Masayuki Saitoh

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最近の記事

【読んだ】松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』

病跡学において「統合失調症中心主義」と「悲劇主義的パラダイム」が支配的になった経緯と、それへの抵抗と脱却について。プラトンからドゥルーズに至るまで、西洋思想史の中で「創造と狂気」という問題がいかに扱われてきたのかを通史的にみることで、「病跡学を可能にした思想史的条件」(P39)を論じる本かと。 そもそも「病跡学」とは、傑出した作家や画家の「作品の中に、病からの痕跡を見出し、その精神の歩みを跡づけてみせること」(P20)。病跡学の特徴である(あった)「統合失調症中心主義」とは

    • 【読んだ】グレゴワール・シャマユー『ドローンの哲学 遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』

      戦闘ドローンは、戦争を「戦闘行為」から「殺害行為」に変えたという。その技術的条件は「脆弱性=ヴァルネラビリティ」の克服である。訳者によれば脆弱性とは「被害をうける可能性」の事(P22)。安全な環境から遠隔操作での戦闘を可能にするドローンは、「脆弱性をもった身体を過酷な環境から撤退させることができる」(P33)。身体が同じ空間を共有しない以上、敵から攻撃を受ける可能性は原理的には無い。従ってそれは、「前線、単線的戦闘、対面的な衝突といった概念に立脚した従来型の戦争モデル」(P4

      • 【読んだ】若林幹夫『ノスタルジアとユートピア』

        人間の存在理解の根拠が、いかに社会の中で立ち現れるのか、という話だと思った。最終的に示されるのは閉塞的な状況にも思えるけど、現状を嘆いて溜飲を下げるような読み方は勿体ない。人間と社会の関係を根源的に考える想像力がめちゃくちゃにかき立てられる。 知覚や経験は常に〈いま・ここ〉に現れるけれども、人間は言語やシンボルを用いることで環世界を超えた意味と広がりを見出し、〈他の時間〉や〈他の空間〉との関係の中で経験を作り出してきた。そうして拡張された世界は文化的な意味をもち、社会的に共

        • 【読んだ】山本圭『嫉妬論 民主社会に渦巻く情念を解剖する』

          『アンタゴニズムス』で一番面白かった、「嫉妬」という情念を通した政治論。『アンタゴニズムス』では「民主主義」というテーマが先にあり、民主主義の根源がいかに雑多で不純で不合理なもの(=〈公的ではないもの〉)に規定されているかを示すひとつの題材として嫉妬という情念が論じられていたのに対し、本書では終始嫉妬感情の性質や面倒くささから論を組み立てていて、これもとても面白かった。 通底しているのは「嫉妬感情の遍在性」(P194)であり、「嫉妬心が消えないという前提」(P236)かと。

        【読んだ】松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』

          【読んだ】グレゴワール・シャマユー『人間狩り 狩猟権力の歴史と哲学』

          今日に至るまでの統治権力の系譜として読んだ。「人間狩り」とは隠喩ではなく、人類がこれまで様々に行ってきた具体的な所業であり、本書はそれを「狩猟権力」として、西洋文明の拡大の歴史の中で描き出す。とりわけ焦点化されるのは、人間狩りが正当化されてきた手続きの歴史について。ギリシア哲学とキリスト教という西洋近代の根源にあるふたつの論理が恣意的かつ狡猾に再構成されながら、人間狩りを正当化する慣習や制度が作られてきた系譜を論じている。 ポイントは、狩るものと狩られるの間に引かれる境界線

          【読んだ】グレゴワール・シャマユー『人間狩り 狩猟権力の歴史と哲学』

          【読んだ】石川義正『存在論的中絶』

          人工妊娠中絶やそれに関わる争点について、当事者による社会運動を丁寧に踏まえつつ、それを思想的課題として位置づけ直す本かと。一貫して中絶が肯定されるのだけど、それは、中絶という概念が、人類一般、あるいは存在一般の根源を規定するものだからである。つまり本書は中絶に関する思索を通して、我々の存在の根本や生殖という概念を再検討するのだけど、同時にそれは性差別と優生思想に根深く規定された社会に対する徹底的な批判でもある。中絶をめぐる社会運動史はもちろんの事、アリストテレスの形而上学から

          【読んだ】石川義正『存在論的中絶』

          その他、今年読んだ本(2023)

          今年から本の読み方を変えて、「本は基本的に通読する」「読んだ本の内容を要約してnoteとInstagramに載せる」という事にした。本なんて適当に読み散らかせばいいとも思うんだけど、筋トレみたいに外的な条件を課してみたらなんかよく分かんない感覚が得られてヤバそう、みたいな。もちろんSNSなのだから、他者の視線を抽象的に意識するのも動機の一つではある。 要約する時の文字数は2200字以内と決めた。根拠はInstagramのキャプションの上限文字数なんだけど、全体構成を考えなが

          その他、今年読んだ本(2023)

          【読んだ】百瀬文『口を寄せる』

          百瀬文の展覧会図録を書店で見つけて購入した。いくつかの作品は観たことがあったけども、こんなに多作な作家だとは知らなかった。ドキュメント写真と解説文から未見の作品の鑑賞体験を想像しながら、各論考を読んだ。 黒嵜想の「オーラルセックス」は、百瀬の作品を観る時に否が応でも自覚させられる鑑賞者自身のセクシュアルな視線と、脳内を巡る連想を執拗に言語化するのかと思いきや、最後にそれを唐突に切断=否定する。それは拒絶のようにも思えるし、「ツッコミ」のようにも思える。 伊藤亜紗の「身体の

          【読んだ】百瀬文『口を寄せる』

          【読んだ】吉見俊哉『東京復興ならず 文化首都構想の挫折と戦後日本』

          戦後の東京の復興都市計画の失敗を論じた本。キーワードは「文化」と「復興」のふたつ。戦後の復興計画の最初期において、「文化」を機軸にした都市計画ビジョンが存在したが、それはやがて「経済」を基軸にした開発にとって代わられる。その後、高度成長期からバブル期まで、何度か「文化」を軸にした国土計画や都市開発に兆しが訪れるが、全て経済の論理によって潰えていく。その度に、民衆が培ってきた生活や消費のパターンは、「より速く、より高く、より強い」経済の論理によって翻弄される。「文化」から「経済

          【読んだ】吉見俊哉『東京復興ならず 文化首都構想の挫折と戦後日本』

          【読んだ】デヴィッド・グレーバー『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』

          スコセッシの『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は「契約」と「権利」を巡る話だと思った。アメリカの入植者たちは契約の概念を駆使し、先住民の権利を恣意的にコントロールする事で支配と搾取と収奪を行った。デ・ニーロとディカプリオはどちらもクズなのだけど、描かれ方は対照的である。契約概念を狡猾にを使いこなして収奪に勤しむデ・ニーロと、(アホなので)それを理解も体現もできずに翻弄されるディカプリオの対決は、近代という概念のメタファーにも思えた。契約にせよ規則にせよ、あるいは映画後半の

          【読んだ】デヴィッド・グレーバー『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』

          【読んだ】橋本努『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』

          めちゃくちゃ面白い。資本主義も反資本主義運動も行き詰まり、更に経済的な倫理基準も失効した状況において、ミニマリストたちの独特の立ち位置から「脱資本主義」というビジョンの描写を試みる。 前提にあるのは資本主義とその対抗運動の双方の行き詰まりであり、即ち「資本主義の社会は危機を迎えているものの、代替案はない」状況だと(P291)。実物投資の利回りはゼロないしマイナスとなり、資本主義の延命策といえば、金融市場の開拓によるバブル経済、人為的な貨幣量の操作や公共セクターの経済領域の拡

          【読んだ】橋本努『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』

          【読んだ】マリーケ・ビッグ著『性差別の医学史 医療はいかに女性たちを見捨ててきたか』

          医学においては長らく、シス男性の身体が標準とされて治療が発展してしまっていると。それ故、女性やインターセックス、トランスジェンダーといった、「シス男性以外」の人々については、その身体特有の問題が無視され、治療には苦痛が伴い、性役割を再生産したり矯正したりするための医療行為が行われてきたと。本書は特に女性を取り巻く状況を取り上げながら、医学が如何に根深く家父長制や性別二元論や性差別に規定されてしまっているかを描き出す。その上で、フェムテックや人工生殖技術等々新しい展開を紹介し、

          【読んだ】マリーケ・ビッグ著『性差別の医学史 医療はいかに女性たちを見捨ててきたか』

          【読んだ】小野寺拓也/田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』

          D.O風に言うと「んなわけねーだろってハナシ」かと。アウトバーン建設を通じた雇用創出とか健康増進政策とかはよく言われるけど、他にも福利厚生の拡充や自然環境保護政策等々、結構多くの「良いこと」っぽい政策について、それがあたかもナチスが発明した成果であるかのように言われてると。で、本書はこの手の諸々の政策ついて、「①それはナチスのオリジナルの発明なのか」「②ナチスがその政策を採用した目的はなんだったのか」「③それは成果があったのか」の三点から検証すると。明らかになるのは、乱暴に言

          【読んだ】小野寺拓也/田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』

          【読んだ】高桑和巳『哲学で抵抗する』

          書物としての戦略と思い切りが凄い。試みられるのは「哲学の民主化」だろう。哲学の入門書の趣ではあるものの、プラトンだのカントだのといったような「狭義の哲学者」に言及される事は殆どない。代わりに試みられるのは、日常と地続きの実感の中で「哲学」の契機を見つけ出す事であり、それは誰にでもできるし、実は既に多くの人がやっている事である。そして日常の中に「哲学」を定位する事ととは即ち、日常の中の「抵抗」の契機を示す事である。 本書での「哲学」の定義は、冒頭に端的に示される。曰く、「哲学

          【読んだ】高桑和巳『哲学で抵抗する』

          【読んだ】周司あきら/高井ゆと里『トランスジェンダー入門』

          強い意志をもって、用語や概念の説明に振り切っているのが印象的だった。例えば「トランスジェンダー」「シスジェンダー」「ノンバイナリー」といった概念の説明、「学校」「職場」「家庭」といった場所ごとでのトランスたちの苦悩、「制度」や「医療」の現状、「病理化」と「医療化」の違い、そして「身体の性」「心の性」「FtM/MtF」といった言葉を使うことの問題点、等々。ググればいい話と済ませられないのは、ネット上にはヘイト言説が転がっているというグロテスクな事態がまずあるだろうけども、それ以

          【読んだ】周司あきら/高井ゆと里『トランスジェンダー入門』

          【読んだ】原口剛『叫びの都市』

          「釜ヶ崎」や「西成」といった地名で名指すにせよ、あるいは「寄せ場」や「ドヤ街」といった概念で示すにせよ、それによって定義される区域や意味、想起されるイメージや表象、またその空間編成等々が生成される過程と力学について。とりわけ語られるのは「空間」と「場所」を巡るポリティクスである。ハーヴェイやルフェーヴルによる地理学や空間論的転回を理論的なベースにしつつ、資本運動や行政権力行使と、そこに生きる人々による対抗、この双方のせめぎあいによって空間と場所が生成される動的なプロセスが描か

          【読んだ】原口剛『叫びの都市』