究極の愛のカタチ─「膝枕」
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究極の愛のカタチ─「膝枕」

こちらで公開している短編小説「膝枕」(近道は目次から)を読みつなぐClubhouseオトナの朗読リレー(#膝枕リレー )の経緯、番組表、二次創作noteをマガジンにまとめています。

「世にも奇妙な物語」の採用確率

メールの送信フォルダから「世にも奇妙な物語 膝枕 2007年6月8日」というファイル名の原稿を掘り出した。14年前のわたしは、企画募集に声をかけてくれたプロデューサーに大量のプロット(企画意図がわかるストーリー案)を送りつけていた。そのひとつが「膝枕」だった。

読み返してみると、これがなかなか面白い。

川端康成の「片腕」に着想を得た「片腕レンタル」という提案プロットをまず書いた(これはこれで面白いので、日をあらためてご紹介したい)。その後、「片腕」から少し離れて、上半身を下半身に、レンタルを通販商品にした「膝枕」を考えた。

A4用紙1枚分のプロットを120字に要約すると、こんな話だ(読み上げ用の代替テキスト入れてます)。

人工知能搭載の「箱入り娘膝枕」を通販で買った独身男は、本物そっくりなやわらかさに溺れる。箱入り娘に話しかけるうち話術が磨かれ、男にまさかのモテ期到来。生身の膝枕の味を知った男は二股の後、箱入り娘を捨てる決意をするのだが、思わぬ反撃に遭う。

「世にも奇妙な物語」のプロット採用は何百本に一本というのが当時の噂だった。プロットも脚本も、いつどんな風に化けるかわからないので、わたしは「書く宝くじ」と呼んでいるが、「世にも」は年末ジャンボ級の当選確率だった。わたしの出したものは一本も通らなかった。もちろん「膝枕」も。

それでも、やはり面白い。

プロットのままでもショートショートとして読める。もう少し膨らませたら、読みものとして楽しんでもらえるのではないだろうか。クラブハウスの朗読にもいいかもしれない……などと勝手に需要を当て込んで、発掘原稿に手を加えることにした。

加筆するにあたり、膝枕商品に「ひざ子」と名前をつけ、タイトルを「膝枕」から「ひざ子」に改めようとしたが、やめた。「片腕」から出発したのなら、「膝枕」のほうがしっくり来る。

主人公には「耕造」と名前をつけていたが、「男」にした。同僚の女は「歩美」から膝を連想させる「ヒサコ」にした。ヒサコ(久子)はわたしの祖母の名前で、わたしの作品によく登場する。

今井雅子作  「膝枕」

休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、チャイムの音で目を覚ました。

ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。オーブンレンジでも入っていそうな大きさだが、受け取りのサインを求められた伝票には「枕」と書かれていた。

「枕」

男の声が喜びに打ち震えた。

「受け取ってもらって、いいっすか?」

配達員に急かされ、男は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。届いたのは「膝枕」だった。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出している。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。見た目も手ざわりも生身の膝そっくりに作られている。さらに、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。だが、膝枕以外の機能は搭載していない。膝を貸すことに徹している。

幅広いニーズに対応できるよう、商品ラインナップは豊かだ。体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」。「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」。頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」……。

カタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」だった。

「箱入り娘」の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくる。

「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、男は、ぐっと押しとどめる。強引なヤツだと思われたくない。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ相手は箱入り娘なのだ。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて.……」

男がしどろもどろに言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。

「一緒に買いに行こうか」

さっきより大きく、膝頭が弾んだ。喜んでくれているらしい。


男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。

翌日、男は旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。

「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」

ファスナーが閉まりきらない旅行鞄を抱きかかえ、鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけていた。怪しすぎて、店員は寄って来ない。

「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

男が手に取ったスカートを旅行鞄に近づけると、鞄の中で膝頭が弾んだ。

裾がレースになっている白のスカートを買い求めた男は、帰宅すると、早速箱入り娘に着せてみた。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

男は箱入り娘の膝に倒れ込んだ。マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。

この膝があれば、もう何もいらない。男は箱入り娘の膝枕に溺れた。職場にいる間も膝枕のことが気になって仕事が手につかない。

「ただいま!」

男が飛んで帰り、玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。なんて、いじらしい。愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込む。

膝枕に頭を預けながら、男はその日あった出来事を話す。ときどき膝頭が小さく震える。笑っているのだ。
 

「僕の話、面白い?」

拍手をするように、二つの膝頭がパチパチと合わさる。もっと箱入り娘を喜ばせたくて、男の話に熱がこもる。仕事でイヤなことがあっても、箱入り娘に語り聞かせるネタができたと思えば、気持ちが軽くなる。うつ向いていた男は胸を張るようになった。顔つきに自信が表れ、目に力が宿るようになった。

「こんなに面白い人だったんですね」

職場の飲み会で隣の席になったヒサコが色っぽい視線を投げかけてきた。男の目はヒサコの膝に釘づけだ。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこみ、膝枕される格好となった。

その瞬間、男は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。

骨抜きになっている男の頭の上から、ヒサコの声が降ってきた。

「好きになっちゃったみたい」

その夜も、箱入り娘膝枕は、いつものように玄関先で男を待っていた。ヒサコの膝枕も良かったが、箱入り娘の膝枕も捨てがたい。

「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」

つい漏らした一言に、箱入り娘の膝が硬くなる。浮気に感づいたらしい。そこに「今から行っていい?」とヒサコから連絡があった。男はあわてて箱入り娘をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヒサコを部屋に招き入れた。

その夜、男はヒサコに膝枕をせがんだが、手を出すことはしなかった。ヒサコは男に大事にされているのだと感激したが、男は膝枕にしか興味がないのである。

翌日からヒサコは男の部屋に通うようになるが、あいかわらず膝枕止まりで、その先へ進まない。ヒサコはじれったくなるが、女のほうから「そろそろ枕を交わしませんか」と言うのもはばかられる。

もうひとつ、ヒサコには気になることがあった。男の部屋にいると、視線を感じるのである。誰かが息をひそめて、こちらをジトっと見ている気がする。

「ねえ。誰かいるの?」

「そんなわけないよ」

すると、今度は押入れからカタカタと音がする。

「ねえ。何の音?」


「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」


「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」


「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」

男は急いでヒサコを追い返すと、ダンボール箱から箱入り娘を取り出す。箱の中で暴れていたせいで、箱入り娘の膝は打ち身と擦り傷だらけになっている。その膝をこすりあわせ、いじけている。

「焼きもちを焼いてくれているのかい?」

男は箱入り娘を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫でる。

「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」

男が誓うと、「お願い」と手を合わせるように、箱入り娘は左右の膝頭をぎゅっと合わせる。それから膝をこすり合わせ、「来て」と言うように男を誘う。

「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」

「いいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、箱入り娘が男を促す。打ち身と擦り傷を避けて、男は箱入り娘の膝に、そっと頭を預ける。

「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」

「最低!」

男が飛び起きると、いつの間にかヒサコが戻って来ていた。玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせている。

「二股だったんだ……」

「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

男が思わず口走ると、「ひどい」と言うように箱入り娘の膝がわなわなと震えたが、男は遠ざかるヒサコの背中を見ていて、気づかなかった。

男は、ヒサコへの愛を誓うことにした。

「ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」

身勝手な言い草だと思いつつ、男は箱入り娘をダンボール箱に納め、捨てに行った。箱からは何の音もしなかった。その沈黙が男にはこたえた。自分がどうしようもない悪人に思えた。ゴミ捨て場に箱を置くと、振り返らず、走って帰った。

真夜中、雨が降ってきた。箱入り娘は今頃濡れそぼっているだろう。迎えに行かなくてはという気持ちと、行ってはならないと押しとどめる気持ちがせめぎ合う。男はヒサコの生身の膝枕のやわらかさを思い浮かべ、自分に言い聞かせた。

「箱入り娘のことは忘れよう。忘れるしかないんだ。ヒサコの膝が忘れさせてくれる」

眠れない夜が明けた。男が仕事に向かおうと玄関のドアを開けると、そこに見覚えのあるダンボール箱があった。狭い箱の中で膝をにじらせ、帰り着いたらしい。箱に血がにじんでいる。

「早く手当てしないと!」

男が箱から抱き上げると、箱入り娘の膝から滴り落ちた血が男のワイシャツを赤く染めた。

「大丈夫? しみてない? ごめんね」

箱入り娘の膝に消毒液を塗り、包帯を巻きながら、男は申し訳なさとともに愛おしさが募った。こんなに傷だらけになって男の元に戻って来てくれた箱入り娘を裏切れるわけがない。

そのときふと、男の頭に別な考えがよぎった。

「これもプログラミングなんじゃないか」

箱入り娘膝枕の行動パターンは、工場から出荷された時点でインストールされている。二股をかけられたとき、捨てられたときのいじらしい反応も、あらかじめ組み込まれているのだとしたら、人工知能に踊らされているだけではないのか。そう思うと、男はたちまち白け、箱入り娘がただのモノに見えてきた。

「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行こう」

これで最後だと男は箱入り娘の膝枕に頭を預けた。別れを予感しているのか、箱入り娘は身を強張らせている。箱入り娘の膝枕に頭を預けながら、男はヒサコの膝枕を思い浮かべる。所詮、作りものは生身には勝てないのだ。

「ダメヨ ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」

夢かうつつか、箱入り娘の声が聞こえた気がした。

翌朝、目を覚ました男は、異変に気づいた。

「あれ? どうしたんだ? 頭が持ち上がらない」

頭がとてつもなく重い。横になったまま起き上がれない。それもそのはず、男の頬は箱入り娘の膝枕に沈み込んだまま一体化していた。皮膚が溶けてくっついているらしく、どうやったって離れない。

「これじゃあまるで、こぶとりじいさんじゃないか」

男は保証書に記された製造元の電話番号にかけてみたが、呼び出し音が空しく鳴るばかりだった。

「なんだこれは? 商品をお買い上げのお客様へのご注意……?」

保証書の隅に肉眼で読めないほどの細かい字で注意書きが添えられていることに男は気づいた。

「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」

いよいよ起き上がれなくなった男の頭は、ますます箱入り娘の膝枕に沈み込む。かつて味わったことのない、吸いつくようなフィット感が男を包み込んでいた。

謎のメモ

ところで、発掘した「膝枕」のプロット原稿をワードからメモにコピーしてスマホで編集していたのだが、そのメモに謎の4行が入っていた。

あんたあげるわ 
棚からお菓子 
引き出しからおさがり 
あんたに似合うんちゃうか

昔書いた作品を掘り出して加筆することを喩えているつもりなのだろうか。まったく覚えがない。

その後Clubhouseで始まったオトナ朗読リレーについては、こちらのnoteに。


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脚本家・今井雅子(Clubhouse朗読 #膝枕リレー)

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