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えん結びの花 六・予測

「ここはひと気が無くていい」
 進歩は楓我を連れ、かつて杏月と話をした中庭に来ていた。
 ──わざとか?
 楓我にとってあまり来たくない場所ではあるが文句も言えない。それに。
「てっきり、サービス課にでも行くのかと思ってた」
「君を突き出しても何も面白くない」
 暴力を振るった罪は償う覚悟だったのだが、と楓我は戸惑う。
 ただ、ここまでまっすぐ来た訳では無い。進歩は途中で保健センターに寄り、止血と湿布の治療を。楓我も拳に湿布とテーピングを施してもらった。
 看護師は二人の怪我の様子を見て訝しみ、サービス課に報告するべきか悩んでいるようだったが、進歩はこの程度のヤンチャにいちいち過剰反応しないように、と釘を刺した。
「俺はお前を殴った」
 テーピングされた拳を見て楓我が呟く。
「殴ったことを謝れというなら謝る。でも」
「でも?」
「お前を殴った理由については絶対に譲らない」
 それを聞き、進歩は笑い出した。
「いいんじゃないかな? 僕も謝って欲しいなんて思ってないさ。思ったより痛くて、少し虫の居所が悪くはあるけどね」
 そう言いつつ、別段不機嫌そうには見えない様子で東屋のベンチに座る。
 楓我はとても腰を下ろす気がせず、立ったままで進歩を睨むように見つめる。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「お前は……どうして、大知の死について聞いた?」
 楓我の問いに進歩はわずかな間を置き。
「どうしてだって? あのさぁ……、普通死ぬかい?」
 進歩にしてはやや興奮気味な口調で自問するように言う。
「そうだろう? 恋人同士が、幸せ絶頂な時に、二人揃って? そんな事……あるものかよ!」
 突然感情的になった進歩に楓我は戸惑う。
「そんなの……! 俺が聞きたい!」
 つられて感情がこみ上げ拳を握る。指の骨が鋭く痛んだ。
「なら言うんだ。君の親友の死がどんなものだったのかをね。全てつまびらかにだ」
「だからなんでそれがお前に関係あるんだよ! 悪趣味にも程がある!」
「知っているんだよ」
「何を!」
「好きあっている者同士が、ほぼ同時期に揃って死ぬ事実をね」
「……何だって?」
「僕はもう二組も見たんだよ」
 進歩が初めて感情的に声を上げた。
「二組……。一組は……大知のこと? 知ってるのか? それにまさか、他にも似たようなのが?」
「君の友人の大知、そして杏月。学生結婚するようなカップルが有名じゃないわけ無いだろう。二人が十日も空けずに死んでいるんだ。おかしいと思わないわけがあるものか」
「……もう一組のほうも聞いていいのか?」
「頭は良くないが、気のいい奴だった。別の大学だったが、交流を続けていた友人とその相手が、9月に二人続けて死んだ。死因は無理心中でも病気でも事故でもなかったらしい。最終的に異常死で片付いた」
「異常死……」
 その言葉には聞き覚えがある。まさに大知と杏月と同じだ。
「友だちが死んだんだな……」
「まぁ、個人的感情は置いておくさ」
 そう言いつつ、進歩の表情は苦々しく歪んでいた。
「そいつは、柄にもなく相手に花を送ろうとするんだが、そうすると渡す前にいつも花がおかしくなるってこぼしていたよ」
「花が……」
 その言葉に楓我が息を呑む。
「で、説法屋、君はどう思う?」
 話を振られ素直に考え出すが、ふと楓我は気づく。
「もしかして、俺に近づいてきたのは、悩み相談をしているから色恋沙汰の話も聞けると思ったから?」
「そんなところだね」
「この前は色恋の感情は全否定だったのに」
「今も否定してる。だけどね」
 進歩は飄々としていた顔つきを引き締め、視線を楓我に向ける。
「その感情が引き金になって、実際に何かが起きることはある。そう考えることは全然絵空事じゃないはずだ。何か情報を引き出せるのなら、なんでも聞くさ。そして何でも利用する」
「引き金……」
 楓我は大きくため息を吐いて力なく笑った。
「人のこと、言えないな」
「なんだって?」
「俺が人の悩みを聞くようになったのも、人の恋愛事情を聞けるかと思ったからだしな」
「人の話を聞いて興奮するタイプ?」
「違う! ただ、参考にしたかった。どうやって好きな人に告白すればいいか、ヒントが欲しかったんだ」
「なるほどね。ま、べつにいいんじゃないかな? 騙すなら最後まで騙しきればいいさ。騙しきれば本人にとっては真実だ」
「言ってくれる……」
「さぁ、ここまで前金を払ってやったんだ。言ってもらうよ。君の親友は一体どういう死に方をした?」
「……その前にもう一つだけ」
「何かな?」
「お前はどうしてそんなに熱心に調べているんだ? 友だちが死んだから。それだけじゃないんだろう?」
 進歩は顔を歪め、一呼吸置いてから口を開いた。
「見てみな」
 進歩はスマホの動画サイトを開く。そこには様々な都市伝説の事例を集めたチャンネルがあった。
「ほら、ここ。花がそこだけ枯れている。農薬も病気もないのに」
 楓我は内心ぎょっとする。この光景、どこかで見たことがあると思った。
「この現象はある都市伝説に紐づいている。そして……」
 進歩は近くに生えているコスモスに手をかざす。グラスを持つようにして花の下から指を差し込み花を揺らすと、ピンク色の花弁がみるみるしぼんで散り始めた。
 楓我が目を見開く。
「ははっ! すごい顔だな」
 進歩は顔をニヤつかせる。
「いや……。でも、それが何なんだよ?」
 楓我が思わずベンチに腰を下ろして深呼吸し、周囲の花を見る。
 ふと風が吹いて楓我に触れそうになる。それが恐ろしく、楓我はとっさに花から体を離した。
「ああ、その様子……。わかるよ。やっぱり君もか」
 進歩はひどく楽しげに口角を上げた。
「お前……何なんだ? これのこと知っているのか?」
 周囲の花がまるで爆弾か何かに見え、身を縮めながら進歩に問いかける。
「君の友人の死に大きく関わっているだろうと言っておく。ほら、触ってみろよ」
 楓我は恐る恐る近くの植物の葉に手を近づける。するとものの数十秒で青々としていた葉は色褪せ始めた。
 和心の机の上の植物。この前中庭で握った植物。なにかの偶然か植物の方がおかしいのだと思っていた。思いたかった。
 自分に何かが起きていると確信し、楓我は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「大知も、そうだったっていうのか? じゃあ……」
 言いかけ、大知の部屋の観葉植物の事を思い出す。大知は言っていた。何度やってもダメになると言っていた。花屋に聞いてもダメだった、と。
「心当たり、あるんだね? 彼についても」
 楓我は体が震えるのがわかった。
「もう一つ教えておこう。僕が知っている二人はね、この触れた植物が弱る現象が少しずつ強くなったと言っていた」
「強くなる?」
「最初は気が付かなかったが、だんだん触った植物が明らかに色褪せて弱り、みるみる枯れはじめたと。最後には、近づいただけで枯れたと言っていた」
「触りもせずに?」
「そして……その後少しして、あいつは死んだよ」
 進歩の言葉は淡々としていたが、言葉の裏には悲しみが滲んでいた。
「さて、彼と同じ事が起きている僕と君はこれからどうなるんだろうな?」
「……何なんだよ、それ」
「さぁ話すんだ。僕の腹は割った。説法屋、君の番だ。彼のことを教えるんだ!」
 ──まさかの一蓮托生か。
 楓我は深呼吸して頭の中に残っていたわだかまりをとりあえず押し流し、腹をくくる。
「これは大知の両親から聞いた、死亡診断書の内容だけど……」
「ほぉ、正式な資料か。それは信憑性がある」
 進歩が食いついてきた。
「いいか、絶対に他言するな。お前に言うだけでも大知の両親を裏切った気分なんだ」
 進歩はくくっと楽しげに笑いながら顎で促す。それでも楓我は言うしかなかった。
 楓我は大知の両親に心で謝りつつ大知の事、そして杏月と話した事をできるだけ詳しく、しかし個人的な事は可能な限りぼかしながら語った。
「なかなかグロテスクだな。目玉をえぐるようなマネは普通できない。それこそクスリをやっててもね」
 友人の死を断腸の思いで明かしたというのにあっけらかんとする進歩に心がざわつくが、一度手を出した後ろめたさと、不本意ながら進歩の性格がわかってきたことで怒りの感情をだいぶ調整できるようになっていた。
 楓我は先ほど進歩に殴りかかった自分がまるで別人のように思え、あくまで暴力を振るった事実限定で、改めて進歩に心で詫びた。
「植物が駄目になるって、これは一体何なんだ? あんた、教えてくれ」
「曖昧な呼びかけは語弊と齟齬を生むから嫌いだ。名前で呼んでくれ」
 お前こそ人のことを説法屋と呼ぶのはどうか、と思うが、多分言うだけ無駄だろうと飲み込む。
「じゃあ進歩、この、植物が弱る現象と大知の死に関係はあるのか? 二人一緒に、同時期に悪化なんてあるか?」
「病気の可能性は最初に考えた。だが……っ!」
「どうした?」」
「いや。ちょっと炭酸でも買ってきてくれないか? 君のオゴリでね。鼻血が出て水わか足りないらしい」
 進歩がわざとらしく痛そうに頭を押さえ、突然タカってきた。今はパシリも仕方なしか、と楓我は自販機に向かう。
 校内の購買近くの自販機は変わったラインナップが多く、実験的に販売された商品が優先的に補充され、一部学生からは魔の自販機、勇者の自販機などと囁かれている。
 ──別に要望はなかったな。
 楓我は自分が気に入っている炭酸飲料を二本購入して戻る。
 周囲を見渡せば仲睦まじげな男女や、それっぽい同性同士が居なくもない。中には楓我が相談に乗った人もいる。
 恋人同士が、続けざまに死ぬ。もし恋人同士になると起きる現象だったとしたら……俺も原因?
 楓我は背筋が寒くなり、かぶりを振って中庭へ戻る。
 進歩はまだ頭を抱えていたが、楓我に気づくと顔を上げて遅いよ、と文句を言う。
「新商品か? 炭酸……コーヒー?!」
 進歩は名称を見て眉間にしわを寄せる。
「嫌がらせか……って、君も飲むのか? 好きなのか、これ?」
 慇懃無礼な態度の進歩が珍しく戸惑いの表情を見せる。
「飲んだこと無いのか?」
「無いだろ普通」
「なら見聞を広めてみろ。進歩はそういうの好きそうだしな」
「僕は常識人だが……?」
 言いながら渋々と一口飲み、言葉が止まる。
 もう一口飲み、そして缶をしげしげと眺め、また一口飲んだ。
「まぁ、思い込みは……駄目だな」
 楓我は初めて進歩と意見が一致した、と満足する。
「いや、それより話は終わってないんだったね」
 進歩は缶を置いて腕を組む。
「恋人同士で、何故か触れた植物が弱る。そして二人がある時期に同時期に死ぬ。死因は不明。……絶対にこの現象は死に関連があるはずなんだ。」
 進歩が空を見上げて唸る。
「恋人同士でなくてもあるのかもしれないが、それだともう条件が広すぎるし……。いや」
「ん?」
 何だ? と視線を向ける進歩に楓我が問う。
「進歩は誰か好きな人がいるのか? 植物が弱る現象があるってことはそうなんだろう?」
「ハッ」
 進歩は演技かと思うほどに鼻で笑う。
「すごいな、僕を笑わせてくれたよ。芸人の才能があるかもね」
「雫さんって人は?」
「アレは恋人なんかじゃない」
「ならどういう?」
「プライバシーだ」
「隠し事はなしだろ?」
 進歩は顔を歪め、小さく舌打ちして不満げに鼻息を荒くした。
「……彼女は、少しばかり僕に依存しているだけなんだよ」
「依存?」
「そう。雫は少し自意識が低いんだ。高校の時にちょっとあってね。それ以来、僕に依存気味なのさ。それを恋愛と呼ぶかい?」
「ちょっとってだけで大学まで一緒に来るのか?」
「そんなことは彼女に聞いてくれ! いや、聞くな。彼女の心に障る」
 雫のこととなると案外感情に揺れが起きるな、と楓我は感じた。これで脈が無いことはないだろう、と内心確信する。
 であれば、やはり恋仲である者同士に発現する症状なのか? と考えるが。
「いや、でも……。うん……違うな」
「ひとりで納得しないでくれ」
「……保留された」
「保留?」
「結構頑張って、言葉を選んで告白したんだけど……」
「いいお友だちでいましょうって? そうか、キープくんか。相手は……あのアメリカ人だろうな。ご愁傷さま」
 進歩は演技っぽく肩をすくめ、ムカつくほどに爽やかな笑顔を浮かべた。
「それはお悔やみの言葉だ。冗談でもよせ。それに、あくまで保留……だし」
 言っていて自分が情けなくなり、声がどんどん小さくなる。
「はははっ。彼女は気が強そうだもんな。絶対尻に敷かれるよ。あくまで今後進展があればだけどね。いや、一世一代の告白をあっさり流すんだからそれは無いか」
「勝手に完結させるな!」
 失礼な、と声を上げるが馬耳東風、と進歩は聞き流す。
「とりあえず恋人同士の線は無しだな。僕は違うし、負け犬くんもいる」
「……」
 よほど反論したいと思ったが話が進まない、と楓我は不満を飲み込む。嫌なものを飲み込みすぎて胃薬が欲しくなりそうだった。
「考えたくないが、オカルトの観点からも見ないといけないかもしれない」
 進歩が炭酸コーヒーを飲みながら呟く。
「それ、一番進歩と相性の悪い言葉じゃないのか?」
「嫌いさ。だけどね、オカルトという言葉の傘に隠した醜い真実を暴くのは大好きだ。都市伝説やらの裏にはそういうのが跋扈している。よくあることさ」
 進歩が悪い顔でニヤついた。
「奇跡やら伝承やらなんてのはね、しょせんは誘導装置なんだよ」
「誘導装置?」
「だろう? 誰かの利に導く、もしくは不都合から目を逸らせるため、手に取れない、目に見えない恐怖という原始的かつ効果的な心理を利用しているだけなのさ。そういう、コソコソと本性を隠したものの正体を暴く調査は大好物だ」
「否定はしないけど……」。
 楓我は炭酸コーヒーとともに進歩の考えも喉に流し込み、受け入れることにした。
「しかし恋人に限らないとなるとこの現象は一体なんなんだろうね? やっぱりモテない奴が呪っているのか? もしかして女の友だちがいるってだけで、そいつ的にはアウトとか?」
 それだと絞りようがない、と進歩がため息をこぼす。
「それは流石に……。でも……」
「でも、何だい?」
「呪い云々は置いておいて、そういう強い負の感情が何かを引き起こすというなら……」
「さっき言った『引き金』だね」
「でもそれでどうやって命を奪う? 大知は少なくとも死因になるような薬物症状も、外傷も無かった。大動脈瘤破裂とか、短時間で致死に至るような腫瘍や出血のたぐいもだ」
 楓我が言うと、進歩が腕組みして口を曲げる。
「検死でそういう見落としは無いだろうね。死に至る病気の症状は真っ先に調べるさ」
 二人の間に静寂が流れる。
「……っ!」
 ふと、進歩が顔をしかめた。
「どうした?」
「いや」
「体面を気にするガラでもないだろ」
「君もけっこう言うな」
 むくれつつ、しかしどこか楽しそうな表情も重ねて進歩は肩を揺らした。
「頭痛だよ。時々あるんだ。薬も効かないから放ってるけどね」
「それ、いいのか? それこそ実は腫瘍とか動脈瘤うんぬんとか言わないだろうな?」
「僕のことはどうでもいい」
「良くないだろ。雫さんはどうする」
「どうも」
「そんなの……! そうだ、その雫さんはどうなんだ?」
「何がだい?」
「だから、植物が弱る現象はあるのか?」
 進歩と雫がまったく情のない関係とは思えない、と楓我は問う。
 楓我の目を見ていた進歩がわずかに目をそらしたのを見て楓我はおい、と詰め寄った。
「……ある」
 今までで一番覇気のない声が返ってきた。
「いつ頃から?」
「多分、今年の6月頃」
「二人一緒に?」
「そのようだ」
「その頃、何があった?」
 楓我の問に進歩は見たことのない顔で視線をそむけた。

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