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Away From Home - Shimizu 2020

「まだ、諦めてません」

 2019年11月末日、ホーム最終戦後のセレモニーで、青赤のキャプテンは絞り出すようにそう発した。悲壮感に満ちたその感動的な決意表明は、翌週の敵地横浜で「4点差以上の勝利」が必要というほぼ絶望的な状況に沈んでいたスタンドの空気を一変させ、僕らの闘志を激しく昂らせた。
 そして迎えた最終決戦。そのキャプテンが、あっさりと最初の失点に関与してしまうとは。げに非情なシナリオである。

 しかし以前の僕らには経験すらさせてもらえなかった、リーグ初登頂を目前に酸欠そして滑落したこの悲劇は、のちの僕らがこの頂を征服するためにどうしても必要な前フリだったと信じて止まない。迎えた2020年、また諸事情により夏場にアウェイ連戦を強いられるイレギュラーなシーズンだ。ただそれでも今季こそ、リーグの頂上で歓喜にゆらめく青赤の焔を見たいと思っている。

 日本一の山を望む日本平のピッチが今シーズン最初の舞台となる。ちなみにその日は年に一度の「富士山の日」。初夢を見るにはもってこいのスタートだ。


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2020年2月某日

 S駅を出発したロマンスカーは、馴染みの駅を次々と通過して、僕の住む町からだんだん遠ざかっていく。日頃は神経質な顔をした小田急線の車窓も、土曜日のせいか幾分のんびりとした表情だ。昼食のおにぎりを食べ終えた連れは、さっそく微睡みとの戦いに敗北している。僕は忙しなくスマホと車窓を交互に見比べながら、特に意味なく位置情報をチェックしていた。太陽はわずかな雲の隙間からむんむんと唸っている。そうこうしているうちに、電車は小田原に到着した。

 この先の東海道線、根府川や真鶴、湯河原、熱海といった駅々、そしてその間間に望む相模湾は、いちいち僕のベタな旅情を呼び覚ましてくる。ただこの日の海面は空の鈍色に呼応していたから、僕はちょっとだけハズした気分になった。晴れ渡る日のくっきりと碧く眩い眺めを知っているだけに、その爽快感を味わえなかったのが少し残念だったのだ。それにしても、新幹線を使わず在来線のみで移動することに決めて以来、清水へのアウェイ遠征が他の遠征に比していちばん旅らしい旅になった気がする。内田百閒や宮脇俊三の鉄道紀行は正直ほぼ読んだことがないけれども、彼らもこんな心地で列車に揺られていたのだろうか。

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 熱海を出ると雲はいっそう分厚くなり、車窓には雨粒が激しく当たるようになった。いつもなら沼津の先あたりからのっそりとした富士山の姿が間近で拝めるのだが、この日は雨雲に遮られその足元しか見ることができなかった。車内を見回すと、ほとんどの人が鼻口をマスクで覆い、無言でじっと目を瞑っている。しばらくして富士川を越えた電車は、海岸線に沿って徐々に清水の町へと近づいていった。

 ところで清水への旅程は、前述の通り、かつては新幹線をメインに静岡を経由して移動していたが、最近では片道1時間以上余計にかかってでも小田急線〜東海道本線ルートを往来することにしている。なぜならその1時間分の削減コストが、清水港のまぐろ丼に差し代わるからだ。なんなら桜海老のかき揚げを付けたっていい。

 駅を出るとまだ雨は強かった。アーケード沿いにある宿へさっさと逃げ込んだ。港まで足を延ばすのは翌日の試合後にして、この日は宿近くのめぼしい店を探して夕食を取ることにした。モザイク風に舗装された商店街の通りには昔気質の店々が並び、雑な例えだがここを歩くといつも昭和にタイムスリップしたような感覚になる。旅客はこの鄙びた雰囲気を趣とのんきに感じるのだろうけれど、ここで暮らす人々の思いはまた異なるものだろう。
 道すがら通りのドラッグストアを覗いてみた。都内同様、マスクと除菌シートはさっぱりと売り切れていた。
 

 アーケードからほんの少し逸れたところにある老舗らしい中華料理屋に入ることにした。実は前々からちょっと気になっていた店だ。ネオン看板の文字のいくつかはフィラメントが切れたままだったが、このユルさがまた心を惹いた。店内は町中華にしてはちょっと暗めのトーンながら、それらしく感じの好いざっくばらんな雰囲気があった。

 メニューにあった角煮拉麺に目が止まり、瞬間的にこれと決めて注文したが、女将からは「ごめんなさい、今日はそれ、もうおしまいなんです」と返ってきた。心はすでにガッツリ肉系の麺モードに入っていたので、あらためて「それじゃ…焼豚麺を」と伝えると、女将は厨房とヒソヒソ交わしたのち、こちらを振り返って申し訳なさそうに「スミマセン、それも…」と再びうなだれた。僕もすこし凹んだが、諦めてスタンダードな拉麺と餃子、あとシェア用の海老炒飯を注文した。すると、今日はもう会えないと思っていた焼豚が三枚、拉麺に乗っていた。くわえて、香ばしい薄衣を纏った揚げ海老がゴロゴロと盛られた炒飯には、ちょっとやられた。港町で小技の効いた町中華を愉しむのも、なかなか乙なものだ。

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 翌日に備え22時頃にはベッドに潜り込んだが、備え付け冷蔵庫のヴゥゥゥン…というコンプレッサー音や、別室から不定期に聞こえてくるドスゥン、バタン…という謎の物音が気になって、ずっと眠れず悶々としていた。そのうち朝5時を迎え、そのままホテルを出て駅前のカーシェアに向かった。いったんスタジアムへ待機列のシートを貼りに行くためだ。

 ちなみにここのスタジアムでは、入場順番確保のシート貼りは夜中の午前零時にスタートする。僕は昨シーズンまで当日現地入りしていたので知らなかったが、聞けば街路灯の一本もない日本平の暗闇の中、ライト片手に列の最後尾を探し歩くという、さながら肝試しのような緊張感があるらしい。とはいえ毎回始発で行ってもそこそこの位置だったので、朝5時なら全然早い方だろと高を括って、日の出前の暗がりの中、いざ現地に行ってみると、最後尾はいつもよりずっと後ろだった。恐るべし開幕戦の求心力。

 助手席からの不安な眼差しをシカトしながら約半年ぶりのぎこちないドライビングを無事完遂し、車を返却して宿に戻った。意外と仮眠する時間もなかったのでそのまま朝食を取り、早々にチェックアウトした。前日の雨が嘘のような青空だったが、寝不足のせいか待機列順のせいか、気分爽快とはいかなかった。

 清水駅からバスでおよそ20分、公園入口で下車したのち、坂道をひたすら歩くこと10分。スタジアムが近づくにつれその傾斜はどんどん急になっていく。車を使わず下のバス停からここまで歩くと改めてしんどい。日本平のいつもの洗礼である。しかし待機列に到着して顔を右側に向ければ、彼方にはどんと富士山が鎮座している。この眺めがちょっとしたご褒美だ。

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 入場すると、いつもはハイタッチで出迎える社長が、この日はマスク姿でサポーターひとりひとりに手指消毒用のアルコール液を噴霧していた。サッカークラブの経営者というと、試合の日はパルコでふんぞり返っている印象(スペインあたりのイメージ)があるけれど、我々の社長はホームだけでなくアウェイでも、毎回入口でサポーターを手厚く迎えてくれる(それについての是非はさておき)。

 ところでこの日は風が強かった。売店で購入した富士宮焼きそばを口に運ぶのにも難儀したが、隣で強風に逆らいながら危なっかしく焼きそばを食う連れの苦悶の表情は、かなり笑えた。

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 2月とは思えない強い日差しの下、新シーズンの始まりを告げるホイッスルが鳴った。期待に胸を弾ませ日本平に臨んだであろう多くの青赤サポーターは、しかしすぐさまピッチ上の異変に気づいた。プレスがハマらない。判断が遅い。リズムがない。これは一体どうしたことだ。昨季の上乗せどころか、強みすら影を潜めている。システム変更が裏目に出たのか、それともキーマンを怪我で欠いているせいか。そういえば敵将は昨季王者の元コーチではないか。そうこうしているうちに後半立ち上がり早々、ハーフウェイライン付近でさくっとボールを奪われると、あれよという間に先制点を奪われてしまった。

 その後も嫌な流れはしばらく続いたが、今季遠州からやってきた剛力ドリブラーの15番が途中投入されると、それまでピッチをフラフラしていた同じく新加入のシャイな20番(元セレソン)と、ここまでイマイチだった青赤史上最強の9番に、パチっとスイッチが入った。そうして今季の目玉であるアウリヴェルジの三人がピッチに揃い、豹変した我らが青赤は反転攻勢、オレンジ色の最終ラインに猛然と襲い掛かった。そしてその勢いで得たPKを9番が例の独特なモーションできっちりと決め、ついに同点とした。

 圧巻だったのはその三分後。自陣でボールを奪うやいなや、覚醒した三人がスクランブル発進よろしく猛烈なカウンターを発動。LEA‐20の速いスルーパスに反応したD‐9が凄まじいスピードでエリア内に侵入し横パスを一閃、そこへ斜めに突っ込んできたADA‐15が至近距離からズドン。日本平西側のゴールを一気に破壊し、逆転に成功した。

 終了間際にはシャイな元セレソンがまたもエリア内で倒され、この試合二度目のPKゲット。最後は自分でケーキにイチゴを乗せた。

 青赤のブラジリアントリオが叩き出すリズムは軽快なサンバというよりも爆音のManguebeat 。最初はどうなることかとヒヤヒヤしたが、終わってみれば強引に勝ち点3をもぎ取った。ともあれ幸先の良い出立の日だ。

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 試合後、毎度おなじみの渋滞に1時間ほど耐えて清水駅に戻った。清水港の市場では既に多くの「蝗」が買い物や食事を楽しんでいた。先を越された、と舌打ちしながらいつも寄る店を遠巻きに眺めると、案の定、行列の長さが半端なかった。辺りを見回すと、他の店も相当混んでいる。別に帰りの時間を気にする必要はなかったのだが、既に心身ヘロヘロ、そしてこれから約三時間半かかる鈍行での帰路を思うと、少しでも早くここを出発したかった。なので、比較的並ばずに済む店を選んだ。値段はいつもの店より若干高かったが、上質な鮪をしっかり味わえたことに満足して、店を出た。店の看板には「大間の」とあったが、そこはあまり深く考えないことにした。

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 駅の壁に描かれたちびまる子ちゃんに別れを告げ、熱海行きの電車に乗車した。ほどなくして連れは寝息をたてはじめた。宵の港町に点された数多の灯が次々と車窓を通り過ぎていく。その光彩を眺めるうちに、僕の意識も心地良く遠のいていった。

 気がつくと熱海だった。ぼんやりした頭で重い体を引きずり、次の電車に乗り継いだ。目の前の海はもう夜の帳に隠れていたが、目蓋の裏では、細波が刻まれた濃青の海原が茫茫としていた。

 僕の住む町はまだまだ先だ。


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