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陽射

【“Travel anywhere to taste AWAY DAYS” より抜粋】

 アウェイ遠征となると遠足熱よろしくたまに体調を崩すことがある。とりわけ甲信越方面への遠征時に当たる確率がなぜか高い。39度以上の発熱に苛まれたいつぞやの新潟や、インフルエンザ回復直後で心身ともにずっと浮遊霊感覚だったいつぞやの甲府、等々。

 2019年の松本遠征では前日夜に激しい咳と発熱の症状を呈した。その数年前、奇しくも同じ松本への出発前日にストレス起因で体調を崩し、朦朧としながら諸々キャンセルの手続きをしたことがあった。あの悪夢再び…とこの遠征も断念しかけたが、出発日の朝、かかりつけの医院に駆け込んで抗生物質や吸入剤等を処方してもらい、無理矢理新宿発12時ちょうどのあずさ15号に乗車した。

 薬を飲んで徐々に体調も良くなり、食欲も復活してきた。松本に到着してそのまま緑町通りにあるパン屋へと足を運び、事前に予約していた「牛乳パン」二つを引き取ってから、宿に向かった。


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 部屋で袋を開けると、その四角いパンは思っていたよりずっと大きく、とりあえず一つを半分にして連れと分け合い、もう一つは翌日にスタジアムでまた半分ずつ食べることにした。さっそく大口でかぶりつくと、予想以上にふんわりとした食感とたっぷりとしたクリームの優しい甘さに、思わず頬がほころんだ。ともあれ試合が次の日で良かった、とこの時は思った。その後少し経ってから、夕闇に包まれた松本の街に再び繰り出し、飲酒は控えつつ信州蕎麦や馬刺し、山賊焼などを楽しんだ。


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 翌日、予報では曇時々雨とのことだったが、快晴の朝を迎えた。嫌な予感がした。ここのスタジアムは比較的標高の高いところにあるせいか、陽射を強く感じるからだ。案の定この日の太陽光線は、待機列で並んでいる間そして入場後も、まだ不完全な僕の体力とメンタルを、彫刻刀のような鋭さで少しずつ削ぎ落としていった。照りつける陽射の前に抗生物質は無力だった。


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 しばらくして、ホームチームのサポーターによる圧巻のチャントが緑色の熱波となってスタジアムを覆った。僕はこめかみをジリジリと灼かれるような感覚に襲われた。他サポながら普段は彼らのほとばしる熱量に強い尊敬の念を抱いているが、この時ばかりはたまらず耳を塞ぎ、心の中で「もうやめてくれえええぇ」と悲鳴を上げた。耳の奥では撃鉄をカチリと上げる音が聞こえた。ベタな言い方をすればそれは太陽のせいだ。


 気づけば互いにネットを揺らすことなくゲームは終了していた。そしてポツポツと雨が降り出した。帰りのあずさ号車内で、僕は暗い車窓に映る憔悴した己の顔を眺めながら、ようやくもう一つの牛乳パンに囓りついた。

(2019年9月)


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