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エロいのはカメラなのかカメラマンなのか?


「聞いてくださいよマスダさん、ヤバいんすよ」


ズッキ君が話しだした。


ズッキ君は僕の後輩にあたるカメラマンだ。初対面のときに煮込み過ぎたズッキーニみたいな色のジャージを着ていたので、以来、ズッキ君と呼んでいる。

気のいい男だが色々と迂闊なのだ。でも体力は抜群だ。迂闊と体力を天秤にかけた結果、わずかながら体力が勝ったので、たまに仕事の手伝いをしてもらっている。


で、ズッキ君が言うには何やらヤバいらしい。正直、興味無いのだが2人きりで焼鳥屋にいる以上、無視するわけにもいかない。


「仕事中に『カメラマンさんエロいね』って言われたんすよ。ヤバいでしょ」


やっぱりなにもヤバくない。そもそも、プロアマ問わずカメラマンなんて大体エロい。僕も最近、同じことを言われた。そのとき撮ってたのがモツ鍋だったんで、己からどんなエロさがにじみ出ていたのか心配にはなった。


気にすることは無いよ。職業病みたいなものだよ。それより鳥皮たべなよ。


そう言ってズッキ君をなぐさめたのだが、どうも様子がおかしい。ズッキ君はむしろ喜んでいるように見えるのだ。


あぁなるほど。合点がいった。


エロい、いやらしい、わいせつといった桃色ワードの中で( わいせつは違うか )人に言われて密かに嬉しいのは「色気がある」じゃないだろうか。


エロいと言われたときに「エロい=色気がある」と勝手に脳内変換して、ほくそ笑んでいる男性をちょいちょい見かける。

そして目の前のズッキ君は実に晴れ晴れとほくそ笑んでいる。「晴れ晴れ」と「ほくそ笑み」は両立しづらいはずなのに器用な男だ。ズッキ君は自分が色気があるとでも言われた気分なんだろう。


勘違いしちゃあいけないんだズッキ君。エロいと言うのはあくまで言葉通りの意味だ。僕や君を含め大抵のカメラマンはエロいだけで色気なんて無い。





色気があるのはカメラの方なんだ。



せっかく上手いこと言ったのに、ズッキ君は生返事だ。丁寧に、四つ身を串から外している。デカい図体して、そんな繊細なことするんだな。


四つ身を小分けにしながら「よく分からんす」と答えるズッキ君。肉には繊細なのに僕への返答は雑だ。



たとえばキレイな女性を見る。女性じゃなくても青空でも電車でもモツ鍋でもいい。





目で見るかぎり、あくまで見ているだけ。しかし、自分と、その被写体との間にカメラがあると「見ているだけ」じゃなくなる。


僕はカメラ越しに対象を見るとき、見ると同時に「触れている」ような感覚を持っている。


「なんか、いやらしそうな話っすね」
黙ってろズッキ。そんな話じゃ無い。


触れている感。それを感じる理由の一つは、カメラの構造にある。


本来、カメラという機械はのぞくものなのだ。実際、ファインダーをのぞいている時って、暗い箱の中に顔を入れて、のぞき穴から外をうかがっているような密室感がある。それはたとえ日中の雑踏の中でも変わらない。





カメラをのぞくことで被写体をこちら側に連れてくることが出来る。被写体が窓の向こうでも、道の反対側にいても、カメラをのぞけば、触れられる距離に「それ」は引き寄せられる。





「わかります!俺もファインダーのぞく方が好きです。ライブビューはどうも苦手で」


やっとズッキ君にも話が通じ始めた。本質的なところは伝わってる気が全くしないけど。



でもねズッキ君、ファインダーの無いカメラやスマホでも、画面の中に被写体をキャプチャーする感覚は持てるんだよ。キャプチャーの本来の意味は「つかまえる」「つかみとる」。やはり触れているんだね。


また、上手いこと言ったのに、ズッキ君から明確な反応は無かった。彼は、耳慣れない英単語に対して耳を閉じるクセがある。なるほどっすねーと気の抜けた返答しながら今度は豚バラを串から外す。



まあいい。つづけよう。



風景を撮る、料理を撮る、街でスナップを撮る、対象によって距離感は変わるけど、カメラマンは皆、カメラを通して被写体に触れている。






「なるほど...やっぱ単焦点よりズームの方が使い勝手がいいってことですかね!?」だから違うってばズッキ。今まで何聞いてたんだよ。




「心で触れる」という話だよ。



最初に書いた通り、ほとんどのカメラマンはエロいだけで色気なんてものは持っていない。たまに色気もありカメラ使いも上手い人がいるが、そういう人たちはカメラだけ残して爆発すればよい。


「じゃあ俺は爆発...」
しなくていいよズッキ。君に色気は無い。ただエロいだけだ。


でもねズッキ君、エロさも大事なんだ。エロさを「欲」と言い換えれば分かりやすい。モノコトヒトに、なにがしかの美しさを見出すのは人間の欲だよ。


そうして見出したものを、自分のところまで連れてくる、そして写真として残してくれる道具がカメラだ。


エロくて欲深いだけの自分が、もしかしたら色気のある何者かになれるのでは、と錯覚させてくれる。僕らがカメラを持つたのしみの一つはそこにあると思う。




カメラが、僕らカメラマンに与えてくれるものを、言葉にしてみるとそんな感じ。職人にとっての道具って、みな同じ感じなんじゃないかな。伝わったかね、ズッキ君。


したり顔で話をまとめてみたがズッキ君は相変わらずの生返事で手羽先と格闘している。つくづく張り合いが無い。焼鳥に意識を戻すと、僕の皿に四つ身と豚バラが取り分けてあった。


ズッキ君は色々と迂闊だけど気のいい男なのだ。








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