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「膝枕」の手も借りたい─ワンオペ育児朗読

こちらで公開している「ワンオペ育児朗読」版「膝枕」(近道は目次から)は、短編小説「膝枕」のアレンジです。元原稿を朗読する母親のセリフを太字にしています。Clubhouseオトナの朗読リレー#膝枕リレー )の朗読にもどうぞ。

朗読リレーの経緯番組表、他の方の二次創作はマガジンに。

今井雅子作「膝枕─ワンオペ育児朗読」

「膝枕」という小説を数珠つなぎに朗読するという遊びが、Clubhouseで流行ってるらしい。生後6か月になる娘を膝に抱き、おっぱいをあげながら、原稿を読んでみる。

「膝枕」

休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、チャイムの音で目を覚ました。

ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。オーブンレンジでも入っていそうな大きさだが、受け取りのサインを求められた伝票には「枕」と書かれていた。

「枕」

男の声が喜びに打ち震えた。

「受け取ってもらって、いいっすか?」

違うよ。パパの声じゃないよ。パパ、こんな早く帰って来ないでしょ。男の人の声、結構いけてるのかも。どこまで読んだっけ。ここか。

配達員に急かされ、男は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。届いたのは「膝枕」だった。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出している。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。見た目も手ざわりも生身の膝そっくりに作られている。さらに、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。だが、膝枕以外の機能は搭載していない。膝を貸すことに徹している。

幅広いニーズに対応できるよう、商品ラインナップは豊かだ。体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」。「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」。頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」、心地よい揺らぎで赤ちゃんを寝かしつける「ゆりかご膝枕」……。

ゆりかご膝枕、いいな、これ。ほんとに売ってるのかな。あった。3万9800円。箱入り娘膝枕より高いのか。足元見てるなー。

カタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」だった。

「箱入り娘」の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくる。

「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、男は、ぐっと押しとどめる。強引なヤツだと思われたくない。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ相手は箱入り娘なのだ。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて.……」

男がしどろもどろに言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。

「一緒に買いに行こうか」

さっきより大きく、膝頭が弾んだ。喜んでくれているらしい。


男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。

赤ちゃんのおなかもマシュマロみたいにふわふわ〜。ん? この酸っぱい匂いは……‼︎ うっわ、オムツ爆発してる! はいはい、今、おオムツ替えるからね。おしり、シャワーで流そっか。うわ、メール来た。タイミング悪っ。「今から帰ります。なんかある?」。ないよ。外でなんか食べて来てよ。ほんとメーワク時短営業。

翌日、男は旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。

「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」

ファスナーが閉まりきらない旅行鞄を抱きかかえ、鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけていた。怪しすぎて、店員は寄って来ない。

いいなー。デパート。膝枕、泣かないもんなー。まだ寝ないの? 続き読みたいけどなー。昔話みたいに読み聞かせしてみよっか。昔むかし、あるところにおひざのお姫様がいました。お姫様のために、王子様がドレスを選んであげました。

「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

おひざのお姫様は、ドレスが気に入って、ピョンと小さく飛びはねました。ふふふ。ウサギさんみたいだね。おひざがピョン、ピョンピョン。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

王子様はお姫様のおひざにジャーンプ、飛び込みました。面白い? おひざにジャーンプ! もう一回、おひざにジャーンプ! これ時間かかるな。

マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。

この膝があれば、もう何もいらない。男は箱入り娘の膝枕に溺れた。職場にいる間も膝枕のことが気になって仕事が手につかない。

「ただいま!」

ううん。パパじゃないよ。ママの声だよ。お目目がトロンとして来たね。ベッドで寝よっか。おやすみなさい。いい夢見ようね。

男が飛んで帰り、玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。なんて、いじらしい。愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込む。

膝枕に頭を預けながら、男はその日あった出来事を話す。ときどき膝頭が小さく震える。笑っているのだ。


「僕の話、面白い?」

拍手をするように、二つの膝頭がパチパチと合わさる。もっと箱入り娘を喜ばせたくて、男の話に熱がこもる。仕事でイヤなことがあっても、箱入り娘に語り聞かせるネタができたと思えば、気持ちが軽くなる。うつ向いていた男は胸を張るようになった。顔つきに自信が表れ、目に力が宿るようになった。

「こんなに面白い人だったんですね」

職場の飲み会で隣の席になったヒサコが色っぽい視線を投げかけてきた。男の目はヒサコの膝に釘づけだ。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこみ、膝枕される格好となった。

その瞬間、男は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。

骨抜きになっている男の頭の上から、ヒサコの声が降ってきた。

「好きになっちゃったみたい」

その夜も、箱入り娘膝枕は、いつものように玄関先で男を待っていた。ヒサコの膝枕も良かったが、箱入り娘の膝枕も捨てがたい。

「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」

つい漏らした一言に、箱入り娘の膝が硬くなる。浮気に感づいたらしい。そこに「今から行っていい?」とヒサコから連絡があった。男はあわてて箱入り娘をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヒサコを部屋に招き入れた。

その夜、男はヒサコに膝枕をせがんだが、手を出すことはしなかった。ヒサコは男に大事にされているのだと感激したが、男は膝枕にしか興味がないのである。

翌日からヒサコは男の部屋に通うようになるが、あいかわらず膝枕止まりで、その先へ進まない。ヒサコはじれったくなるが、女のほうから「そろそろ枕を交わしませんか」と言うのもはばかられる。

あれ? 起きちゃってた? 「枕を交わしませんか」のとこ、聞いちゃったかな? ゼロ歳児に聞かせるには、ちょっと早いか。いや、こういう雅な日本語を小さいうちから聞かせるのも、いいのかも。

ママのおひざで王子様とおひざのお姫様のお話、聞く? 今ね、お城に別なお姫様が突然やって来て、おひざのお姫様が押し入れでかくれんぼしてるの。

「ねえ。誰かいるの? 押し入れからカタカタ音がするんだけど」

ヒサコ姫がそう言うと、王子様は押し入れを気にしながら言いました。

「そんなわけないよ。ヒサコ姫と僕の二人きりだよ」

お城に押し入れって。日本の城なら、ありか。だったら、王子様じゃなくて、お殿様かなー。

ん? カタカタ、面白かった? カタカタ、カタカタ、カータカタ。

ダメダメ、寝かしつけないと。膝枕がひとーつ、膝枕がふたーつ、膝枕がみっつ……。子守唄みたいに、ひそひそ声で読んでみよう。

「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」
「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」

「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」

男は急いでヒサコを追い返すと、ダンボール箱から箱入り娘を取り出す。箱の中で暴れていたせいで、箱入り娘の膝は打ち身と擦り傷だらけになっている。その膝をこすりあわせ、いじけている。

やっと寝た。やっと普通に読める。ヒサコを追い返した男の気持ち、これだ。

「焼きもちを焼いてくれているのかい?」

男は箱入り娘を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫でる。

「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」

男が誓うと、「お願い」と手を合わせるように、箱入り娘は左右の膝頭をぎゅっと合わせる。それから膝をこすり合わせ、「来て」と言うように男を誘う。

「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」

「いいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、箱入り娘が男を促す。打ち身と擦り傷を避けて、男は箱入り娘の膝に、そっと頭を預ける。

「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」

「最低!」

男が飛び起きると、いつの間にかヒサコが戻って来ていた。玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせている。

「二股だったんだ……」

「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

男が思わず口走ると、「ひどい」と言うように箱入り娘の膝がわなわなと震えたが、男は遠ざかるヒサコの背中を見ていて、気づかなかった。

あー、起きちゃった。声、大きかったかなー。ちょっと待ってて。ママ、これ読んだらすぐ行くから。

男は、ヒサコへの愛を誓うことにした。

「ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」

身勝手な言い草だと思いつつ、男は箱入り娘をダンボール箱に納め、捨てに行った。箱からは何の音もしなかった。その沈黙が男にはこたえた。自分がどうしようもない悪人に思えた。ゴミ捨て場に箱を置くと、振り返らず、走って帰った。

真夜中、雨が降ってきた。箱入り娘は今頃濡れそぼっているだろう。迎えに行かなくてはという気持ちと、行ってはならないと押しとどめる気持ちがせめぎ合う。男はヒサコの生身の膝枕のやわらかさを思い浮かべ、自分に言い聞かせた。

「箱入り娘のことは忘れよう。忘れるしかないんだ。ヒサコの膝が忘れさせてくれる」

はいはい、忘れてないよー。ママ行くよー。抱っこ抱っこ。置くと泣いちゃうんだよなー。今日はここまでかー。そうだ、あれ買ってみよっかな。3万9800円。ベビーシッター頼むと思ったら安いか。

眠れない夜が明けた。男が仕事に向かおうと玄関のドアを開けると、そこに見覚えのあるダンボール箱があった。狭い箱の中で膝をにじらせ、帰り着いたらしい。箱に血がにじんでいる。

「早く手当てしないと!」

男が箱から抱き上げると、箱入り娘の膝から滴り落ちた血が男のワイシャツを赤く染めた。

「大丈夫? しみてない? ごめんね」

箱入り娘の膝に消毒液を塗り、包帯を巻きながら、男は申し訳なさとともに愛おしさが募った。こんなに傷だらけになって男の元に戻って来てくれた箱入り娘を裏切れるわけがない。

すごいな、ゆりかご膝枕。膝揺らしてお馬さんしてくれるし、絵本読んでくれるし、子守唄聞かせてくれる。初めてClubhouseで「膝枕」を聴けたし、一気にここまで読めた。あと少しで、最後まで読める。

そのときふと、男の頭に別な考えがよぎった。

「これもプログラミングなんじゃないか」

箱入り娘膝枕の行動パターンは、工場から出荷された時点でインストールされている。二股をかけられたとき、捨てられたときのいじらしい反応も、あらかじめ組み込まれているのだとしたら、人工知能に踊らされているだけではないのか。そう思うと、男はたちまち白け、箱入り娘がただのモノに見えてきた。

「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行こう」

これで最後だと男は箱入り娘の膝枕に頭を預けた。別れを予感しているのか、箱入り娘は身を強張らせている。箱入り娘の膝枕に頭を預けながら、男はヒサコの膝枕を思い浮かべる。所詮、作りものは生身には勝てないのだ。

「ダメヨ ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」

夢かうつつか、箱入り娘の声が聞こえた気がした。

翌朝、目を覚ました男は、異変に気づいた。

「あれ? どうしたんだ? 頭が持ち上がらない」

頭がとてつもなく重い。横になったまま起き上がれない。それもそのはず、男の頬は箱入り娘の膝枕に沈み込んだまま一体化していた。皮膚が溶けてくっついているらしく、どうやったって離れない。

「これじゃあまるで、こぶとりじいさんじゃないか」

男は保証書に記された製造元の電話番号にかけてみたが、呼び出し音が空しく鳴るばかりだった。

「なんだこれは? 商品をお買い上げのお客様へのご注意……?」

保証書の隅に肉眼で読めないほどの細かい字で注意書きが添えられていることに男は気づき、読み上げる。

「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」

いよいよ起き上がれなくなった男の頭は、ますます箱入り娘の膝枕に沈み込む。かつて味わったことのない、吸いつくようなフィット感が男を包み込んでいた。

やっと最後まで読めた。ワンオペ育児の救世主、ゆりかご膝枕。オプションで子守唄機能と授乳機能つけて4万9800円したけど、値打ちあるわー。自分だけの時間、最高‼︎ はーい、ママのおひざ、空いたよー! あれ? どうしたの? ママのおひざ、イヤ? うそっこのおひざのほうがいいの? (ハッ)もしかして取扱説明書! (読み上げ)この商品は、あくまで子育ての補助用品です。長時間預けっぱなしにしてしまうと、里心がついてしまいますので、ご注意ください。なお、この不具合は初回に限り、以下の方法で解除でき……え、この続きは!?

初演はMayFlower理恵さん(膝番号4)

7/14の夜に公開。膝枕リレー46日目の7/15にM ayFlower理恵さんに読んでいただきました。ワンオペ育児の実感がどんどんリアルに。場面によって、どうぶつ絵本風に読んだり、昔話風に読んだり、子守唄風に読んだり、ノリノリで遊んでいただきました。

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「ワンオペ育児パパ」バージョンもありだと思うなー!


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脚本家・今井雅子(Clubhouse朗読 #膝枕リレー)

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。

ありがとうございます。ドラマ「イジューは岐阜と」取材で食べた五平餅❤︎
🎤Clubhouseにて「膝枕」オトナの朗読リレー中 https://www.joinclubhouse.com/@masakoimai ✏︎saita連載小説「漂うわたし」✏︎オーディション発「私じゃダメですか?」脚本公開✏︎おじゃる丸✏︎嘘八百シリーズ