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データサイエンスがもたらしたバスケットボールの変革、もう一つのマネーボール(Moneyball)

数ヶ月前にデータとスポーツの記事、特にデータによるファンのエンゲージメント向上について書きました。

ビジネスの世界で進んできた、データ分析の高度化は、スポーツの世界にも及んでいます。今回はデータサイエンスによるバスケットボールの戦術・組織戦略の進化について書きます。


メジャーリーグでのデータサイエンス『Money Ball』

2001年、米国メジャーリーグでは、Billy Beane ジェネラルマネージャーの下、 Oakland Athletics が驚くべき躍進を遂げました。2001年、そして2002年と2年連続でシーズン100勝を達成。2002年には年俸総額1位のニューヨーク・ヤンキースの1/3程度の年俸総額ながらも全30球団中最高勝率・最多勝利数を記録しました。彼のデータを用いた独自のアプローチは書籍『Moneyball』として出版され、ブラッド・ピット主演で映画にもなりました。

Billy はそれまで常識とされていた打率や打点、防御率といった指標よりもチームの勝利に直結する指標として出塁率や被ゴロ率を使い、MLBのチーム編成・選手パフォーマンス評価の常識を覆しました。例えば、打率が高いに越したことはないが、高打率の選手は他球団からの評価も高くなるため、打率が多少低くても出塁率の高さを優先して選手を獲得したように、データ分析により戦術から組織戦略まで変革をもたらしたのです。彼はスポーツの世界に近代的なアナリティクスを導入した第一人者であり、スポーツ界のデータサイエンティストだったと言えます。


バスケットボール界のデータサイエンス

バスケットボール NBAの世界にも、データサイエンティストがいます。トップチームの一つである Houston Rockets。彼らは過去十数年、どこにでもいる凡庸なチームという成績と評価から、NBAの中でもチャンピオン候補にまでのし上がりました。NBAの2018年のMVPに選ばれた選手もいます。彼らの劇的な躍進を後押ししたのは、データサイエンスでした。

もちろん、スポーツの戦果の多くは選手たちがもつ本能、直感、それら野生のパフォーマンスに支えられてもいます。ですが同時にチームが持っているデータは極めて重要です。そのような選手たちの本能とデータのバランスを保ちながら、チームの力を向上させていくことが鍵を握ります。


データサインエンティスト Darly Morey

Oakland Athletics にBilly Beane がいたように、Houston Rockets には、Daryl Morey (ダリル・モーリー)ジェネラルマネージャーがいます。彼は大学でコンピューターサイエンスと統計を学び、MITスローン経営大学でMBAを取得した、データサイエンティストです。


彼がデータサイエンスのキャリアを志したその原点にも、Billy Beane との共通点があります。Billy Beane は野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し選手の評価や戦略を捉えるセイバーメトリクスという手法を採用しました。同じように、Daryl も16歳の頃、街の本屋でセイバーメトリクスの本『The Bill James Historical Base-ball Abstract』を手に取り、統計的手法によるスポーツの変革への興味を持つようになりました。

MBA取得後、コンサルティングファームの McKinsey でコンサルタントとしての基礎を学び、石油の需要予測などを手掛けた後、2001年にボストンを拠点とするバスケットチーム Boston Celtics にジョイン。データサイエンスのスキルを活かしてチケット価格の最適化等から、試合戦略構築のための分析、チーム力強化に従事しました。そのあと、2006年に Huston Rockets に移り、2007年、Huston Rocketsのジェネラルマネージャーとなった彼は徹底したデータの収集とその解析に着手しました。


データとその洞察に基づく人材採用

冒頭の Oakland Athletics のケースと同様、彼の分析は、まず求められる人材の定義、そしてその採用戦略を変革しました。例えば、その体格やプレースタイルの派手さや時々のスーパープレイに注目するのではなく、印象がぱっとしなくても選手のパフォーマンスに関する詳細なデータに目を通し、大学のドラフトから新しい選手を獲得しました。

大学でのドラフトにおいては、まず彼は、スタッフを全米大学体育協会(NCAA)のオフィスに送り、過去20年間のすべての大学のゲームの試合データ(ボックススコア)の書類をコピーし、システムに手作業で入力。そしてエビデンスに基づくこと、かつ、見た目の印象に左右されないことを徹底するためにも、彼は Houston Rockets のスカウトチームやスタッフに、ドタフト時には候補となる選手の練習風景を「見るべきだが、参考にしない」よう指示しました。怪我をしている等のケースを除いては、練習風景がいくら印象的でもそれは実績、そして本番で発揮される実力とは無関係であるからです。

同様な手法で学生だけでなく、他チームの選手の分析にも適用されました。その中で、バスケットボールでよく使われる指標を批判的に点検し、より有効な指標の開発とそのためのデータ収集を行いました。例えば、従来はリバウンドした数が選手の実力を測る指標として使われていましたが、実際のところリバウンド成功数はある種の結果論としての数字であり、実力外の要素を多分に含むと Daryl は考え、リバウンド可能な状況を作り出した数を識別し、新たにカウントするようにしました。他にも、選手は同じゲームの中で、ベンチにいたり、コートにいたりと、出場している総時間はまちまちであるので、1ゲームにおいて獲得したポイントの数や、スティールした数、リバウンドの数は選手のパフォーマンスを測る指標としてはそれほど役に立たないと彼はみなし、それよりは、試合に出場している時間1分のうち、どれぐらいのポイントを取り、スティールし、リバウンド可能な状況を作り出したかを計算するようにしました。これにより、獲得した総ポイント数は少なくあまり目に止まらないが、時間パフォーマンスの著しい高い選手を発見していきました。

彼の指標と分析に基づいて比較的注目されていない有望な選手を競合チームから発掘し、選手のトレードが実行されました。この採用やトレードにおけるメソッドと徹底は短期間でチーム力を向上させました。かつてはバスケットボールの選手はとにかく大柄な選手が求められてきましたが、今日では、平均的に痩せていて機敏なタイプが多く活躍しています。スキルをより重視し、多少小柄であってもスキルの低い大柄な選手よりもチームの勝利に貢献すると見られています。


データとその洞察に基づく戦術

彼はまたNBAの中では先駆的な試みであった、データ収集用のビデオトラッキングシステムを導入。画像解析により、どのようなシュートが勝利に向かって有効であるかを分析し、3ポイントシュートが実際の効果に比べて軽視されていることに気づきました。

バスケットボールでは、3ポイントラインの外側からシュートしてボールが入ると3点。内側からシュートして入ると2点です。点の開きは2点と3点で、1.5倍でありますが、シュートの難しさ(成功率)は、2ポイントシュートと、3ポイントシュートでは、1.5倍もの開きはなく、3ポイントシュートはそれよりも全然成功しやすい手段であることを明らかにしました。そもそも3ポイントラインの内側で行う2ポイントシュートの難しさはディフェンスとの攻防により思ったより高く、3ポイントシュートのほうがより確実に点を取得できることがわかったのです。

1990年代から2000年代初頭は、3ポイントラインの内側からのちょっと長めの2ポイントシュートを打つ戦術が一般的でした。しかし、統計的にはこれは最悪の成功率であることも判明。Daryl はこの解析から、シュートは3ポイントシュートか、あるいは、ゴールに近づいた2ポイントかに絞り、長めの2ポイントシュートはできる限り避けるべし、とした戦術を考案しました。その分析に基づき、2017年と2018年のシーズンでは、Houston Rockets がNBA史上、どのチームよりも多くの3ポイントシュートを放ち、またどのチームよりも長めの2ポイントシュートを避けました。シュート全体のうちの 3ポイントか近接の2ポイントシュートの割合が81%になったほどです。(3ポイントか近接の2ポイントシュートの割合が二番目に高いチームの数字が、71%であったことを見ると、その徹底ぶりが明らかです。)結果、Rocketsは、数多のゲームにて勝利を収めました。


データサイエンスがもたらした偉業

Darly は、データに基づくアプローチを組織に浸透させ、デジタル化されていないデータをデジタル化し、本当に有効な指標(KPI)を開発し、それらに基づく組織構築と戦術により、Houston Rockets を導きました。これらアプローチにより、Houston Rockets は負けなしの成績を残し、2015年と2018年の Western Conference Finalを含む9回のプレーオフ進出を果たしてNBAのトップチームの一つへと変貌したのです。Darly 自身も 2018年にNBAエグゼクティブ・オブ・ザ・イヤーに選出されました。データサイエンスがこの偉業を支えたのです。


バスケットボールも時代とともに変化してきましたが、野球に続いて、データサイエンスのアプローチが有効であることが示され、これからは新しい戦い方の世界へと突入しようとしています。

見るべき指標とそのためのデータの収集、これが勝利の鍵を握ります。以前は何時間もかかっていたデータの記録とその分析が、センサー等のIoTや画像認識等のAI技術の進化により、その取得方法も拡大し、リアルタイムでかつ正確な情報を活用することができる時代になってきています。今後の発展とともに、データサイエンスがどのような未来の戦術や戦略の取るべき姿を示してくれるのか、想像しただけでもとてもエキサイティングです。スポーツの試合だけでなく、その展開にも目が離せそうにありません。


おまけ

今回は、バスケットボールにおけるデータサイエンスの記事でした。関連して、来月(2020年9月8日)、スポーツテックイベントを行います。「Sports x データ x テクノロジー」で、今どのような取り組みが行われていて、どのような未来に向かっていて、どのように将来のアスリートや子どもたちや社会に貢献できうるのかについて、ユーフォリアの橋口さん、技術顧問の古川さんと熱くトークします。

「Sports x データ x テクノロジー」に、興味をもっていただいた(特に)ウェブエンジニア、データエンジニア、データサイエンティストの方々(そしてそうじゃない方も)、是非ご参加ください。


また、以下は、スポーツの未来の一つでもあるエレクトリックスポーツ(eSports)の記事です。ご興味がございましたら、こちらもどうぞ。


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