「世にも奇妙な物語」に選ばれなかった物語
そのクッキーを見るたび、ニマニマしている。
文庫本を開いたサイズの平たいクッキーに「HAPPY BIRTHDAY ひざまくらちゃん」とアイシングでメッセージが書かれている。
メッセージのまわりを色とりどりの花やハートやリボンや風船が音符が取り囲み、オレンジの風船には「3」、黄色の風船には「さい」の文字が躍る。
「ひざまくらちゃん3歳」のお祝いのクッキーだ。
3歳をお祝いして「なよたけでひざまくら」
「ひざまくらちゃん」とは短編小説「膝枕」に登場する箱入り娘膝枕のこと。
作品をnoteに公開したのが2021年5月30日。そのあくる日からclubhouseで朗読と二次創作のリレーが始まり、一日も途切れることなく誰かがclubhouseで「膝枕」とその派生作品を読みつなぎ、2024年5月31日に3周年を迎えた。
ひざまくらちゃんが3歳ということは、その母も3歳だ。
「膝枕」の作者、自称「枕の母」のわたし。
6月30日、厚木で開かれた「なよたけでひざまくら」という会の最後に出演者から手渡されたのが、3歳のお祝いクッキーだった。
3歳を迎えられたのは、「膝枕」を面白がり可愛がりつなげてくれた人たちのおかげだから、わたしが代表していただいたようなもの。みんなおめでとう、みんなありがとうのお祝いクッキーだ。
漢字で「膝枕」ではなく、ひらがなで「ひざまくら」なのも3歳感を醸しているが、イベント名は、すべてひらがなで「なよたけでひざまくら」。会場となった「ギャラリー喫茶なよたけ」からの名前を入れ込み、名づけられた。
「なよたけ」といえば「かぐや姫」だった
せっかくだからイベントで膝開き(初演)してもらえる新作外伝を書いてみようかと思い立った。
すでに「箱入り娘白雪姫」「メイド灰かぶり姫」といった名作膝入れシリーズがあり、それに連なる外伝として「白膝の湖」「更膝日記」「竹膝物語」とタイトルだけをメモしていた。
竹膝物語。
「なよたけと言えば、竹取物語に膝入れしようと思ってまして」とこまりさんに伝えると、「それ、間に合えばやりたいです!」と言ってもらい、書くことになった。
あらためて竹取物語の原文を当たり、驚いた。
「(名前を)なよ竹のかぐや姫とつけつ」
なんと、かぐや姫のフルネームは「なよ竹のかぐや姫」だった。
「なよたけ」の「竹」からの連想で「竹取物語」だったのだが、「なよたけといえばかぐや姫」だったのだ。ただの竹つながりだと思っていたら、ガッチリ結びついていて、あらびっくり。
知らなかったのは、わたしだけ⁉︎
この手のボケをわたしはよくやる。「わかってたんじゃないんですか?」と相手に驚かれる。
これまで人生の折々に何度も出会っている「竹取物語」。ラジオドラマに登場させたこともある。どこかで「なよ竹のかぐや姫」を見聞きしていてもおかしくないのだが、記憶から抜け落ちていたのだろうか。
新作外伝「なよ竹膝のかぐや姫」
「なよ竹」を辞書で引くと、「細くしなやかな竹」とある。
細く、しなやか。
箱入り娘膝枕の白い膝とイメージがつながるではないか。
まさに「なよたけのひざまくら」。
竹におさまっているかぐや姫は、「箱入り娘」。しかも、「膝」の中には「月」が入っている!
なんという偶然。いや必然。これはきっとウンメイナノ。箱入り娘膝枕は、かぐや姫だったのだ。
外伝のタイトルは「なよ竹膝のかぐや姫」にした。
5人の皇子への無理難題は世にも奇妙な膝枕を持って来させることにした。
かぐや姫が月に帰った後の番外編で「なよ竹膝のかぐや姫は膝枕カンパニーの社長が書いた竹取物語の二次創作」という設定を書き足した。新開発の「成長する膝枕」を竹取物語が生まれる前の時代の竹に埋め込めば、既成事実にできる。というかぐや姫もびっくりな無理難題を社長に突きつけられる熱量10割の男・新島。さあどうする⁉︎
「膝枕カンパニー」もその社長も新島も二次創作リレーのお遊びの中で生まれた。好き勝手に広がり続ける膝枕外伝のマクラダ・ファミリア。竹取物語への膝入れも一筋縄、いや一膝縄ではいかない。
ギャラリー喫茶「なよたけ」になじむ
「膝枕リレー3周年をリアルイベントでお祝いしたい」という中田こまりさんの膝愛が込められた「なよたけでひざまくら〜紙芝居と朗読とピアノで綴る物語〜」。
出演は中田こまりさん、宮村麻未さん、松本佳奈恵さん。
ピアニスト(piakneest)の山口三重子さん、ウッドベース奏者の田中喜之さんデュオによる生演奏つき。
会場の「なよたけ」では、ギャラリーの作品に混じって絵本『わにのだんす』と『子ぎつねヘレンの10のおくりもの』が飾られていた。前からここにいますよという顔をして、棚になじんでいた。
わたしだけでなく、この日初めて「なよたけ」を訪れた膝枕erたちも常連のようになじんでいた。
今年、浪曲膝枕を追いかけて、新しい会場と次々出会っているが、「膝枕」は人だけでなく場所とも出会わせてくれる。新しい会場、その会場のある町、そこへ向かう電車。「膝枕」のお披露目場所が目的地の小さな旅を楽しませてもらっている。
初めて降りた本厚木駅から「なよたけ」までの道も遠足気分でワクワクした。「222」(kneekneeknee)円均一のお店や「まくら」の幟を見つけてはしゃいでしまうのが膝枕er。
やっぱり生は良い!
「なよたけでひざまくら」は、13時からの1部と16時からの2部の2回公演。わたしは16時の部を聞かせてもらった。
2部は紙芝居版「膝枕」からスタート。
紙芝居師の中田こまりさんがこの日のために何十枚もの絵を描き下ろし、上演。絵がついたことで独り身の男のクズっぷりと身勝手さが強調され、「なんてひどい男なんだ!」とどんどん怒りが湧いた。
究極の愛の物語、あらため、究極のクズの物語、爆誕!!
みんなでワイワイ囲んで、同じところで笑ったり驚いたりできるのが紙芝居のいいところ。初めて「膝枕」に出会った方々にも、絵があることでとっつきやすかったと思う。
続いて、松本佳奈恵さんが自ら書かれた外伝「置き屋膝枕」を朗読。和服姿の膝枕たちが客を待つ置き屋。しっとりしていて、妖しくて、懐かしさと淋しさが混ざり合う。生演奏の「夕焼け小焼け」がとても効いていた。
中田こまりさん、松本佳奈恵さん、宮村麻未さんによる「なよ竹膝のかぐや姫」膝開き(初演)は、月を想うお話ということでCry for the moonの調べに乗せて。piakneest山口三重子さんらしい選曲。かぐや姫の揺れる想いや竹取の翁夫婦の切ない親心が仄かな月明かりのように伝わり、染みた。
かぐや姫がトリかと思いきや、まさかのワニ。
ワニ化が止まらないマミワニこと宮村麻未さんが「わにのだんす」を朗読、いや、実演、ワニ演。2部は膝枕er率高めで、野次ワニの声も威勢が良い。
「いいぞ!」「もっとやれ!」「ワニワニ!」
初ワニのお客さんたちも巻き込んで、盛り上がる野次ワニ。この楽しさはリアルならでは。
マミワニのピンクの浴衣と緑の帯が絵本の帯とワニとカラーコーディネイトされていたのも、ワニダフル。
金持ちより人持ち
ひざの余韻を一気に上書きした、わに。
ひざとわにには切っても切れない縁がある。
「わにのだんす」が膝枕erに知られることになったのは、膝枕リレー1年目のある日の膝枕ルーム。朗読された方つながりで聴きにいらしていた金沢の方が乾燥タイムにスピーカーに上がり、「もしかして、『わにのだんす』の今井雅子さん?」。ダウン症のお子さんたちに読み聞かせしていて、大人気なんですと言われ、そのルームにいた膝枕erたちが次々と絵本を手元に迎え、clubhouseで朗読を始め、わにの輪が広がっていった。
「わにのだんす」の絵本にサインを求められると、
「金持ちより人持ち」
と書くようにしている。
この言葉通りのことが膝枕リレーで起きている。
わたしが「なよたけ」に到着したとき、1部で読まれた「おばあちゃんの膝枕」の作者、若井尚子さんが帰るところで、店の前で鉢合わせたのだが、「すごく良くて、感激しました!」と尚子さんの声が弾んでいた。
「おばあちゃんの膝枕」はかなり初期に生まれた外伝で、膝枕の懐をぐいと広げてくれた作品でもある。膝枕が持つノスタルジーと温かみ、膝に頭を預ける安らぎの奥深さ。遠い記憶を呼び覚まし、膝枕というサンクチュアリを心の奥底で求めていることに気づかされる。朗読で膨らませ甲斐があり、とくに対面で会場の空気と共に味わいたい作品だ。
膝枕リレーの参加者で元々顔見知りだった数人の一人が尚子さん。あとの160名以上は膝枕リレーで先に出会い、後から対面で会えたりまだ会えてなかったり。膝枕リレーのおかげで相当な「人持ち」になれたし、一人一人の持っている宝物も掘り起こされたり磨かれたりしていくのも楽しい。
選ばれなかったから遊んでもらえた
竹色ということで緑のワンピースを着て行ったわたし。
わに色、でもあった。
会の最後に前に呼んでもらい、「ひざまくらちゃん3歳」のお祝いクッキーを贈呈され、一言ご挨拶をと言っていただいた。
「世にも奇妙な物語」の企画競合に出して、採用されなかった没プロットを朗読用に膨らませたのが「膝枕」。選ばれなかったから、こうして遊んでもらえて幸せという話をした。
少し前に、「膝枕」のプロットを提出した先の制作会社のプロデューサーとのメールのやり取りを振り返っていた。そのプロデューサーからフジテレビのプロデューサーに「膝枕」のプロットを上げてもらっていたのだが、採用に至らなかったという連絡があり、わたしが出したメールがこちら。
「けっこう面白くなりそうと思うのですが反応ないのですね~。残念」
未練たっぷりだが、その後、他のところに提案することもなく14年間ほったらかしにしていた。受信箱からファイルを掘り出して、磨き直して、こんなの書いたんですけどどうですかとnoteに上げたら、ちょっとずつ人が集まって、遊んでくれ、100日を超え、1000日を超え、今に至っている。
膝枕リレーが始まってしばらくした頃、「落語のようになりたい」と思ったのが、願った以上に叶っている。
けっこう面白くなった。
わたしが思っていなかったカタチで。
コピーライターの阿部広太郎さんが去年出された「あの日選ばれなかった君へ」という本があるのだが(こちらのnoteで「はじめに」を全文公開しているのでぜひ)、選ばれなかったことで始まる物語がある。
「選ばれなかった」というのは、「その相手とは縁がなかった」というだけなのだ。
「世にも奇妙な物語」に採用されなかった「膝枕」は、別な人たちに見つけられた。別な道がひらけた。行ってみたら、面白いことが待っていた。テレビで放送されていたら、人形劇になったり、焼きものになったり、琵琶語りになったり、浪曲になったり、LINEスタンプになったり、紙芝居になったりしなかっただろう。3歳のお祝いにクッキーを焼いてもらうこともなかっただろう。
押入れの隅に押し込まれた箱入り娘膝枕をなぞり、食器棚の奥にクッキーの箱を納め、若井尚子さんにいただいたお花を活けた膝枕カップ(ヒザーポッター檀上尚亮さん作)と一緒に飾ってみた。
ニヤニヤが止まらない眺めだ。
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。