メタバースのビジネス活用 5つのシナリオ: マーケティングから地球環境シミュレーションまで
注目を浴びるメタバース
「メタバース」という言葉が注目されています。「メタバース」という言葉は、古代ギリシャ語の「meta」(超越)と英語の「universe」(世界)というワードの組み合わせから来ています。その語源より、インターネット上の仮想現実空間を使って、ユーザー同士がコミュニケーションをとり、現実と同じようなライフスタイルを送ることができる世界というイメージで使われる事が多いようです。
デジタル空間においてはオブジェクトは単なるデータであり、プログラムです。物理空間のモノとは違ってその複製は容易であるために、仮想世界では現実世界とは同じ所有の概念や権利を実現できないという指摘が従前ありました。しかし、ブロックチェーンやそれに基づくNFTを用いて、ユーザーの購入や所得の証明をもたせることで、ユーザーの所有権を実世界と同じように保証し、世界としてのリアリティを高めるという動き(Web3)もあいまって、「メタバース」は新しい社会活動、経済活動の基盤になりうると幅広い領域から熱視線を受けています。そして連日、国内外を問わず様々な企業がメタバースへの参入を表明しています。
ビジネスにおけるメタバースの5つの活用
企業やブランドはメタバースをどのように活用していくべきでしょうか。ビジネスへの適用やそこから得るベネフィットには、いくつかのパターンが考えられます。
一つ目は、メタバースのエンドユーザーに端末やサービスを提供するケースです。パナソニック子会社がメガネ型のVR端末を発表し、ソニーグループがメタバース上でファンが交流できるサッカースタジアムを再現するサービスの予定をアナウンスする等、市場開拓へ向けた動きが進んでいます。これらはオンラインゲームやエンターテイメントコンテンツの盛り上がりも支え、ゲーム産業の知見が生かせる分野であろうと思います。
二つ目は、企業がメタバース上でコマースを展開したり、マーケティングや営業のフィールドとして利用するケースです。B2C領域ではメタバースのユースケースとして、VRやAR技術を用いた没入型ショッピングサービスや音楽や映像などのデジタルコンテンツ提供やコンサートデリバリー等はよく議論されるところです。また、現実におけるテストマーケティングの代替として活用されることも考えられます。例えば、開発した新車のテストマーケティング、新しいモデル住宅の内覧をメタバース上で実現するというような感じです。また、B2C領域だけでなく、B2Bにおける営業の場としての活用もありえます。展示会・見本市のメタバース化はわかりやすい応用です。貿易ビジネスにおいて、取引先企業をみんなメタバース上に集めてプレゼンテーションや交渉も全てやってしまう未来を考えるという議論もありえます。
三つ目は、企業がスキルトレーニングや研修を行っていくケースです。特定のイベントやキャンペーンの実施におけるオペレーションの確認や、地震や火事における救急活動の訓練等、メタバース上で多人数が参加して行うことで効率も効果も高まることが考えられます。特定のイベントや災害等は、日常的にあるわけではなく、また例えば実際の店舗や建物、人員を動員して実空間で行うのはそう簡単にできません。ですが、メタバース上では、関係する人員に参加してもらい、リアルな状況を発生させながら、動きや対応について確認・訓練することが可能です。
四つ目は、メタバース上で、新しい製品開発を行っていくケースです。例えば、オートノマスカー(自動運転車)を実現するAIの開発です。安全かつ高性能なオートノマスカーの開発においては、AIに安全な自律制御を学習してもらう必要があります。これには大量の走行データに加えて、大量の事故データも必要となってきますが、そのデータを作るために実際に車を走らせて沢山の事故を起こすとしたらそのコストは計り知れないものになります。そこで、精巧なシミュレーション環境で自動車を走行させ、多様な事故を起こし、AIが学習するためのデータを収集します。現在、オートノマスカーに限らず、ドローンやUGV、また様々なロボットに搭載するAIの開発においては、データ拡張の手法を発展させ、シミュレーションにてデータを生成・収集することが基本となっています。メタバースの現在のブームは、企業が様々な製品開発においてシミュレーション環境を活用していく起爆剤になる可能性があります。
五つ目は、四つ目の発展型ですが、大規模なデジタルツイン・環境シミュレーションを実現するためのツール、プラットフォームとしてのメタバースの活用です。自動車、飛行機、工場、ビル、橋、都市の複製をメタバース上に構築し、実際に物理的な変更を加える前にデジタルツインでの最適な変更をシミュレーションすることで、開発や変更、リソースの再配置にかかるコストを下げ、効率性および品質を向上させます。スケールを大きくして、都市の交通やエネルギーの最適化、地域における災害対策、さらには地球環境そのもののデジタルツインを実現して気候変動に対するアクションを考えていくことも視野に入ってくることでしょう。
メタバースの活用という意味では、一つ目や二つ目のケースイメージが掴みやすいところですが、四つ目や五つ目のシナリオによって産業における大規模な適用も見えてきます。以下は、半導体メーカーのNVIDIAのCTO Michael Kagan氏のオピニオン記事です。NVIDIAは、Omniverse と呼称する産業用途での大規模なデジタルツインとAI開発を実現するためのメタバースのビジョンを提唱しています。
また、デロイトは、NVIDIAと連携して、メタバース活用のサービスおよびそのためのスタジオを立ち上げています。
メタバースによるビジネス機会は幅広く捉えていくことが大切です。その実現にはまだまだ様々な技術的な進化やチャレンジが必要となると思われますが、すでに多くの試みは動き出しています。多様なユースケースを準備したり関連サービスを推進して、今後の戦略に資するアクションをとっていきましょう。
メタバースとガバナンス・倫理
メタバースは様々なユースケースの検討が進んでいる反面、実世界と結びついた、新しい社会活動、経済活動の基盤になるがゆえの課題が指摘されています。例えば、特定の企業やサービスに依存しないアイデンティティ管理の実現やNFTも含めたシステムのガバナンス、現実空間とひもづくプライバシーの保護、実在する人物やブランドのなりすましの脅威、そして表現力の豊富さからの差別や倫理的問題の懸念等です。
以下は、Meta(旧Facebook)がメタバース上のバーチャルインフルエンサー(Meta版 VTuber)によるアバターの表現について、倫理的なフレームワークを開発しているという記事です。
これに限らず、メタバースにおいてはデータやAIの活用はどんどん加速するでしょう。使っている表現やユーザーのデータの用い方、アプリケーションの適用によっては差別を助長することが起こることも考えられます。ガバナンスや倫理フレームワークの有り様に関してはメタバースのトレンドの拡大とともにより議論されていくことになると思います。