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雨下

【“Travel anywhere to taste AWAY DAYS” より抜粋】

 昼前、御崎公園内のスタジアムで入場待機列の順番確保を終え、昼食にと三宮で評判の牛丼店に向かうと、すでに長蛇の列だった。あまりの長さに愕然とし、諦めてすぐさま近くの洋食店に向かったが、その洋食店にも長い列が形成されていた。しかし牛丼店に踵を返したところで状況がより悪化するのは目に見えていたので、もうそこで待つことにした。並んでいる間に降り始めた雨は少々厄介だったが、40分ほどの辛抱で、柔らかなヘレビーフカツを堪能することができた。


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 午後、しとしとと雨が降り続いていることもあり、スタジアムへは直に向かわずいったん宿へ立ち寄り、開門前まで部屋で時間を潰すことにした。宿への道すがら、三宮駅沿いの細いアーケードにあるパン屋で、あんこがたっぷりと生地に練り込まれたフレンチトーストを購入した。チェックインを済ませ、ベッドに体を放り投げて、そのずっしりとしたトーストを頬張りながらテレビをつけると、5人組のベテランアイドルグループによる記者会見の様子が映った。出席した4人が深々と頭を下げている。雨はいっこうに止む気配はなかった。 

 夜、エンパテ※という結果に微妙な気分で三宮へ戻り、こんどこそはと再び目当ての牛丼店へ向かったが、どうやら早々に品切れしたらしく、すでに暖簾は仕舞われていた。ここの牛丼を前々からずっと楽しみにしていた連れの、土砂降りの中灯りの消えた店先でしょぼんと肩を落とす様子は、見ていて少々いたたまれないものがあった。とはいえさてこの空腹をどうしようか、と思案しているうちに、ふと近くにある中華料理店を思い出した。これまで何度か訪れたことのある、地元で長く愛されてきた町中華の老舗だ。連れも自分も中華という気分ではなかったが、これ以上夜雨に濡れ歩くのはしんどかったし、何よりそこの名物であるもっちりとした水餃子は実に寛げる味だ。


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 定番の品々を諸々注文し、ビールを呷った。僕らの後の席では老齢の男女が「店のこと」で何やら揉めていて、厳しい口調で説教する男に対し女は半泣きでしどろもどろに言い逃げしている。フロア係のおじさんはその様子を気にも留めず、テレビをのほほんと眺めながらオーダーを待っている。あちらの席では赤ら顔のサラリーマン御一行が全員同じラーメンを幸せそうに啜っている。そして僕らは今日の試合について互いの素人意見をぶつけ合っている…

 そのうち腹も心も満たされてきた。やっぱりここの水餃子はしみじみうまい。これでいいのだ。神戸牛の牛丼と勝ち点3は、また今度の楽しみにとっておこう。

 店を出ると雨はほぼ止んでいた。そぼ濡れた夜の三宮が、しとやかに輝いていた。

(2018年5月)


※エンパテ:empate  スペイン語で引き分けのこと


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