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スポーツにおけるDX:ファンの楽しみ方も変えていくデータ活用。ツール・ド・フランスの事例から

今回は、スポーツ関連の記事です。DX においてはデジタルを使った「(ステイクホルダーとの)関係性の再定義」が非常に重要なポイントです。データを提供するだけでもファンの満足度やエンゲージメントを高めていけるというこの事例はビジネスにも示唆の多いものなのだと思います。

■選手、チームを強くしていくデータの活用

現代は、ビッグデータ、データサイエンス、そしてIoT と AI の時代と言われてそれらを背景にDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれています。特にその起点となるのはデータ活用です。人や企業の多くの活動がデジタル化され、取得可能なデータが増え、活用機会が拡大したことに伴い、データ活用の試みは、あらゆる産業、あらゆる社会の領域で行われています。いまや医療から交通、電力供給まで生活のあらゆる面に関わる形でデータ分析そしてそれをベースとしたAIソリューションが本当に幅広く使われています。

スポーツの世界も例外ではありません。元々スポーツは記録をとり、データを集め、それを整理して活用するということは古くから行われてきました。例えば、ベースボールの世界では、1800年代の後半に、「野球の父」とも呼ばれる Henry Chadwick 氏により野球の試合の記録方法(ボックススコア)や選手やチームの成績を明らかにする統計手法が考案され、打率や防御率等を用いて選手のパフォーマンスを分析し、それを基礎とした戦術の考案等が開発されてきました。

今日において、取得可能なデータは各種センサー技術や解析技術によって更に増え、データ分析の手法も機械学習・深層学習等 AI技術の発達もあり高度化しました。例えばサッカーでは、得点数等だけではなく、選手の走った際のトップスピード、1ゲームで走った総距離、パスやシュートの正確さやそのときの姿勢や具体的な軌道、ボールをどのような動きでどれぐらい保持できているか、等詳細なデータを収集できるようになりました。

各スポーツ業界において、チームがデータ分析を行うためのデータサイエンティストやエンジニアを擁することも当たり前になりました。例えば、以下はNBAのチーム Philadelphia 76ers で活躍している一人のデータサイエンティストの紹介ビデオです。

専門家たちが日々自チームや相手チームのデータを収集して解析を行い、情報をインサイトへと変換して、ビデオにあるように相手選手の傾向や攻め方の分析からコーチを助け最適化されたゲーム戦略や戦術のインプットとする等、チームの勝利に貢献しています。また、データから選手一人一人のパーソナライズされた細やかなトレーニングプログラムによるサポートを行い、選手やチームのパフォーマンスや能力の向上を目指したりもしています。それだけではなく、スポーツには怪我はつきものですが、その怪我をいかに未然に防いで少なくしていくか、というようなところにおいてもデータ分析が役立ちます。また、これらのデータ分析は、将来的にどのような選手を採用していくべきかという、有望な選手のスカウトにも役に立ちます。

こちらのビデオは、サッカークラブチームの Derby County FC のデータアナリストが活躍する舞台裏を説明したものですが、後半は映像分析するアナリストが出てきます。昨今は、画像分析技術の発達も手伝い、様々な角度からの映像を用いたリアルタイムでの分析も当たり前に行われるようになりました。

先日、2020年はどのような技術がブレイクするかを予想する「ITインフラテクノロジーAWARD 2020」にて、8K カメラが有望なのではないかとコメントさせていただきました。

オリンピックも手伝い、8K カメラを使ったより高度かつ詳細なデータ分析が今後は各スポーツ界にもやってきそうな気がします。

■ファンの楽しみ方を変えていくデータの活用

ですが、実はスポーツにおいて、このような選手やチームを強くしていくという目的でのデータ活用だけではなく、スポーツを支えるファンの体験をも変えていこうという目的でのデータ活用が広がり始めています。データ提供により、ファンエンゲージメントを高めていこうという試みであり、ステークホルダーとの関係性の再定義というDXの方向性につながっていくものです。

ツール・ド・フランスの事例を紹介します。

ツール・ド・フランスと言えば、毎年7月にフランスおよび周辺国を舞台にして行われる自転車ロードレースです。FIFAワールドカップ、オリンピックと並び、世界三大スポーツイベントの一つと言われることがあります。レースは23日間の日程で3カ国にまたがって行われ、距離にして3300km以上、高低差2000m以上と非常に大規模かつメディア露出が高く、TV放映される国の多さ、参加する選手の国籍の多彩さ等から見ても世界屈指のスポーツ競技大会です。約190の国と地域で放送され、うち60か国程は生中継を実施しています。ファンの視聴時間は合計12億時間を上回ります。

NTTデータの子会社である、Dimension Dataは、2015年より5年間の契約でツール・ド・フランスのテクノロジーパートナーとなっており、ツール・ド・フランスを次世代にデジタル化していく試みをしています。

中でも興味深いのは、データ提供によるファンエンゲージメントの向上です。

Dimension Dataは、ツール・ド・フランスの選手170名以上の自転車に以下のようなセンサーデバイスをつけ、リアルタイムでの情報取得とその配信を行いました。

取得する情報は、選手の位置、時速、走行距離、走っている坂の傾斜角、先頭集団なのか2番目以降の集団なのか、どの集団に属しているか等であり、これらをセンサーが毎秒取得します。デバイスのバッテリーは3日程持ちますが、ツール・ド・フランスは、23日間に渡るイベント。各チームと Dimension Data は自転車の保守点検とともにバッテリーをチャージすることで、競技期間中ずっと毎秒情報を取得し続けました。バッテリーはそれでいいとしても、自転車は非常に速い速度で山間部を駆け抜けていくので、そのままではリアルタイムでの配信は困難なわけですが、このデバイスは自転車間で相互に通信を行い、WWAN となるメッシュネットワークを作り出し、データを集団で共有し、一旦データ伝送の中継自動車やヘリコプターとつながるとそこから情報をすべてクラウドにあげていき処理を行います。興味深い、ビッグデータ処理の IoT ソリューションです。

そして、取得されたデータは、インフォグラフィックスのアプローチを駆使したビジュアル的にわかりやすい表現に加工され、ソーシャルメディアやWebサイトを通して世界に向けて配信されました。

特に、選手の調子、位置、登りスピードの速さ、離脱の成功の可能性、重大な瞬間の可能性についてのアラート、天気の様子までもリアルタイムに配信され、ファンたちの注目をひきつけました。また以下のように、選手が走っているコースと周辺地形が3次元レンダリングされた状態で提供されることで、ファンは、TV放映を見るだけではつかみきれない、坂の厳しさをより体感的に感じることができ、レースにのめり込めます。

データ提供の試みにおいてもリテラシーやUIの観点が非常に重要です。このようなビジュアル的に優れたデータの配信により、ファンがTwitterや各SNSでRTしたり、コメントをつけたりすることを自然に行い、拡散していき、またそれによって多くの視聴者の関心も生み出し、ツール・ド・フランスに彼らを惹きつけていくという効果を生みました。この取組と成果は以下のサイトでも紹介されています。

ソーシャルメディアのフォロワー数は、160%近く増え、オフィシャルWebサイトの訪問数も37%上昇。アプリケーションのダウンロードも30%増加し、ビデオの閲覧は10倍になり、7100万人が視聴する結果となっています。更には、このようなデータがネット上に残ることで、ツール・ド・フランスの後もファンや視聴者たちがレースや選手についてコミュニケーションする機会を生み出し、レース後のファンエンゲージメントも高めるといういい副次的効果も生み出しました。これはデータの活用とその結果として面白い事例と言えます。

考えてみれば、大昔、テレビ放映がない時代は、スポーツの楽しみ方は、その場に赴いて直に観戦したり、新聞記事等を見て想像して議論しあったりする等だったのではないかと思います。それがテレビが登場し、放映が行われるようになり、その場にいなくてもリアルタイムにスポーツを観戦することができるようになりました。それだけでなく、例えば、試合が終わった直後の勝利投手のインタビューや、スポーツ番組での選手の打率や防御率等の統計データにふれることで違った角度からも楽しめるようになりました。体験は変わっているのです。このツール・ド・フランスの事例のように、更に詳細なデータをリアルタイムで入手し、また3次元レンダリングで体感的にもわかりやすく触れることができるようになると、ファンのエクスペリエンスは更に変わっていき、スポーツ観戦のあり方、楽しみ方もより広がっていくわけです。スポーツの世界を拡張していく、新しい時代が来ているのではないかと思います。

■ビジネスにおけるデータ提供によるエンゲージメント向上

ここで話は変わりますが、以前、プロダクトカタログの記事において、商品のジャンルの情報を細かく分類してランキング情報を配信するようにしたら、ユーザーのレスポンスが高まり、売上が上昇したという話を書きました。

(以下、引用)
ビジネス側からあった2つ目のリクエストは、商品のジャンルの数を当時は数百あったのですが、それを細分化して数倍に増やしてほしいというもので、当初意見が分かれました。直観的には、ジャンルが細かく分かれているとユーザーが適切な商品ジャンルのランキングを見つけられずに、アクセス数が下がり、結果としてランキング経由の商品の購入も下がるのではないかと思われたわけです。ですが、細分化を実行したところ、他の要因による影響を排除した上での分析でも、全体の売上合計が非常に大きく伸びたのです。

この例もある種同様のことを述べています。つまり、スポーツでもビジネスでも、データは分析して戦略を考えたり、戦術を高めたりするだけでなく、提供することによって、ファンやユーザーのレスポンスを引き出し、エンゲージメントを高めることができる可能性があるということです。これは企業におけるデータ活用(そしてDXへ向けた動き)においてもあまり述べられることがない視点であり、深く考察をする価値があるような気がします。

おまけ

スポーツつながりで、過去には、エレクトロニックスポーツ(esports)の記事も書いています。こちらもご笑覧ください。

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グローバル企業にてイノベーション領域担当予定。様々な企業の支援も。アクセンチュアでは日本の先端技術リードを努め、パロアルトの研究所展開にも従事。楽天では執行役員及び楽天技術研究所代表として世界の研究開発を統括。JiIT常任幹事、APECアドバイザー。趣味は古武術と形而上学。
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