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時を越えて。未熟なピアノ演奏

ピアノを弾く時はいつも
午前中と夕方以降はヘッドホンをつけ、電子ピアノで練習している。

今日の夕方、ふと電子ピアノに付いているボタンに目が留まった。普段はあまり使うことがなく、気にかけていなかった。

色々な機能の中に「録音機能」を発見。

「REC」の文字のとなりに「PLAY」。
下にあるボタンを押してみたら
かつての自分が弾いて録音したピアノの音が流れ出した。


流れた曲は、ディズニー映画『アラジン』の主題歌
『ホール・ニュー・ワールド』。


「あぁ、この曲、練習してたっけなぁ。」


すると

楽譜を読む自分。
同じフレーズを繰り返し練習する自分。
録音してみようと思い、一人なのに緊張しながらピアノを弾く自分。


電子ピアノの前の椅子に座って練習している昔の自分が、
時を超えて、見えたような気がした。


“曲”自体が、思い出として懐かしいのはもちろん、
“練習していた時間”も、その曲の思い出の一部になってこんなにも愛おしいのだということを、思い出した。


音楽における、一曲。

その曲を、練習した“時間”や“場所”。
その曲を、一緒に聴いていた“人”。
その曲を、初めて聴いた時の“天気”や“気持ち”。

…その曲と、どれほど真剣に向き合ったか。

曲との思い出は、歌詞やメロディーだけじゃなく
こういった“周りの景色”“費やした時間”も含んでいるんだと、感じた。



あの頃は、録音した時「完璧だ!」と思った。
それは覚えている。
だからこそ、残してあるのだ。

…しかし、今日
3箇所ほどミスしているのが気になった。

「完璧じゃなかった…。」

と、少しガッカリしたけれど
誰に披露するわけでもなく、自己満足でひとまず音源として残しておいた昔の自分に、少し感謝したい。

今日、この音源のおかげで
少し癒されたからだ。


上手な演奏だけが心を癒すわけではないのかもしれない。
“未熟で、完成度の低い演奏”も
時には大いに楽しませてくれる。

だから、どんなに未熟な演奏も、決して恥じることはないのだと思えた。

“上達するその過程”さえも、
その曲との愛おしい思い出になる。


練習過程の曲を録音して
その時は大満足でも、数年後に聴いたら「まだまだだ」と思うかもしれないし

その時は恥ずかしくても
「こんなに頑張ってたんだ」と自分を褒めてあげられる日が来るかもしれない。

下手でも、失敗してもいいから
今度、また録音してみようかな。と思った今日だった。




2024.3.29

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