前にしゃがみこむ。
「あ……」
そうだ、と倒れた石仏を戻そうtとするがまるで動かず、血が滲んだ指先が刺すように痛むばかりだった。
「いつつ……。あの、片方倒しちゃってごめんなさい。でも、不可抗力ってことで許してください」
智美はごめんなさい、と手を合わせる。
「私ね、少し前に失恋したの。あ、でも振られたんじゃないよ? ……ていうか、そういう対象にすらなれなかった」
泣き笑いの表情でため息をこぼす。
「同じ学校にね、優斗くんっていう男子がいるの。かっこよくて優しくて、みんなに人気があるの。頑張って友だちになって、少しだけ親しくなったんだ。優斗くん、私の誕生日にアクセくれたんだよ。私の宝物で……」
そこまで言い、アクセを付けていたサコッシュが無いことに気づく。
智美は痛む足を無視して立ち上がると周りを見て必死にサコッシュを探そうとするが、ふと足を止めた。
「……あは、あははは……」
気が触れたような笑い方だった。
「そっかぁ……。私、やっぱりまだ優斗くんの事ぜんぜん好きなんだ」
噛みしめるように呟き、涙がとめどなくこぼれる。
「あのね、優斗くんって、本当に優しいんだよ? でも誰にでも優しいから、みんなに好かれてて告白されるのなんかしょっちゅうなのでもみんな断ってて……あたた」
また背中が痛む。だが、先ほどまでと比べて痛みが和らいでいるような気もした。
もしかして神様がヒーリングしてくれてる? と智美は頬を紅潮させて話を続ける。
「でも、言わないままは嫌だって今日告白したの。そしたら……やっぱり駄目だった。あのさ、優斗くん、実は他に好きな人がいるんだって。やっぱりねって思ったけど……。あのね、その人数年前に亡くなっているんだって」
智美が大きくため息をこぼす。
「ありえる? 亡くなった人が恋のライバルってそんなの……」
空を見上げ、智美が拳を握る。
「勝てるかーーーっ!」
森に声が響き、木々の向こうで鳥が羽ばたいた。
「あのさ、私と優斗くんとの出会いは結構ヤバいんだよ。私、放課後に通り魔に襲われたの。本当だよ?」
今でも思い出すと怖い、と身震いさせる。
「で、その時に優斗くんが助けてくれたの。さすがにドラマみたいにはいかなくて、私も優斗くんも身を守るのがやっとだったけど……。優斗くん、私をかばって怪我しちゃったの。すごく申し訳なかった。でも……嬉しかった」
空を見上げてまぶたを閉じる。優斗が立ちはだかり、怖がりつつも決して逃げなかったあの時の情景がさっきの事のように思い出せた。
「こんなにステキで頼れる人はいないって、運命だって思った。だけど私は彼にとってその他大勢なんだ。しかも彼の本命はあの世にいるの。友だちはそんなの諦めてさっさと別の人を探せって言うけどね、私の初恋だったの。それに」
智美が体を震わせる。
「優斗くん以外の男なんて、近づくだけで怖いよ……」
だって刺されそうだったんだよ? と智美は体を震わせた。
「神様。私はどうしたらいいの?」
智美が石仏を両手で掴み、頭をこすりつけるように縋る。
「……いや、どうにもならないよね」
ため息といっしょに呟きが漏れた。
「わかってる。でもそれを認めるのが嫌で、頭の中がぐちゃぐちゃになって、気づいたら山に登ってた。死ぬにしてももうちょっと他に方法がありそうなのにね。あ、優斗くんに迷惑かけたくないってどこかで思ったのかな? それとも……」
智美が顔を上げる。
「もしかしたら、神様が縁を結んでくれるっていう伝承……。それに無意識にすがろうとしたのかな? 御本尊が行方不明で、この山の何処かにあるって言われている二人が手を繋いだ姿の石仏……。あなた達のことだよね?」
智美はすがるように問いかける。
「私……やっぱり優斗くんが今も好き。諦められないよ……」
泥だらけの手で顔を覆って泣きじゃくる智美の視界に一瞬無数の光りが瞬き、驚いて顔を上げると視線の先にある石仏が智美を見つめている。そんな気がしてならなかった。
「慰めてくれている……?」
光の粉がちらちらと視界に瞬く。智美はああ、と石仏に顔を寄せた。頬に湿った苔が張り付くが不快には思えず、さらに顔を擦り寄せる。石の肌がとても温かいと感じた。
「そうだ……」
呟きとともに石仏から体を離し、手のひらを見つめる。
先ほどまでのみじめで切ない感情はなりをひそめ、むしろ温かくて心地よい不思議な感情で心が満たされていた。
「諦めちゃ……だめだ。そして……私みたいに諦めている子もそのままなんて……だめ……。そんなの駄目……!」
智美は立ち上がり、拳を握った。
──今の私は縁結びの神様が応援してくれている。帰らなくちゃ。私の恋はまだ終わってない!
智美の瞳に力がみなぎる。
死にたいと思っていた後ろ向きな気持ちは枯れ葉のように吹き飛んでいた。
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