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Away from home - Oita 2019

 さながら某在阪球団のようなデスロード。
 夏場から続く地獄のアウェイ8連戦は、6試合を終えたところで2勝2分2敗、勝率は3割ちょいである。ホームスタジアムの都合上やむを得ないとはいえ、3ヶ月にも及ぶドサ回りというかつてない試練の真っ只中であることを鑑みれば、この戦績は決して悪いものではない。“いつもの東京”であれば。 
 だが、今シーズンも残すところあと5試合というこの時点で、そんなヘロヘロな状況の我がクラブよりも順位が上なのは、なんと驚くべきことに、「たった一つ」だけだ。ここぞという時に相手チームへ勝点をプレゼントしてきたあのお人好しクラブが、マジで今この時期に、リーグタイトルを狙える位置にいるのだ。それゆえ初戴冠という悲願成就のためには、アウェイだろうがなんだろうが、何としても勝ち点「3」に拘らねばならない。言い訳の余地はないのだ。
 その過酷なドサ回りもあと2試合。ここ大分と次の静岡で勝利を重ね、しかも運良くライバルがコケて、もし首位として我がチームが “得意の” ホームに帰還できれば…あとは自ずと、銀色のシャーレが飛田給にやって来るというシナリオが完成するだろう。


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2019年11月某日
 
 16時25分着。僕にとって初めての大分訪問となる。
 今回の旅程は試合前日入りの二泊三日で組んでいた。いつもなら当日バタバタしながら始発で目的地に向かう僕らからすると、珍しくのんびりとした現地入りだ。連れも鼻歌まじりで余裕綽々の様子である。
 高速バスで大分市内へ向かっていると、しばらくして左側に別府湾がちらちらと見えてきた。暮れ色のフィルターに覆われたその静穏な景色は、日毎々々の緊張感とそれに伴う胃痛から、しばしの間僕を開放してくれた。

 途中、車内に硫黄のような香りが漂ってきた。眼下を見ると町のあちこちから湯煙がもうもうと湧いている。バスはちょうど別府温泉のあたりを通過中だった。 「そうか、ここは日本一の“おんせん県”だったっけな」とその時は腑に落ちたが、実は乗客の誰かがつい油断してしまっただけかもしれない。
 バスは黄昏の中を黙々と走り続ける。車窓のスライドがもたらすゆるい心地に、僕も思わず弛緩しそうになった。

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 大分駅へ到着した頃にはすっかり日も落ちて、ネオンの灯った金曜の街は賑々しく僕らを出迎えてくれた。すでにこの地での試合日程は終了していたが、通りのそこかしこに設置された“ラグビーワールドカップ 2019 大分”の看板やフラッグが、大分の街をさらにハイにしていた。さっそくチェックインを済ませ、夕食に出かけた。 
 ところで僕は東北の生まれ育ちということもあって、大分のあれこれについてあまり予備知識がない。なので、「豊後水道で獲れた関アジもしくは関サバの刺身を生姜醤油に漬けそれを飯の上にふんだんに盛る」という“琉球丼”なる大分名物の存在は、ちっとも知らなかった。
 その名物の元祖と言われる店は、市の中心を貫くアーケードの端にあった。暖簾をくぐると、ゆったりとした店内に常連らしき男性客が一人、寡黙に酒を酌んでいた。この手のアウェイ感が苦手な連れは咄嗟にフーッと毛を逆立てたけれど、お茶を運んできた女将の猫撫で声にその警戒心を解いた。ともあれ琉球丼ととり天を注文することにした。
 “りゅうきゅう”はその名の通り沖縄から伝わったものらしいが、目の前に供された琉球丼には南国のトロピカル感なぞ1ミリも見当たらなかった。艶々とした関アジの刺身が酢飯の上に行儀よく敷き詰められ、口へ運ぶとその新鮮な旨味が口内に広がってきた。とり天は思いのほか歯触りが品よく軽やかで、ほんのりと香るにんにくの風味が秘かにエネルギッシュだ。キャラ的には対照的な二品だが、どちらもただただ美味かった。そうして大分の妙味を堪能しているうちに、いつしか店内は満席となっていた。
 舌に残る余韻を惜しみつつ店を後にした。辺りはまだ爛々としていたが、僕らの明朝は早い。

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 当日の朝の空はひんやりと青く澄んでいた。大分城趾公園の向かいにある停留所で始発のバスを待った。その間、城壁の前をぽつぽつと行き交う人々の、それぞれの日常の始まりまたは終わりの淡々とした時々を、寝ぼけ眼でぼんやりと眺めた。
 僕らを乗せたバスは、途中の大分駅前で多くの人を掻き入れ、その後大分川を渡って高台へ向かった。高台にある住宅街の隙間をぐんぐんと登っていく間、車窓からは大分市街の全景と、その先の別府湾までがずっと見渡された。郊外の大規模ショッピングモールや広大な分譲住宅地をぐるりと辿って、バスがようやくスタジアム前の通りに差し掛かると、鬱蒼とした森の中から白色のドームがぬうっと姿を現した。さながら巨大遺跡のような佇まいだ。

 ビジター待機列でシートを貼った後、先のショッピングモールに移動して時間を潰すことにした。遠征先のスタジアム近くにこういった施設があると非常に助かる。何せ、外ではやれ暑いだ寒いだ日焼けだ雨だとブーイングな連れが、屋根とベンチと空調が完備されていればそれだけでほぼご満悦なのだから、チョロいもんである。さすれば黙々とスマホゲームやらに没入してくれる。その間こちらはベンチに繋がれた柴犬のようにただ呆けていればいい。たまにコーヒーが飲めればそれでOKだ。

 開門を迎えゲートをくぐると、ピッチ上空を横切る数本の巨大なアーチが目の前に現れた。まるでバカでかい恐竜の厳つい骨格だ。それを眺めながらふと、この種のスタジアムの構造は建築的というよりむしろ橋梁のような土木的な建造物に近いという話を思い出した。ただどこで聞いたかも怪しい記憶なので、次の瞬間にはもう別のこと(スタグル)を考えていた。ちなみにスタグルは連れの主張を採って「中津唐揚げ」「日田焼きそば」「鶏めしおにぎり」をチョイスした。
 ともあれその巨大な脊椎と肋骨の合間から覗く青空は、朝のそれよりもいっそう熱を帯びてきていた。

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 主審がホイッスルを鳴らしてからほんの数分後、8番を背負うチーム一の色男が、相手陣内へぽーんと縦のボールを入れた。その一見何気ない軌道を見ながら、相手キーパーはすすっと前へ出てきた。実はその瞬間に勝負が決まった。我らが11番がすでにスタートを切っていたからだ。ボールが出ると見るや瞬時に加速した青赤の稲妻は、相手より先にボールに追いついた。弾んだボールをこつん、と頭でコントロールすると、慌てるキーパーをビュン!と一瞬で置き去りにし、そのまま無人のゴールへさらりと流し込んだ。主役の三枚目と二枚目バイプレーヤーによる、してやったりの快演である。ちなみに僕はこの三枚目の、フーテンの寅のような味のある破顔がたまらなく好きだ。
 その直後、今度はセットプレーからアカデミー育ちの好漢ルーキーが豪快にヘッダーを叩き込み、夏場にスタメンをゲットした勢いそのままに追加点もゲットした。余談だが、のちに彼は日本代表の座もゲットすることになる。
 開始10分も経たぬうちに2点リードという望外の展開。しかし相手はどん底から這い上がってきた気骨のあるクラブだ。昇格組とはいえ絶対にナメてはいけない。ましてや、僕らは「奇跡の逆転」とやらをこれまでにも「たびたび」喰らってきた。ちょうどひと月前の鳥栖での “あの出来事” 、等々…。
 という僕らの心配をよそに、チームは落ち着いた試合運びで残りの80分間をコントロールし、無事このゲームの緞帳を下ろした。これまでの教訓を経て、今季間違いなく進化した青赤。ビジター側の観衆からはしばらくの間、万雷の喝采が鳴り響いた。エンディングテーマは“You'll never walk alone”だ。



 試合後にスタジアムを出発したバスは、18時過ぎには大分駅に到着した。ここは渋滞がひどいという噂を前に聞いていたが、この時はそうでもなかった気がする。快勝の余韻に浸っていたからかもしれない。
 駅前にあるラグビーWCのパブリックビューイング会場は、イングランドvs南アフリカによる最後の戦いを観戦する多くの人でごった返していた。皆ビールを片手にスクリーンを見守りながら、繰り出されるプレーのひとつひとつに思い思いのリアクションを示していた。中には青赤のユニフォームを着たままの人も見受けられた。
 盛り上がるファイナルを尻目に、その足で事前に目星をつけていた店に向かうと、すでに入れる状況ではなかった。中からは歓声が聞こえてきた。席数多いから大丈夫だろとナメて予約しなかったのが致命的だった。スマホ片手に他のめぼしい店も当たってみたが、どこもかしこも満席だった。もとより見知らぬ土地で勘を頼りに暖簾をくぐる胆力もセンスもない。孤独の何やらなんてあれは丹念なリサーチを元にしたフィクションだ。
 腹を空かした連れの口元からはちらちらと牙が見え始めた。僕の気持ちもとうに折れていた。なのでとりあえず近くのラーメン屋に入り、ささやかな祝勝会を開いた。幸いその博多風ラーメンはとても美味かった。
 まあここまでが上手く行き過ぎだったのだ。


 翌朝、空港行きのバス乗り場へ向かうと、すでに長い行列ができていた。その多くが昨日スタジアムで見かけた面々だった。祭りの後のように皆どこか疲れた表情をしていた。
 バスが動き出してからも車内はひっそりとしたままだった。ただ僕の前の席で、車窓にもたれぐったりとしている男性の側頭部が、タイヤから窓へと伝わる細かい振動にリンクしてヴヴヴヴヴヴ…と、異様なトレモロを鳴らし続けていた。僕も目を閉じてはみたが、その不穏なビープ音が一向に止まないせいで、微睡むどころかだんだん不安な気分になってきた。
 気を紛らわせようと窓の外に目を遣ると、灰色にどんよりとした空の下、別府湾が無表情に横たわっていた。また胃の辺りがチクリと疼き始めた。

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 その後、東京は静岡でも3ポイントをもぎ取り、本当に「首位」としてホームに帰ってきた。僕自身はワケあって静岡には行けなかったが、それはさておき、あとはホームの2試合と、ここのところ相性のいい横浜を残すのみだ。
 僕はもう確信した。


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 この謎の確信がいけなかったのかもしれない。
 結末はご存知のとおりである。 

 またひとつ教訓を服膺して、いざ2020年へ。

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