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matchday note(http://www.matchday-note.com)というサイトも営んでます。FC東京SOCIO。

最近の記事

“JUGADORS, SEGUIDORS, TOTS UNITS FEM FORCA”

“選手、ファン、すべてがひとつになって力となる” from " Cant del Barça / L'Himne " 【以下、「CHANT」より抜粋】  「チャント」とは。  それは、スタンドにいるサポーターの自己満足やストレス発散のためにあるものではない。チームの闘争心に火を着け、選手のバイタルなプレーを引き出すための、触媒のひとつだ。とはいえ、いくらフィールドに向かって真摯に声を嗄らしたところで、勝てない時は勝てない。サポーターによる熱いチャントと、チーム本来の実力は

    • ラーメンたべたら

       北海道を訪れたのは実に二十六年ぶりだった。  その日の札幌は、四月にもかかわらずまだ微かに雪がちらついていて、すすきのから中島公園方面に向かって歩を進めれば進めるほど、人影はまばらになっていった。途中「キリンビール園」という建物を目にしたときには、先入観から「キリンビール園?」と思わず二度見してしまったが、周囲からやや浮いたその佇まいは、ビジターである僕と連れの姿に、そのまま重なって見えた。  目当ての店に到着し中に入ると、ストーブがじんじんと焚かれていて、そのむんとし

      • Away From Home - Shimizu 2020

        「まだ、諦めてません」  2019年11月末日、ホーム最終戦後のセレモニーで、青赤のキャプテンは絞り出すようにそう発した。悲壮感に満ちたその感動的な決意表明は、翌週の敵地横浜で「4点差以上の勝利」が必要というほぼ絶望的な状況に沈んでいたスタンドの空気を一変させ、僕らの闘志を激しく昂らせた。  そして迎えた最終決戦。そのキャプテンが、あっさりと最初の失点に関与してしまうとは。げに非情なシナリオである。  しかし以前の僕らには経験すらさせてもらえなかった、リーグ初登頂を目前に

        • “Parc des Princes”

          Nicolas de Staël / Parc des Princes ニコラ・ド・スタール「パルク・デ・プランス」1952年  ニコラ・ド・スタールはロシアの貴族の家に生まれ、ロシア革命後は亡命先のドイツ・ブリュッセルで絵画を学んだ。のちにフランスへ移り、外人部隊に入隊する等の辛苦を重ねながら、1950年頃になってようやく抽象画家としての地位と名声を得るが、そのわずか数年後に自ら命を絶った。享年41歳。  この作品は、1952年3月、パルク・デ・プランスでのフランス対ス

        “JUGADORS, SEGUIDORS, TOTS UNITS FEM FORCA”

          雨下

          【“Travel anywhere to taste AWAY DAYS” より抜粋】  昼前、御崎公園内のスタジアムで入場待機列の順番確保を終え、昼食にと三宮で評判の牛丼店に向かうと、すでに長蛇の列だった。あまりの長さに愕然とし、諦めてすぐさま近くの洋食店に向かったが、その洋食店にも長い列が形成されていた。しかし牛丼店に踵を返したところで状況がより悪化するのは目に見えていたので、もうそこで待つことにした。並んでいる間に降り始めた雨は少々厄介だったが、40分ほどの辛抱で、柔

          Matchday Note - 2021 Kanagawa

           この“Matchday Note”は、“Away from home”(いわば「日常から遠くへ」)をテーマに、2018年頃から認め始めた備忘録的アウェイ遠征記である。これまで札幌や仙台、広島、長崎などの「旅の空」を散発的に書き記してきた。しかし新型コロナの感染急拡大以降、個人的に訪れたアウェイは、今のところ神奈川にあるいくつかのスタジアムだけにとどまっている。小田急沿線に暮らす僕にとっては、飛行機も新幹線も寝泊まりも必要ない、乗り換え1回片道数百円で行ける近場ばかりだ。緊急

          Matchday Note - 2021 Kanagawa

          “Father and son”

           表紙をめくるといきなり目に飛び込んでくる一枚の写真。墓前で瓶ビールをラッパ飲みする一人の男。右手に紫煙を燻らせ、足元にはサッカーボール。フルチンである。  そんな写真(掲載は控えます)で幕を開けるユルゲン・テラーの“Nackig auf dem Fubballplatz”は、2002年日韓ワールドカップ決勝、ドイツ−ブラジル戦を独りテレビ観戦するテラー本人の様子をビデオ撮影し、その経過を刻々と静止画にして時系列的に並べた、モノクロのセルフポートレート集である。ちなみに次々

          “Father and son”

          CHANT! CHANT! CHANT!

           チャント(英語: chant)とは、一定のリズムと節を持った、祈りを捧げる様式を意味する古フランス語に由来する言葉である。(中略)スポーツ全般における応援歌のこともチャントと呼ばれている。-Wikipedia  このTシャツは、ジョン・ライドンのプロジェクトPublic Image Ltd.(PiL)へのオマージュをテーマにした、Undercover2009年コレクションのうちの一点である。前面に大きくプリントされた「CHANT! CHANT! CHANT!」の文字は、P

          CHANT! CHANT! CHANT!

          再会/三月の雨

          【 Doubling down on failure - The harsh games in Osaka より】 再会 − 2012年11月  2012年の初め、エンペラーカップを置き土産に、東京から大阪へと引っ越した男がいた。不器用で口下手な「背中で語る」タイプの典型的な東北人だったが、慣れないキャプテンマークを巻き、闘志みなぎる熱いプレーでチームを牽引したその「背番号6」の存在は、失意の2010年を経て我慢の2011年を過ごす「青赤」の人々にとって、次シーズンへの道

          再会/三月の雨

          陽射

          【“Travel anywhere to taste AWAY DAYS” より抜粋】  アウェイ遠征となると遠足熱よろしくたまに体調を崩すことがある。とりわけ甲信越方面への遠征時に当たる確率がなぜか高い。39度以上の発熱に苛まれたいつぞやの新潟や、インフルエンザ回復直後で心身ともにずっと浮遊霊感覚だったいつぞやの甲府、等々。  2019年の松本遠征では前日夜に激しい咳と発熱の症状を呈した。その数年前、奇しくも同じ松本への出発前日にストレス起因で体調を崩し、朦朧としながら

          2016

          【 Doubling down on failure/The harsh games in Osaka 2012-2019 より】 2016年 建設費用の140億円をほぼ寄付金で賄うという前例のない取り組みで計画が進められた吹田の新スタジアムが、この年の春ついに全面お披露目となった。ちょうどその頃、東京五輪への大計たる新国立競技場建設計画は、総費用1600億円の壮大なスケールでお送りする「白紙撤回 -そして再コンペ」という一大巨編で、全米が泣き止むグズグズっぷり

          Away from home - Oita 2019

           さながら某在阪球団のようなデスロード。  夏場から続く地獄のアウェイ8連戦は、6試合を終えたところで2勝2分2敗、勝率は3割ちょいである。ホームスタジアムの都合上やむを得ないとはいえ、3ヶ月にも及ぶドサ回りというかつてない試練の真っ只中であることを鑑みれば、この戦績は決して悪いものではない。“いつもの東京”であれば。   だが、今シーズンも残すところあと5試合というこの時点で、そんなヘロヘロな状況の我がクラブよりも順位が上なのは、なんと驚くべきことに、「たった一つ」だけだ。

          Away from home - Oita 2019

          呪縛を解いたその先に

           2005年4月、味の素スタジアムで行われたFC東京-浦和レッズ戦。このゲームが僕にとって初めてのサッカー現地観戦でした。当時、ハンパなヨーロッパサッカーファン(しかも海外に行ったことすらないニワカ)だった自分は、それまで職場の友人と何度か観戦経験のあったカミさんに度々誘われても、おれは行かねえと都度断っておりました。それが、仕事の関係先からたまたまタダ券をいただいたのをきっかけに、味スタへ赴くことになったのです。  だいたいこういう書き方をすると、のちに「滾るように熱い雰

          呪縛を解いたその先に

          Away from home - Sapporo 2018

           隣では「あ〜、サッカー観に行きたい」と妻がぼやいている。今にしてみれば、今シーズンのアウェイ遠征は2月23日の清水戦が最初で最後だったかもしれない…そんな思いで緩急のない日々を淡々と過ごしつつ、それでもJリーグ再開をじっと待つ、今日この頃です。  そうして度々思い出されるのは、FC東京いちサポーターとして、これまで彼方此方訪れたアウェイの記憶。  今から約2年前、札幌への遠征記としてこしらえた一編を、振り返ることにします。 *** 2018年8月某日  8月中旬の

          Away from home - Sapporo 2018

          Away from home - Nagasaki 2018

           世界が未曾有の困難に直面する現在、Jリーグも中断して約1か月半が経過しました。事実上再開の目処が立っておらず、もし再開できたとしてもしばらくの間(場合によっては年単位で)、これまでのような観戦スタイルでは試合に臨めないということを、サポーターとして十分覚悟しておかねばならないでしょう。なんなら試合は画面を通じてしか観られなくなるかもしれません。とにかくこの嵐が去るまでは、日々暮らしを守るべくじっと耐え忍ぶのみですが、置かれている状況によっては、耐え忍ぶことすら難しい人もいる

          Away from home - Nagasaki 2018

          鉄の掟

           昨晩、実家の兄から珍しく連絡があった。そんな時は大体酔っぱらった状態なのだが、昨日も例外ではなかった。電話口の向こうでは愛猫たちがドタバタ走り回っているようだ。 「東京は大丈夫なのか?」  そういや先週は、両親から野菜やレトルト食品、パスタなどがたんまり送られてきた。やはり向こうからは、今の東京はよほど異常な状況に見えるのだろう。とはいえ、緊急事態の指定対象外である自分の地元も、じわじわと感染者が増えてきているようだ。  兄の話を聞いているうちに、田舎特有の狭いコミュニ

          鉄の掟