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えん結びの花 二・発現

 10月27日。金曜日。午後4時。
 楓我は図書室でぼんやりと講義用の資料を眺めていた。
 頭の中の切替スイッチは行方不明のままだ。
 夕方の図書室にひと気は少ない。古い紙の独特な匂いがエアコンでかき回され、その空気は実家から通っていた小学校を彷彿とさせた。
 あの頃は宿坊近辺が最高の遊び場だった。子供の体力というものは我ながら凄まじく、平気で山を一つも二つも越えて駆け回っていた。
 宿坊をに泊まりに来る外国人は多く、部屋には様々な言語が飛び交っていた。
 楓我は同年代の子がいれば言葉も何もわからなくても、とりあえず身振り手振りで親交を図り、知り合って十分もすれば宿坊の庭を走り回って遊んでいたものだ、とあの頃を思い出す。
 池の鯉が飛び跳ねた時の音。ぬるい水の粘り気。玉砂利を踏みしめた感触。森から流れ落ちてくる濃い緑の匂いと霧の冷たさ。全てがたった今のことのように思い出され、それでいて懐かしかった。
 あの頃は本気で人の手助けができると思っていた。
 聞きかじりの説話を都合よく噛み砕き、悩みを持っている子と一緒に悩んでいた。親と喧嘩したとか万引きしてしまったとか、ペットを死なせてしまったとか、中には洒落にならない相談もあったけど、相手を助けるつもりで戒めようなどとは思わず、一緒に考えよう、という気持ちで話をしていた。
 思い出し始めると切りがない、と楓我は頭を振って過去のページを閉じる。
 途端にエアコンの低音が煩わしいほどに鼓膜を叩き、乾いた空気が顔を撫でる。まるで早く帰れと言われているような気がした。
 閲覧用テーブルが棺桶の列のように並ぶ薄暗い通路を静かに歩き、廊下に出る扉に手をかけようとしたその時、楓我は立ち止まる。
 振り向くとテーブルには女性が一人、通路に背を向けて座っていた。
 楓我は女性のすぐ後ろを通り過ぎた。なのに、いることに気づかなかった。それほどに存在を感じさせなかったというのか。
 楓我はうかつな、踵を返して戻る。
 そばまで近づくが、女性は彫像のように静かなままだった。
 まるで机の一部のようになっている彼女に話しかけるのはいけないことのように思えたが、楓我は息を吸って一歩進む。そして。
「杏月さん……?」
 静かに声をかけると杏月は肩をぴくりとさせ、怯えたような顔で頭を上げる。楓我の顔を見ても杏月の瞳はどこか虚空を見ているかのようだった。
「杏月さん」
「えっ? あ、ごめん。楓我くん。久しぶりだね」
 見覚えのある優しい笑顔だ。だがこの人は本当に杏月さんなのか? と楓我は目を疑う。
 ひと月ほど前、最後に大知と一緒に会った時の杏月は血色良く、瞳には希望が満ちていた。体中から溢れる、弾けんばかりの生命力にきらめいていたはずだ。
 基本はおとなしい印象だったが、今はおとなしいというよりも表情が薄く、意識があるのか疑わしいほどに無表情。
 そのうえ、化粧でも隠せない隈が目の下に薄っすらと見えていた。
 今の杏月は触れたら崩れて消えてしまいそうなほどに儚く見え、楓我は杏月に気づかないほうが良かったのではとすら思った。
「……その。なんて言ったらいいか」
 説法じみたことなどしているくせに肝心な時に気の利いた言葉一つ出ない自分が情けなくなる。
 杏月は笑おうと必死に口元を歪めるが、どうしても笑顔にならない。
 楓我は声をかけたことを後悔していた。
 最初に付き合うことになった、と大知から杏月を紹介された時は応援しようと思った。だがその後、大知がどんどん杏月に夢中になってゆくさまを見た楓我は親友である大知をとられた気がして友情より女か、と幼稚な不満をぶつけそうになった時もある。
 しかし、杏月と大知の仲睦まじい様子を見続けた楓我は、愛情は友情とは根本が違うなのだ、と認めざるを得なかった。

『お前、気になる人いないのか?』

 いつかの大知の言葉を思い出す。
 あの時の大知はにじみ出る幸せを皆にも分けたいときっと本気で思っていた。
 だが、肝心の杏月さんを不幸にしてどうするんだ、と悲しみと同じくらいの怒りが腹の底に湧き出し、楓我は拳を握る。
「ありがとう。……色々と話ができなくて……ごめんなさい」
 杏月は弱々しくうなだれて謝罪の言葉を告げた。
「いや、それは」
「楓我くんが大知の一番の親友なのに……ほんとうに、ごめ……」
 杏月の目からとめどなく涙が溢れる。
 今は何も聞かない方がいいのだろう。だが楓我は今別れたらそれきりになってしまいそうな杏月を見て我慢ができず、大知に詫びながら言葉を続ける。
「杏月さん。大知のこと聞いてもいい? 週明けに大知のお父さんから電話があって、いずれ話すって聞いてはいるんだけど」
 裕三からはそれ以来電話もメールもない。声に焦りが滲んでいるのが自分でもわかった。
「……いいよ」
 杏月が蚊の鳴くような声で応えた。
「言われてるの。もし楓我くんに会ったら、その時は私の判断で話していいって。私が知っていることだけになるけど」
「……すまないけど、頼む」
「うん。でも……別の場所でいいかな? ここだとほら、私こんなんだからうっかり人を呼ばれちゃいそう」
 杏月がぎこちなく笑う。
 その健気さが痛々しくも愛おしく感じ、楓我は大知が杏月に惹かれた理由が少しわかった気がした。
「どこに行こうか」
「あ、読んだものを戻さないと」
 杏月が傍らのテーブルの上に積まれた本や過去の新聞に視線を落とす。
「俺がやるから座ってて」
 杏月の読んでいた本は恋の伝承、縁結びの言い伝え、まじないの類い。そして街の地方紙だった。
 読んでいたものを見られた杏月は気まずそうに身を縮め、お願いしますと椅子に座った。

「10月なのに、今年も暑いね」
 校舎の外に出た杏月が手をかざし、泣きそうな顔で空を見上げた。
「そうだね、すぐ夏日になるし、雨も少ないし」
 杏月と二人きりで歩くのは初めてだった。
 楓我は大知より少し背が高く、杏月の頭は肩の下にくる。その小ささが弱々しさをより強調し、楓我は薄いガラスを扱う気持ちだった。
 あまり歩かせてはいけないと考え、楓我は図書室から近い、東屋のある中庭を選んだ。
 古びた木造の東屋にはベンチが一対置かれている。屋根の塗装はすっかり剥がれていて廃墟のような佇まいのせいか利用者はほとんどおらず、二人きりで話すにはうってつけの場所といえた。
 杏月は今にもよろけそうになりながらベンチに座りため息をこぼす。
 その仕草があまりにか弱く見え、今にも東屋の側に生えている百日草の賑々しい花に飲み込まれてしまいそうだと楓我は思った。
 そういえばたったこれだけの距離を歩いただけで杏月の息が少し上がっている。図書室から中庭までは二百メートル無いのに、と楓我は杏月の体力の無さに戸惑う。
 初めて大知から紹介された時から小柄な印象は変わらないが、あの時は大知共々生命力に満ち溢れていた。だが、今の杏月はまるで枯れかけた花のようだった。
「大丈夫?」
「話したいの。楓我くんも大知のこと知りたいでしょう?」
 杏月の体調は心配だが、大知のことは喉から手が出るほど知りたかった。
 楓我が迷っていると。
「10月21日、午前10時前後……」
 杏月は楓我の心中を察したかのように話し始めた。楓我は息を呑み、一字一句を聞き逃すまいと押し黙る。
「それが警察の人が教えてくれた、大知が死んだおおよその時間」
 楓我はごくりと喉を鳴らした。
「発見者は、私」
 楓我はやはりと思った。先週大知は杏月と大事な話をする、と嬉々として話していたのだから。
「杏月さん、無理しないで」
 みるみる青ざめていく顔を見て、つられて楓我まで貧血を起こしそうだった。だが、杏月は首を振って続ける。
「ただ、他の人には話さないでね、警察の人からも事件性を考慮してむやみに口外しないようにって言われてて……。楓我くんだから……ね」
「事件性?」
「それは……」
 言いかけ、杏月が口を抑えた。そのまま背を向け、地面にしゃがみ込む。
「杏月さん!」
「だ、だいじょう……うぅっ!」
 杏月は痙攣するように体を震わせ、呻き声とともに嘔吐した。
 だが、胃には何も入っていないらしく、吐き出したのは胃液だけだった。
 杏月は謝りながらもなお激しく咽せ、目からは涙が溢れる。
「もういい! ごめん!」
 杏月が最初に部屋で死亡している大知を発見した。それがどれほどの衝撃なのか、想像だにできない。しかも事件性があるということは普通ではない状態で死んでいたということなのか?
 ──何があった、一体お前に何があったんだ。
 楓我は杏月の背中をさすりながら考えた。
「杏月さん、もう帰った方がいい。俺のことは気にしないで。杏月さんにまでなにかあったら、俺は大知に呪われる」
「……呪い……」
 ほんの気休めで言ったつもりだったが、杏月は青い顔から一層色を失いつつ呟き、そして大粒の涙をボロボロと落とし始めた。
「あ、杏月さん?」
「私が……私が……大知を……」
 杏月が頭を抱えて体をよじる。
「杏月さん、落ち着いて!」
「ふふ……あははっ」
 突然、杏月が乾いた笑い声をあげて肩を震わせた。人が変わったような声に楓我は思わず身を引く。
「……あのね、大知、床に倒れていたの」
 柳のように体を揺らしながら杏月が呟く。触れると折れそうで、楓我は差し伸べかけていた手を止める。
 杏月の話し方は軽く、表情はわずかに微笑んでいたが能面のようだった。
 楓我は背筋を氷で撫でられたような寒気を感じた。
「うつ伏せだった。右手が血だらけで、よく見るとガラスと一緒に婚姻届を握りしめていた。写真立てが割れていたからすぐわかったの」
「ガラスを握りしめていた?」
「なんだか、指がぶらんってなってたの。きっとすごい力で握ったんだね」
「杏月さん……?」
 うつむいたままの杏月の表情は見えないが笑っている。そんな気がした。
「……何度呼びかけても。ゆすってもゆすっても起きないの。顔の下には血溜まりがあった。それが少しずつ広がっていくの。花が開くようだった」
 杏月が顔を上げる。目は虚ろで、呆けたような声だった。つい先程までの明るい声が嘘のようにか細くなっていた。
「それでね、うつ伏せだったけど、顔のすぐ横に白くて赤くて、ちょっと潰れたピンポン玉みたいなのがあったの。最初なにこれって思った……」
「杏月さん、待て」
 楓我の肌が粟立った。
「でもね、すぐわかった。だって、大知のだもの。わかるよ」
「杏月さん!」
「大知はね」
「やめろ!」
「えぐってたの! 目を!」
 楓我の声を上書きするような大声を上げ、杏月は叫んだ。
「何度も何度も目を刺して、視神経が切れて、目玉が潰れて、落ちていた……!」
 杏月は右手を右目にあて、むしるような動作をする。一瞬、杏月が自分の目玉をえぐったように見え、楓我は腹の奥からすっぱいものがこみ上げるのを感じた。
 杏月は悲鳴をあげて泣き叫ぶ。
 何もできず楓我は立ちすくむしかなかった。壮絶な最期を遂げた大知に一体何が起きたというのだろう。一週間前は、あんなに幸せそうなニヤケ顔をしていたのに。
「もういい! 深呼吸して、落ち着くんだ!」
 楓我が杏月の肩をつかもうとするが、杏月は身を捩らせて手を払う。
「ダメ……。わたしも、どうせ、もう……!」
「おかしなことを言わないでくれ!」
 どこかに行ってしまいそうな杏月を見て思わず楓我が声を荒らげる。だが杏月は突然人が変わったように平然と楓我を見上げた。
「……大丈夫だよ」
 おどけたような口調だった。だが、杏月の瞳からは今も涙が溢れ、地面を濡らしている。
「ごめん。杏月さんの気持ちも考えないで……」
 杏月の精神状態がどういうものなのか、自分には想像もつかない、と楓我は自分の未熟さを恥じた。
「ねぇ、大知に何を聞きたかったの?」
 杏月の突然の問いに楓我の心臓が跳ねる。
「……なんで?」
「大知が言ってたよ。楓我くんが珍しく頼ってきたって。私との馴れ初めとか、普段どんな事を話しているのか聞かせろって言ってたって。大知は、あの朴念仁にも春がきたのかもって嬉しそうに言ってた。ふふ、どうやらそうみたいね」
「なにあけすけに話してんだよ。あいつは……」
 大知が楽しそうに話している様子が目に浮かぶようだった。
「好きな人がいるんだね」
 杏月が急に真顔になって問いかけてきた。
「……いるよ」
 楓我の脳裏にはクッキーを美味しそうに頬張っているマリーの姿があった。
「その人と、結ばれたい?」
 それがどこまでを指すのかはわからないが、楓我は結ばれたい、と頷く。
 それを見て艶っぽい声を漏らした杏月が、うっとりするような表情を浮かべつつ両手で顔を覆う。
 その表情と視線はまるで別人のようになまめかしく、楓我は一瞬心を奪われそうになってしまった。
「杏月さん?」
「誰かを好きになるって……。素敵だよね。私と大知の馴れ初め、話してあげようか?」
「あ、ああ」
 大知に前に聞いた時、馴れ初めは大切な思い出だと言い、明かしてくれなかった。二人の間に立ち入るようで悪い気はしたが、楓我はそこを聞きたかった。何より今は杏月の行動を止めないほうが良さそうだと思ったから。
「私はね。私は……ええと……あ、そうそう、高三の時に大知に告白したの」
 少し考えて杏月は呟いた。
「杏月さんからの告白だったのか」
 大知は人並みに恋愛感情はあっただろうが自らナンパに赴くタイプでもなく、色恋よりもギターに夢中だった。それがある日を境にギターの話題が消え、話をしていてもどこか上の空になることが多くなった。
「そうか……。あいつが変わったって思った頃だ。覚えがあるよ」
「大知が? 何か変わったの?」
「すごく変わったよ。あれだけうるさかったギターの話がなりを潜めたのがその頃だった。最初はようやく受験に本腰入れたんだと思っていたけど……」
「私、もしかして大知の趣味の邪魔した?」
「そんな事無い」
 ──でもそこまで変わるものなのだろうか? 女とデートするならその金を部品代に回すと公言していた奴が。
 相思相愛になった経験のない非モテのひがみだと言えばおしまいだが、それでも大知の変わりように最初は戸惑ったものだった。
「で、別のクラスだったけど、私、ある日……、あのとき……ええと……」
 大切な最初の出会いを忘れるか? と思ったが疲れのせいもあるだろうと黙って待つ。
「うん、そう。私、掃除しててバケツを引っくり返して、廊下を水浸しにしたことがあったの。そのとき大知が助けてくれた。ただそれだけなのに、嬉しくて、頼もしくて、きゅん、ってなった……」
 ようやく言葉が出てきた、と嬉しそうに語る。杏月の瞳が輝いた気がした。
「一目惚れだった?」
「そうかも」
「でも、三年の時なんて進路と受験で忙しい時期によく告白出来たね」
「最初はね……、秘めたままにしておこうかなって、思っていたの……うっ……」
「杏月さん、大丈夫?」
 杏月の額には玉のような汗が滲んでいる。声を出すのが明らかにつらそうになっている。
「でも、黙ってちゃダメだって。思いを届けなきゃって、覚悟を決めたの」
 それでも杏月は続けた。
「……そうか」
 そんなに好きだったのか、と楓我は羨ましさを感じた。
「そして、一緒の大学に入って、そして、あの日……っつ!」
 不意に杏月が顔を手で押さえた。
「杏月さん、もうやめよう」
 楓我が話すのを止めるように促す。だがそれでも杏月は言葉を続けた。
「大学に入ってすぐの頃、綺麗な子にいきなり声をかけられて、あなたは恋をしているって言われた。私、ドキッとした」
「知らない子?」
「そう。その子が、好きなだけで満足しないで。何かの拍子に愛が薄れてしまう事はある。ちょっとしたことで離れてしまうことがある。愛は現状に満足するものじゃなくて、成長させるもの。育てるものって言ったの」
「満足するんじゃなくて成長、育てる……」
 なるほど、と楓我は頷く。
「その瞬間視界がぱぁっと明るくなった。本当に光ったんだ」
 杏月がこけた頬で痛々しく微笑む。
「もしかしたら、最後のひと押しはその子のおかげだったのかもしれない。その子は私を励ましてくれた。好きな人がいるなら、ためらってちゃダメって。私、嬉しかった」
「そうだったのか……」
「希望が満ちて、決心できた。そして私の告白に、大知は応えてくれた……」
「いったいどんな子なんだろう?」
「同い年くらいだと思う。そういえば怪我しているようだったけど、大丈夫かな?」
「怪我?」
「怪我っていうか、右腕にけっこうな傷痕があって、ちょっと痛々しいなって驚いちゃって……」
 そこまで言い、失礼なことを、と杏月が口に手を当てる。
「……ねぇ、楓我くん。あなたも想いを胸にとどめて終わらせるようなまねはしないで。気持ちを伝えて、そして二人で愛を育てて。その子が悩んでいたら一緒に悩んであげて。でも決して束縛せず、おひさまのように暖かく見守って。そうすれば……あなたとその子はいつまでも結ばれるから」
「うん、そうだね。きっと……」
「そんなんじゃダメ。今すぐにでも告白しないと」
「えっ? いや……」
「恋は待ってくれないよ?」
 先ほどまでの弱々しい杏月からは想像ができないほどに言葉が力強い。
 恋愛に関してだからだろうか? と楓我は戸惑いつつ、告白によって大知を射止めた杏月らしいのかもしれない、と思った。
「結ばれたい人がいるんでしょう?」
 杏月が不意に楓我の手を握った。細い指は冷たく、わずかにしっとりとした心地よい感触だった。
「……わかった。頑張ってみるよ。それにしても愛は育てるもの、って素敵な言葉だね」
「あの子、ロマンチストだよね」
 杏月の微笑みには安らぎのようなものが滲んでいた。
「そう、私も勇気をもらって、そして胸の中にふわっと……」
 静かに微笑んでいた杏月の目が見開かれ、押し黙る。
「杏月さん?」
「ああ、何かが……もう、無くなって……」
「え? 何か落としたの?」
「違うの……。でも、もう……。私、きっともう……」
 頬を伝う杏月の涙があまりに痛々しく、おもわず指で涙を拭う。そして失礼なことをした、と楓我は手を引っ込めた。
 だが杏月は顔に触れられたことも気にせずありがとう、と微笑んだ。
「楓我くん、あなたのような人に想われたなら、その人は絶対にあなたを好きになるよ。あなたはこんなに素敵な人なんだもの」
 杏月は苦しそうにしながら、なおも言葉を続ける。
「杏月さん、わかった。ありがとう」
 慰めるつもりが慰められた。それどころか応援までされた。大知に相談しようとしていた事をほとんど解消してもらった気がする、と楓我は頭を下げた。

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