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“JUGADORS, SEGUIDORS, TOTS UNITS FEM FORCA”

“選手、ファン、すべてがひとつになって力となる”
from " Cant del Barça / L'Himne "


【以下、「CHANT」より抜粋】

 「チャント」とは。
 それは、スタンドにいるサポーターの自己満足やストレス発散のためにあるものではない。チームの闘争心に火を着け、選手のバイタルなプレーを引き出すための、触媒のひとつだ。とはいえ、いくらフィールドに向かって真摯に声を嗄らしたところで、勝てない時は勝てない。サポーターによる熱いチャントと、チーム本来の実力は、当たり前だがまったく別物である。

 しかしチャントは、ひとたび流れにハマれば、チームとサポーター双方に幻覚を引き起こす、ある種の「ドラッグ」にもなりうる(偽薬にすらならない、むしろ睡眠薬のようなチャントもたまにあるが)。スタジアムでの使用が公然と認められた「それ」は、ホーム・アウェイ、また実力差に関係なく、ときにフィールドとスタンドにカオスをもたらし、ありえない展開を誘起する共時性をも有している。

 例えば2005年5月25日、イスタンブールのアタテュルク・オリンピヤット・スタディで、ハーフタイムにスタンドから湧き上がった“You'll Never Walk Alone”。そしてあの6分間の奇跡※1は起きた。後にスティーブン・ジェラードが語ったように、あれに因果関係はないとは思う。が、だとしても、だからサポーターは信じて「歌う」ことをやめないのだ。


 
 Covid-19によるパンデミック以降、日本国内の各スタジアムでは、拍手や手拍子を除いて旗振りやチャントなどの応援行為は当面の間禁止されてしまった。世界を見渡せば、徐々に緩和されつつあるとは言え、いまだ無観客を継続している国も見られる。日本もいつ逆戻りするかわからない状況の中、試合が観られるだけでもまだ幸せだと言えよう。社会情勢をふまえれば、これはもう致し方がない。※2

 ただし、この低テンションな環境で行われている試合は、決してトレーニングマッチではない。あくまでもその結果がシビアにはね返ってくる公式戦である。ひっそりとしたスタンドに囲まれた選手たちは、自力でテンションを上げながら試合のひとつひとつをこなし、最終的には優勝(または残留!)を争わねばならない。チームに尋常ならざる強靭な意志がなければ、展開に流されすぐに折れてしまうだろう。例えば「無言」のスタジアムで、アンフィールドの奇跡※3 やレモンターダ※4 は起こり得ただろうか?

 フットボールをよりドラマティックなものにするためには、スタジアムという場にいる者すべてをトランス状態に導くような、強烈に濃い「成分チャント」が、やはり必要なのだ。ドープな週末を心待ちにしている、多くのフットボール・アディクションのためにも。


<注釈>
※1
/欧州チャンピオンズリーグ決勝、ACミラン対リバプール“イスタンブールの奇跡”。前半だけでミランが3-0とリードするも、ハーフタイムで奮起したリバプールは後半、主将スティーブン・ジェラードのゴールを皮切りに怒涛の攻めを見せ、54分からの6分間で一気に同点に追いつく。その後延長〜PK戦を経て最後にビッグイヤーを掲げたのは、リバプールであった。

※2/この文章は2021年5月に書かれているため、その時点での状況が記されている。2022年5月現在、欧州各国では規制が解除され、以前のスタンドの風景が戻ってきている。日本も2022年6月より、一定の規制のもとで段階的に声出し応援が解禁となる。 

※3/2018-2019欧州チャンピオンズリーグ準決勝、リバプール対バルセロナの2ndレグ。敵地で行われた1stレグを0-3で落としていたリバプールだったが、大観衆の後押しを受けたホーム・アンフィールドでは、勢いに乗って4-0とひっくり返し、奇跡の大逆転を果たした。まさに“ This Is Anfield ”。

※4/2016-2017欧州チャンピオンズリーグ、バルセロナ対パリ・サンジェルマン。1stレグを0-4の大差で落としたバルセロナの準々決勝進出は絶望的とみられていた。しかしカンプ・ノウでの2ndレグは試合開始早々からバルセロナのゴールラッシュ。一時はアウェイゴールを決められ万事休すかと思われたが、ラストプレーでセルジ・ロベルトが劇的な6点目を押し込んだ。その結果、トータルスコア6-5でバルセロナがまさかの勝ち抜けを決め、“レモンターダ(大逆転)”の見出しがスペイン国内のあらゆるメディアを駆け巡った。


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