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楓 作 「置き屋膝枕」

今井雅子先生の作品「膝枕」の外伝を
書かせていただきました。
ご覧いただきありがとうございます。

今井雅子先生の「膝枕」も合わせて
ご覧ください。

今井雅子先生の正調膝枕と
その派生作品はこちら

楓 作 「置き屋膝枕」

私は子供の頃、温泉街に住んでいた。

温泉通りから一本入ったところに
家はあった。
そして、家の裏には置き屋があった。

温泉通り沿いの酒屋の中を通らせてもらうと
家への近道だった。
トイレに行きたくなると「すみません!
通らせてください」と声をかけ店の中へ入る。

酒屋の裏庭には古い屋敷があり
ランドセルを下げた私は
窓から中を覗いてみた。

すると、部屋の中には
腰から下の、膝の形をした
枕が沢山並んでいた。

奇妙な光景だった。

着物を着ている膝枕が並んでいる。
ひな祭りのようだ。


たまには近所の友達を誘い、一緒に中を
覗いたりした。

「あれなんだろうね?」と言いながら
眺めていたが、すぐ飽きてそんなことも
すっかり忘れ、セミ取りをしたり、バトミントンをして楽しんだ。


温泉街なので、夜は寝ていると賑やかな声が
聞こえてくる。

お客さんの笑い声や、スナックからの歌声で
眠れない夜も多かった。

酒屋の裏の家は、置き屋というらしい。

両親が友達と家飲みをしている時に
そんな話が聞こえて来た。

(ふぅーん 置き屋って言うんだ)

置き屋って何だろう…と思いながら
気になると覗きに行った。

部屋の中には
おかみさんと呼ばれている人がいる。
膝枕の管理をしているようだ。
たまに男の人が訪ねてくる。

その男の人たちは、膝枕をじーっと見ている。
品定めをしているのか?
そのうち、膝枕に頭を乗せて寝転がっている。

「これ、もらうよ」とおかみさんに言って
膝枕を持って帰る人もいれば
「また来る…」と言って、帰っていく人もいる。

膝枕を持って帰る。
家に帰る人もいたが、温泉街なので泊まっている旅館へと運ぶ人を見かけた。
何をするんだろう?何に使うんだろう?
寝転がるのかなあ?

連れて行かれたままの膝枕もいれば、翌朝には帰って来ている膝枕もいた。

お客さんが居ない時間は、窓際に並べて
日向ぼっこをしてるようだ。

膝枕たちは、何を考えているんだろう?


今日は晴れていた。
学校から帰って、ランドセルを置いて
近所の友達の家で、遊ぶことになった。

その頃は、コックリさんやエンゼルさんが
流行っていて、今日もやろう!という話に
なり、今日は何聞いてみる?と言ったら
「あの置き屋の"膝枕"のことに
ついて聞いてみようよ!」ということに
なった。

早速、窓を少し開けて
エンゼルさんに来てもらう準備が整った。

今日は3人でえんぴつを握り

「エンゼルさん、エンゼルさん
置き屋の膝枕は、何に使う物なのですか?」
と聞いてみた。

エンゼルさんは、何と答えるのだろう??
ワクワクしながらえんぴつが走る
五十音を見ていたが、エンゼルさんは
考えが決まらないのか?ぐるぐるしたまま
はっきりした言葉を選ばない。

聞き方が悪いのか?

「男の人が使うのですか?」
と今度は質問内容を変えてみた。

は  


"は"  と "い" のところを
ぐるぐる回っていた。

やっぱりエンゼルさん来てるね!!
みんなニコニコしている。

でも、やっぱりさっきの「置き屋の膝枕は何に
使うのですか?」という質問には
答えてくれない。


カン カンカン カンカンカンカン♪
カンカン カンカンカーン

夕焼け小焼けの鐘が鳴っている。

5時だ!!

みんなで、エンゼルさんにお礼を言って
終わりにした。


結局何に使うのか?
子供の私達には分からなかった。


そのあと、中学生になった私は
父の転勤で引越した。

あの膝枕たちは、どうしているのだろう。

たまに思い出しては、いつのまにか忘れる。


あれから40年。
私は結婚もして子供達も巣立った。
やっとひとりで旅行に行けるようになった。

自由に動けるようになったら
あの街へ行ってみたいと思っていた。

羽田から飛行機に乗り、博多から特急電車に乗り換え…目的地に着いた。

駅が二階建てになり綺麗になっていた。
駅前のバスセンターは無くなり、街は閑散としている。

思い出を辿りながら、温泉街へと向かう。
「あ、三角山だ」
登ってみたい衝動を抑え、今日は時間が
ないので諦めた。

あの山には、口裂け女が出るって
噂になったっけ。

しかしあんなに昼夜問わず賑やかだった街は
どこへ行ったのだろう?

どこを歩いても、人通りが少ない。

温泉通りに着いても、浴衣を来た観光客が
お土産やを覗いてる姿もない。
そもそもお土産やが無くなっている。

デパートと呼んでいた店もなく
大好きだったレストランも名前を変えていた。
沢山店が立ち並んでいたのに…

恐る恐る、酒屋を探してみたが
酒屋も無い、更地になっていた。

裏手に回って、昔住んでいた家へと続く
路地へと入って行く。

ところどころ、家が無くなっている。
あの角を曲がると突き当たりに…

家は、まだあった。
驚いたことに当時のままだった。
5歳の時に住み始めた時も、既に古い家
だったのに。

トイレの場所が変わっていたが
あとは何も変わっていないように見える。
人も住んでいるようだ。

裏庭に行ってみた。

あの置き屋は、無くなっている。
ただの草むらになっていた。

そいえば、この階段を上がったところに
家があったが、まだあるのだろうか?
少しだけ草をかき分けて上がってみたが
塀の中に家は無かった。
ガラクタだけが積み上げられていた。

「あ!」

ボロボロになった膝枕が端っこだけ見えて
いる。

あった!形はボロボロだが
何台か積み重なっていた。

残された膝枕だろうか?
40年間のいつの日から、ここに捨てられているのだろう。

この、濡れたり汚れたりした膝枕を見て
物悲しくなった。

街も変わり、人も変わり
この置き屋にいた膝枕たちは
どんな風に過ごしていたのだろう。
置き屋はいつ無くなったのだろう?

わからないだろうな…とは思いつつ
Googleで検索してみる。

温泉街、置き屋。

すると、blogを書いてる人のページが
ヒットした。

この温泉街の昔を書いてくれてる。

その人の記事によると
置き屋は私が引越したあとに老朽化により
建物が取り壊しになってしまったようだ。

ところが、すぐ近所に新しい建物を建てて
名前もリニューアルし
「黄金の扉」というお店をオープンしている。
お店が繁盛し「アリス」という2号店も
オープン!

歩いて1分のところにその建物はあった。

「あ、ここだ」

ここか…ここにあの膝枕達がいるんだ。

看板には

"リニューアルオープン"
"若い膝枕揃っています"

と書いてある。

まだ新しい膝を入れてるんだ。
地元の人が来るのかな?
温泉街に来た観光客が来るのかな?

きっと、今は着物じゃなくて
白いレースのスカートを履いた
膝枕が並んでいるのだろうか…。

まだあって嬉しいような、複雑な気持ち。

カンカンカン…カンカンカンカン…

「夕焼け小焼けの鐘が鳴ってる。そこは昔から変わらないんだ」

夕暮れの、人通りのない温泉街を歩きながら
私はゆっくり駅へと向かった。




拙い文章を最後までお読みいただき
ありがとうございました。
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17時を知らせる鐘の音楽。
私の田舎では「遠き山に日は落ちて」が
流れています。

読まれる際はお好きな鐘の音楽でどうぞ。

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