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読書と教養について

先日、『中央公論』という総合誌の4月号を購入した。自分の中では文芸誌・総合誌ブームが来ていて、この前は文藝春秋と文學界を初めて買った。

総合誌の良いところは1000円前後で色々な記事を見ることができる点だ。新書や文庫、ハードカバーを買うと、当たり前だが、その内容の文章しかない。読んでみると「あんまり面白くないなぁ」というオチはよくあるわけで、そうなるととても損した気持ちになる。こちらは限られた時間と資金をペイしているのだから。

だが、総合誌は良くも悪くも色々な記事がある。記事の幕の内弁当のようなものだ。面白くなければ、飛ばして次の記事を読めばいい。そして気に入る記事が必ずあるので、総合誌はガッカリ感を感じにくい。そんな良さがあると思う。文藝春秋については記事も書いたので以下も参照されたい。



話を中央公論に戻そう。中央公論はその名前からして、いかにもお堅そうな感じが滲み出ている。個人的によく、中央公論新社の新書を購入するが、これもお堅い。キャッチーなデザインやポップな帯が付いていることはなく、苔のような緑色と白の色の表紙に、単に『ヴィクトリア女王』『地政学入門』『光明皇后』のように書かれている、淡々としたノリだ。

チャラチャラしたものはいらないので、ただただ学問や真理を極めましょう、というのが中公新書から感じられる気迫である。そしてそれは、総合誌中央公論にも同じことが言えて、記事も無名なライターではなく、教授やその道のプロが書いていることが多い印象だ。フィクションもあまりなく、ノンフィクションや現代の物事に関する批評などが多いと感じた。

中央公論新社の出版物はお堅い。いい意味でチャラチャラしていないというか、ムダが無い。個人的にはそんな中央公論新社のノリがしっくりくる。文藝春秋と同じく定期購読候補だ。


そんな中央公論4月号は「読書の役割、教養のゆくえ」という特集が組まれていた。いかにも私が好きそうなテーマである。どれも面白かったが、特に気になった記事があったのでそれについて書こうと思う。

まず1つ目は音楽ブロガー・ライターのレジー氏の「ファスト教養は何をもたらすのか」である。

教養やリベラルアーツという、一聴すると高尚な言葉で語られる概念は、現代の日本において結局のところ、「個人の生存戦略に必要なツール」程度の扱いになりつつあるのではないか?まずはこんな仮説に基づいて論を進めていきたい。教養という言葉の持っていた様々な意味が剝ぎ取られた結果、「ビジネスの場で使える小ネタ」としての機能ばかりがフォーカスされ、そしてそこに多くの人たちが飛びついているのが2010年代から現在にかけての状況なのではないだろうか。(P41-42)
「楽しいから」「気分転換できるから」ではなく「ビジネスに役立てることができるから」(つまり、金儲けに役立つから)という動機でいろいろな文化に触れる。その際、自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知ればよい。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く人こそ、現代における教養のあるビジネスパーソンである。着実に勢力を広げつつあるそんな考え方を、筆者は「ファスト教養」という言葉で定義する。(P44)
 ファスト教養を取り巻く状況を辿っていくと、成功への欲望と「使えない人材」としてのレッテルを貼られることへの恐怖の狭間で平衡感覚を失っていくビジネスパーソンの姿が描きだされる。
 この現象は、決して局地的なトピックではない。ファスト教養の降盛は、あらゆるものがビジネスの論理にからめとられていく社会の歪みそのものである。(P47)                  

レジ―氏は、巷で良く耳にする「教養」という言葉を問い直す。かつては人生を豊かにするモノや、誰かの役に立てるモノ、そんな高貴な存在であったのが「教養」だ。

しかし、今では多くの場合、教養は「ビジネス」「金儲け」と強制的にリンクし、単なる小手先の知識や見識になってしまっているという。様々な書籍を見ても、YouTubeチャンネルを見ても、教養は「ビジネスに役立つもの」として用意されている場合が多い。幅広い知識を手っ取り早く手に入れて、それをビジネスシーンで振りかざすという教養のあり方をレジ―氏は「ファスト教養」と定義する。

確かに書店などで「教養」という文字を目にすることは多い、しかし私自身、いや多くの人が「教養とは何か」ということを完全に理解してはいないだろう。もちろん、正解が一つしかないモノではないが、それだけ抽象度の高い言葉だからだ。

だからこそ、多くの人がファスト教養に走ってしまうのではないだろうか。書籍やネットでは「教養はビジネスにつながる」という文句が入っている。そうなると多くの人は「ビジネス(金儲け)につながるのなら教養をつけよう」と手当たり次第に「教養」という名の付くモノに手を出すのではないだろうか。

だが、ほとんどの人は適当にスマホやパソコンで検索してなるべく速く教養に辿り着こうとする(本当のファスト教養)ので、結局は皆と同じような教養系のYouTubeチャンネル等を視聴することになってしまう。これではビジネスには使えない。


次に気になったのがけんご氏の「心のゆとりを得るために小説を読む」である。けんご氏は動画投稿サイトTikTokでお気に入りの小説を紹介する動画を出している。そんなけんご氏であるが、本を読み始めたのは大学生になってからだそうだ。

 僕は小学校3年生の頃から大学4年生の秋まで、本気で野球をやっていました。その間は、本当に野球中心に回っていた人生なんです。特に高校時代は野球を一生懸命頑張った3年間だったのですが、大学に入って、時間ができました。
 それに伴って、趣味を作りたいと思いまして、映画や釣り、登山など様々な趣味を模索していったのですけど、いかんせんお金がなくて。映画を観るにしても、当時はNetflixやAmazonプライム・ビデオが今ほど充実していなかったので、基本的に映画館で観るのでお金がかかってしまう。
 僕は、コスパ良く長い時間をつぶしたいと思っていたんです。なので、小説は、文章だけであんなに分厚くて、かつ、文庫本だったら1000円を切るものがほとんどで、かなり費用対効果がいいんじゃないかと。書店で買って初めて読んだ小説が東野圭吾さんの『白夜行』という作品なんですよ。
 かなりページ数が多い作品なので、2、3週間ぐらいかかったんですけど、読み切ることができて、かつ、本当に面白くて。1000円強で長時間楽しむことができた。僕が思い描いていた、効率よく最高の時間を過ごす、そういうことができたと思って、一気に小説の魅力にはまっていった感じです(P74-75)

けんご氏の小説にハマった理由がとても興味深い。それは「コスパ良く長い時間をつぶしたい」というものだ。

世の中には多くの趣味や娯楽が存在するが、それらはとてもお金がかかる。例えば映画だ。今でこそNetflixなどのサブスクが充実しているが、映画館でやレンタル観るとなると、その本数に応じたお金が必要になってくる。映画一本は大体2時間くらいなので、一本の映画を観るだけでは2時間しか過ごせない。もっと多くの時間を過ごす(映画を観る)ならばさらにお金が必要になる。

だが、小説は読むのに良くも悪くも時間がかかる。人によって差はあれど、映画のように2時間で読み切れる人はそう多く無いだろう。そう考えると小説は1000円足らずで長時間楽しめる。

そう、けんご氏は「小説」というエンタメを、コスパよく長い時間を過ごすことができるという消去法的条件から見出したのである。最初の入りは「面白そう」でもなく「読んでみたい」でもない、ただ「長い時間を潰せる」という理由だったのだ。ここが興味深い。それでもけんご氏は小説が好きになって、SNSで発信までするようになった。物事の入りや出会いというものはわからないなぁと思う。

そしてこの考え方にはとても共感ができる。私も読書が好きだが、その潜在的な理由の一つに「長い時間楽しめる」「一度購入すれば永続的に読みことができる」があることを気付かされた。確かにそうだ、読書はコスパがいいから好きでもあるのだ。なぜ私がゴルフをしないのかと言えばゴルフ自体に魅力を感じないというよりも、ゴルフはあまりにもお金がかかるからだ。

人は誰しも時間を過ごす時や娯楽を楽しむ時にコスパを意識すると思う。誰しも安く長く過ごしたいと思うだろう。そういったニーズが昨今のスマホいじりやYouTube、TikTokなどの無料のSNSに流れていると考えると腑に落ちる面もある。無料で長時間過ごせるからだ。

だが、そういった層を小説や読書に引き戻すアクションも必要だ。それは決して読書の方が高尚などということではなく、そういう「SNS以外にも面白くてコスパのいいエンタメがある」ということを伝える意味もある。けんご氏のような活動にそのような期待感も抱いてしまうのは私だけであろうか。


「読書」「教養」について中央公論を読みながら考えた。今回は2つの記事を取り上げたが、結局どちらもSNSやネットの話題が絡んでしまった。それくらいSNSやネットは我々の生活に侵食しているし、何かをする、何かを考える場合でも、それらを経由してなされることがあまりにも多いような気がする。

デジタルを全否定するつもりはまったくないが、「読書と教養」というテーマですらデジタルが絡んでしまう事実には違和感を覚える。これはもしかしたらそういう時代で私が付いていけていないだけなのかもしれないが、安易にデジタルを通すのではなく、アナログ的なアプローチが特に求められる分野なのではないだろうかと思う。


堅くて確か



頂けたサポートは書籍代にさせていただきます( ^^)