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Away from home - Nagasaki 2018

 世界が未曾有の困難に直面する現在、Jリーグも中断して約1か月半が経過しました。事実上再開の目処が立っておらず、もし再開できたとしてもしばらくの間(場合によっては年単位で)、これまでのような観戦スタイルでは試合に臨めないということを、サポーターとして十分覚悟しておかねばならないでしょう。なんなら試合は画面を通じてしか観られなくなるかもしれません。とにかくこの嵐が去るまでは、日々暮らしを守るべくじっと耐え忍ぶのみですが、置かれている状況によっては、耐え忍ぶことすら難しい人もいるでしょう。その場合は別の人生を選択するなどの、思い切った決断が必要になるかもしれません。かくいう自分もその一人ではありますが。
 とはいえ、時折、スタジアムのあの雰囲気、あの熱気が恋しくなってしまうのも、まあ正直なところです。

 自分は2018年にadobe portfolioではありますがmatchdays(※2020年8月に「matchday note」に名称変更)というサイトをひっそり設え、アウェイ遠征記としてMatchday Noteという短編のZineもちびちび拵えてきましたが、訳あってしばらく中断しておりました。この度これらをちょっとずつですが、改めてちゃんと形にしていければなと思い、現在準備をすすめているところです。つきましては、その取り掛かりとして、過去の一編をこのnoteにてご紹介させていただければ…。
 このような状況ですが、この雑文が少しでも皆様の気晴らしの一助となれば幸甚です。
(ちなみにタイトルが現在の情勢と真逆の意味合いになってますが、当方のコンセプトの一つでもありますので、何卒ご了承くださいませ。今はもちろんStay at homeですね。汗)

 以下、2018年4月、長崎での思い出です。

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 数年前の天皇杯準々決勝、東京対広島のカードは、長崎県諫早市の県立総合運動公園陸上競技場にて行われた。この奇妙な会場選定のおかげで、僕にとっては初めての長崎訪問が実現した。試合は延長戦までもつれ込み、ジャガーのゴールで逆転した広島が、次のステージに進むことになった。スタジアムからの帰り道に暖簾をくぐった “なるほど” のちゃんぽんが、傷心に沁みる滋味であったことを覚えている。そして、諫早駅近くの鄙びたホテルの一室で、前日に行ったグラバー園からの眺めや、思案橋辺りのレトロな街角などをつらつらと思い出しては、「もうこれで長崎に来ることは二度とないんだろうな」と、勝手にしみじみ思ったりした。だから、(失礼ながら)まさか長崎が “ゼイワン” に昇格し、再び大手を振って彼の地へ行けることになろうとは、その時は思ってもみなかったのだ。

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2018年4月某日

 長崎空港からバスに乗り込み、大村駅へと向かう。車窓から望む大村湾が眩い。連れは電車の乗り換えに間に合うかが心配な様子で、やたらそわそわしていたが、その心配をよそにバスはほどなく駅に到着した。ハーフティンバー風の古い駅舎が、経年の情趣を感じさせる。ホーム上では、初対面であろう敵味方のサポーター同士が、ややぎこちなく挨拶を交わしていた。

 晴空の下、カタンカタンと電車が進む。車窓から、一見ラフに積まれた背の低い石垣のような設えがちょこちょこ垣間見える。あれはこの地域ではわりとスタンダードなのだろうか。こういうのを見かける度、自分は本当に見聞が狭いなあ、とつくづく思い知らされる。そりゃそうだ。知らない街、知らない文化の方が圧倒的に多い。慣れない土地でちょっとした宿題を課されるのは楽しい。徐々に諫早駅が近づいてくる。

 諫早駅からスタジアムまでの道すがら、長崎のサポーターグループが、道行く人に地酒やら何やらをわいわいと振舞っていた。他のクラブではなかなかお目にかかれない、フランクなお出迎えだ。連れは満面の笑みで「お互いがんばりましょうね~」なんて、ノリ良く返している。普段は満腹の猫みたいに無愛想なくせに。AB型が羨ましい。

 国道207号から裏道に入り、森の合間を抜けると、スタジアムが見えてくる。雰囲気はいかにも地方のスタジアム、というと聞こえは悪いが、のどかな開放感と安心感のある、いい意味で無難なスタジアムだ。観やすい席を確保して、さっそくフードコートへ向かった。
 並んで購入した角煮まんを片手に辺りをブラブラしていると、メイン入口の前に人だかりが出来ている。聞き覚えのある甲高い朗らかな声。どうやら長崎の名物社長が、サポーターに囲まれ賑やかに談笑しているようだ。「ある意味、この人のおかげでまた長崎に来れたんだよなあ」。心の中で一礼する。社長の口癖をお借りすれば、“サッカーには夢がある”。​​​​​​​

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 試合は青赤の攻撃陣が縦横無尽に躍動した。ピッチを支配する“デュエルを厭わぬファンタジスタ”。神出鬼没のポジショニングで敵を翻弄する“ロンドン五輪のNO.10”。エグい角度のパスを繰り出す“ナニワの小さなグティ”。圧倒的なスピードでピッチを疾駆する“茶髪の寅さん”。そしてこの日の主役、相手DFを弾き飛ばしてはゴールに襲い掛かる“寡黙なブラジレーニョ”。その強靭な躯体が猛進するさまを見ていると、ピッチがまるでオクタゴンのように見えてくる。2失点を喫するなど内容はやや大味だったものの、我らが9番のハットトリックを含む大量5得点を叩き出したチームのダイナミズムに、ビジター側のスタンドは沸きに沸いた。

 その一方で、かつて14年もの間青赤のシャツを纏い、今は故郷のため奮闘する“元2番”の姿に、目頭が熱くなった。長崎にとってトップリーグ昇格は長年の夢だった。そしてついに夢を現実にした。だがおそらく現実は厳しい。シーズン終盤は悪夢に変わるかもしれない。元2番の彼は、2010年12月、西京極での悪夢を忘れてはいないだろう。それでも彼らには、サッカーへの夢を語ることをやめないで欲しい。なぜなら新たな夢の兆しが見え始めているからだ。それは他サポの僕も羨む夢の話だ。
 “サッカーには夢がある”
 長崎のこれからのストーリーに、幸多からんことを。

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 宿は文明堂総本店の隣だった。荷物を部屋に降ろし、逢魔が時の街に出た。中華街はすでに人もまばらだったが、浜町のアーケードはまだ少し賑わいを見せていた。思案橋でバクダンちゃんぽんを啜り、浜屋の梅月堂でシースクリームを二個購入したのち、暗がりに姿を隠した出島の端を通って、宿に戻った。

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 翌日朝、早めに宿を出て、アーケードの先にある老舗の喫茶店でトルコライスとミルクセーキに頬を緩めた。その後、人影のない旧庁舎を横目に県庁坂を西へ下り、港に停泊するマルベージャの様子をぼんやり眺めてから、長崎駅前のバスターミナルまでのんびり歩くことにした。
 途中、路地裏で一匹の尾曲がり猫を見かけた。さようなら、また逢いましょう。

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