エゴサでは満たされない─箱入り娘白雪姫
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エゴサでは満たされない─箱入り娘白雪姫

歩いているときに、ふっと何かを思いつくことが多い。たいていボーッとしているからだ。ボーッとして、ゆるんで、できた隙間にアイデアがポコっと顔を出す。

11月13日いいヒザの日「膝祭り」(プログラムはこちら。第二部追っかけ再生はこちら)が近づくある日、散歩の途中で「ヴァージンスノー膝って白雪。箱入り娘膝枕は、まさに白雪姫では」と気づき、「白雪姫」を下敷きにした外伝を思いついた。

となると、妃はヒサコだ。

ヒサコをどう描こうかと考えたとき、ひらめいた。

「鏡よ鏡。あれは元祖エゴサーチでは⁉︎」

自分が一番であることを確かめることにとらわれた哀しい女、ヒサコ。

一方、人工知能を搭載した膝枕の白雪姫は「幸せ」をどうとらえているのだろう。それは、ヒサコとの関係でどう変化するのだろう。

「幸せとは」「満たされるとは」を問いかける外伝にできるかも、と書いてみた。

オリジナルの正調「膝枕」はこちら。その他の派生作品も含めたマガジンはこちら

今井雅子作「箱入り娘白雪姫」

休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定もとくになかった、とある国の王に荷物が届いた。

箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。

「枕」

王の声が喜びに打ち震えた。

届いたのは「膝枕」だった。裾がレースになった白のスカートから雪のように白い膝が顔をのぞかせている。

王はお姫様抱っこの格好で箱入り娘膝枕を箱から抱き上げると、この日のためにあつらえた絨毯に、そっと下ろした。

「誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の箱入り娘。君を白雪姫と呼ぼう」

膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。ご主人様を喜ばせるよう、プログラムを組み込まれているのだ。

「可愛い。もう我慢できない!」

マシュマロのようにふんわりと王の頭が白雪姫の膝に受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。

この膝があれば、もう何もいらない。

王は白雪姫の膝枕に溺れた。

ある日、城で開かれた舞踏会で、主催者でありながらいつものように王が誰にも相手にされず、壁際の猫足ベンチで酒を飲んでいると、ヒサコという女が隣に腰を下ろし、色っぽい視線を投げかけてきた。王の目は、裾の短いドレスから見え隠れする美魔女膝に釘づけだ。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこんだ瞬間、王は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。

しめしめと思いながら、ヒサコは王の上にトドメの一言を降らせた。

「好きになっちゃったみたい」

王は、ヒサコを妃に迎えることにした。

ヒサコは不思議な鏡を持っていた。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰の膝?」

ヒサコが鏡にそうたずねると、鏡は決まってこう答える。

「この世で一番美しいのは、ヒサコ様の美魔女膝でございます」

王の元に嫁いでからも、ヒサコはいつもと同じ問いを鏡に投げかけた。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰の膝?」
「この世で一番美しいのは、ヒサコ様の美魔女膝でございます」

いつもと同じように鏡が答え、ヒサコは安心したが、「ただし、人間の中では」と鏡がつけ足した。

「人間の中で? どういうこと?」
「おそれながら、この世で一番美しいのは、箱入り娘白雪姫のヴァージンスノー膝でございます」
「白雪姫ですって? その娘は、どこにいるの?」

ヒサコが鏡をつかんで問い詰めると、鏡は震えながら答えた。

「このお城の中に」

王が白雪姫に頭を預けているところに、ヒサコが乗り込んできた。

「最低!」

王が飛び起きると、ヒサコが形のいい唇をふるわせていた。

「二股だったのね」
「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

王が思わず口走ると、「ひどい」と言うように白雪姫の膝がわなわなと震えたが、王はヒサコの怒りを鎮めることに必死で、気づかなかった。

ヒサコへの愛を誓うことにした王は、白雪姫を箱に納め、城の外に放り出した。箱の中で、白雪姫はじっとしていた。ご主人様の罪悪感を募らせるには、沈黙が金であるとプログラミングされているのだ。

真夜中、城の前を通りかかった狩人は、わが目を疑った。オーブンレンジでも入っていそうな大きさの箱がジリ、ジリ、と城に向かって動いている。箱を開けて、今度は腰を抜かした。なんと、女の腰から下がおさまっている。箱の中で膝をにじらせ、城へ向かっているらしい。

「帰りたいのか?」と狩人が問うと、すり傷だらけの膝頭がうなずいた。

「よし、俺が届けてやるよ」

運の悪いことに、応対したのは王ではなくヒサコだった。

「白雪姫を二度と戻って来れない遠くへ捨ててきてちょうだい。そうね。山の向こうの森の奥に連れて行って、崖から突き落とすのがいいわ」

ヒサコは冷たい声で狩人に命じ、こうつけ加えた。

「念のために、白雪姫の白いスカートをはぎ取って持ち帰るように」

たとえ崖から落とされた白雪姫の体がまだ動いたとしても、太ももがあらわな姿では、恥ずかしさのあまり、どこへも行けないだろう。なにせ箱入り娘なのだから。ヒサコはそう考えた。膝は白いが、腹はどこまでも黒いのである。

狩人は白雪姫の入った箱を抱えて山を越えると、その向こうの森の奥に、そっと箱を置いた。

「幸せになるんだぞ、箱入り娘白雪姫」

そう言い残すと、狩人は振り返らず、来た道を戻った。

三日経って、狩人は城を訪ね、「白雪姫を崖から突き落としました」とヒサコに報告した。白雪姫がはいていたものと同じ白いスカートをネット通販で買い求め、それが届くまでに時間がかかったのだが、「そんなに遠くまで行ってくれたのね」とヒサコはおめでたい勘違いをした。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰の膝?」
「この世で一番美しいのは、ヒサコ様の美魔女膝でございます」

ヒサコの膝が一番に返り咲いたのは、実は白雪姫の膝が傷だらけになったからだったが、白雪姫が亡き者になったのだとヒサコは確信し、満足した。

一方、日が暮れた森の奥では、置き去りにされた箱の中で、白雪姫が狩人の言葉を思い起こしていた。

「幸せになるんだぞ」と狩人は言った。「幸せになる」。その言葉を白雪姫は知らなかった。ご主人様を「幸せにする」ことはプログラムに組み込まれているが、「幸せになる」というのはどういうことなのだろう。

《オ城ニ 戻ラナクテハ。ゴ主人様ヲ 幸セニスルタメニ 私ハ 生マレテキタノダカラ》

白雪姫は膝に内蔵されたナビで城の方角を確認すると、箱の中で膝をにじらせ、城を目指した。

そこに、仕事を終えた七人の小人が通りかかり、ギョッと足を止めた。

「なんだなんだ、箱が動いているぞ」
「箱が生きているのか!」
「中に生きものが入っているのかもしれない」
「子犬か? 子猫か?」
「中を見てみよう」
「気をつけろ。噛みつかれるかもしれないぞ」
「そうっと開けよう。一、二の三」

七人の小人は口々に言いながら箱を開けた。七つのろうそくを箱の中へ向けると、白雪姫の白い膝が照らし出された。

「うわあああ、膝だ!」
「本当だ! 膝だ!」
「可愛い膝だ!」
「でも、傷だらけじゃないか」
「ほんとだ、膝から血が出てる」
「早く手当てしないと」
「うちに連れて帰ろう!」

七人の小人は、ろうそくを掲げていないほうの七本の手で箱を捧げ持ち、家に持ち帰った。箱から取り出した膝枕の血をぬぐい、消毒薬をつけ、手当を終えると、しみじみと膝を見た。

「なんて可愛い膝だ」
「雪みたいに真っ白だ」
「ヴァージンスノー膝だ」
「白雪姫と呼ぼう」
「白雪姫。いい名前だ」
「白雪姫。ぴったりな名前だ」
「いいね。白雪姫と七人の小人」

白雪姫は両足を微妙に内側に向け、恥じらった。

七人の小人が暮らす小さな小屋の中は、何もかもが小さかった。小さな食卓の上には七枚の小さなお皿。それぞれのお皿には小さなスプーンとナイフとフォーク。そして七つのカップ。壁際には雪のように白いベッドカバーでおおわれた、七つの小さなベッド。白雪姫は、腰から下しかないわが身が、大きくなった気がした。

「好きなだけここにいていいよ」と七人の小人は言った。どこも行くところがない白雪姫は、膝をうやうやしく下に傾けて、礼を伝えた。そして、ご主人様を「王」から「七人の小人」に登録し直した。

白雪姫には家事機能がなく、できることといえば膝を貸すことだけだったが、小人たちは何も求めなかった。白雪姫がいてくれたら、それだけで幸せなのだと言った。朝目が覚めて白雪姫がいたら幸せ。仕事を終えて家に帰ったときに白雪姫がいたら幸せ。

小人たちの言葉に白雪姫は膝がじんわり温かくなる。これが幸せというものの温度なのだろうかと白雪姫はあらかじめインストールされた知識をアップデートする。

城では、ヒサコが王の頭を膝で受け止めながら、うんざりしていた。白雪姫を追いやってから、王は来る日も来る日もヒサコの膝を求めた。王の頭は重い。そして、臭い。加齢臭というやつだ。王に膝を貸すたび、ヒサコは膝の美貌と活力が吸い取られるような気がする。この苦行を、これまでは白雪姫と分担していたのだ。

百三十五分かけて膝にマッサージとパックをしながら、ヒサコは対策を考える。代わりを務めてくれる膝枕を買い求める手も考えたが、まずは王の頭の「重い・臭い・不愉快」問題を何とかしなくては。

ヒサコは王をスポーツジムとエステに送り込んだ。汗のしみ込んだ着ぐるみを脱ぐように、王はスリムになり、加齢臭の代わりに色気を漂わせるようになった。

王に初めてのモテ期が到来した。舞踏会では近隣の国々のやんごとなき女たちが王を誘惑し、逢瀬を楽しんだ。王は膝だけの関係で決してその先には進まない「紳士」なので後腐れがない、というのも人気の秘密だった。

王の浮気にヒサコは寛容だった。美魔女膝を守るために皆で王の頭を分かち合っているのだと思えば、おおらかになれた。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰の膝?」
「この世で一番美しいのは、ヒサコ様の美魔女膝でございます」

一日に何度もヒサコは同じことを鏡に問い、同じ答えを聞いて安心する。いや、答えが変わらぬことを確かめないと、不安に駆られるのだ。

だが、ある日、いつもの答えの後で鏡が続けた。

「ただし、私の目が届く中では」
「どういうこと?」
「山の向こうの七人の小人と住んでいる白雪姫のヴァージンスノー膝はもっと美しい」

ヒサコは狩人に騙されていたことに気づいた。狩人が持ち帰った白いスカートはネット通販で千三百五十円で売られていた。

「あんな小娘の膝に一番の座を渡してなるものか!」 

ヒサコは毒リンゴを準備すると、白雪姫に正体がわからないよう物売りのおばあさんに身をやつして、山の向こうの七人の小人の家へ向かった。

「こんにちは。もっと美しくなれるりんごは、いかが?」

おばあさんの声を作り、ヒサコはドアの外から白雪姫に呼びかけた。だが、ドアは開かない。

「これ以上美しくなる必要はないってこと? はー! なんと生意気な!」

ヒサコは心の中で毒づくと、気を取り直して、おばあさんの声を作った。

「それなら、もっと幸せになれるりんごは、いかが?」

やはり、ドアは開かない。

「なんと欲のない娘だ」とヒサコはブツブツ言ってから、またおばあさんの声を作った。

「それなら、七人の小人がもっと幸せになれるりんごは、いかが」

ようやくドアが開き、白雪姫が顔を、いや、膝を出した。

物売りのおばあさんがヒサコだとは知らない白雪姫は、毒入りとは知らずに差し出されたリンゴをインストールした。すると、工場から出荷されたときに組み込まれた人工知能のプログラムはすべて消えてしまった。

白雪姫が動かなくなっているのを見つけた七人の小人は、十三日の間、泣いて暮らした。それからガラスの棺に白雪姫をおさめると、その棺を見晴らしの良い山の上に運んだ。

そこに、白馬に乗った王子が通りかかった。マメな王子は、棺の中の美しい白雪姫を見て、台座に金の文字で記された「箱入り娘白雪姫」を読み上げた。

「は・こ・い・り・む・す・め・し・ら・ゆ・き・ひ・め。十三文字だ!」

王子の声が喜びに打ち震えた。

マメな王子は、世界中からまめまめしく集めた膝物語をよく響く声で白雪姫に語り聞かせた。すると、白雪姫の膝がかすかに震えた。笑っているのだ。

「僕の話、面白い?」と王子が言った。

拍手をするように、白雪姫の膝がパチパチと合わさった。

「白雪姫が生き返った!」

七人の小人は抱き合って喜んだ。

膝枕との結婚を国中から反対されたマメな王子は、白雪姫と駆け落ちし、七人の小人と一緒に山へ石を掘りに行く暮らしを始めた。白雪姫もついて行く。真っ白だった膝は、こんがり日焼けして小麦色になった。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰の膝?」
「この世で一番美しいのは、ヒサコ様の美魔女膝でございます」
「白雪姫のヴァージンスノー膝ではないのね?」
「はい。白雪姫様は息を吹き返しましたが、もはやヴァージンスノー膝ではありません」

ヒサコは、やっと求めていたものを手に入れた。だが、ヒサコは空っぽだった。世界で一番美しい膝を持っていても、ヒサコは誰にも愛されていなかった。

「もう鏡を見るのはおよしよ」

優しい声とともに部屋に入って来た男が、鏡をそっと裏返し、壁に向けた。ヒサコの知らない男だ。

「誰?」
「夫の顔を忘れたのかい?」

しばらく膝を貸さない間に、王はいっそう垢抜けて、クラクラするようなイケオジになっていた。

ヒサコが驚いて、膝から崩れ落ちると、王が頭を預けてきた。ほど良い重みと温もり。シャンプーの香り。やわらかな髪。そして、王にすべてをゆだねられる喜び。

「やっぱり君の膝が一番だよ」

そうなのだとヒサコはようやく気づく。

この世で一番でなくていい。この人の一番であればいい。私が欲しかったのは、たった一人の誰かに必要とされること。

頬にぽたぽたとこぼれ落ちる滴で、王はヒサコの涙に気づいた。王がヒサコを見上げ、二人の視線が絡み合う。ヒサコの形のいい唇がゆっくりと王に近づく。

「ヒサコ様、きっと今、これまでで一番お美しく、お幸せでいらっしゃることでしょう」

壁を向いたままの鏡は、喜びに肩を震わせ、そっとつぶやいた。

(The happy end)

オマケの王子と白雪姫

【オマケ】マメな王子のモデル、膝マメのコバこと小羽勝也さん(膝番号13)。マメコバにあて書きした「膝枕─マメな男」原稿はこちら

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【オマケその2】Eテレ昔話法廷「白雪姫」裁判

実はネットでいつでも見られる昔話法廷。「白雪姫」が登場する脚本では、ほかにNHK FM 青春アドベンチャーで放送された「アクアリウムの夜」の劇中劇を「英語で白雪姫」という設定で書きました。「箱入り娘白雪姫」は白雪姫シリーズ3作目⁉︎

雪見だいふくの日に膝開き

note公開の翌日11/18(木)、われらが「朗読王」「膝開き王」徳田祐介さん(膝番号2)が朗読練習王国にて膝開き。たまたま「雪見だいふくの日」でもあり、白雪姫のお披露目にはピッタリ。

ヒサコの屈託、冴えない王のイケオジへの変身、七人の小人の早変わりなど、聴きどころたっぷり。広場に集まった民衆は歓喜した。





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脚本家・今井雅子(Clubhouse朗読 #膝枕リレー)

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。

ありがとうございます。故郷堺のハニワ課長ぬりえをどうぞ。ドキドキ❤︎
🎤5.31から「膝枕」朗読&創作リレー中✏︎saita連載小説「漂うわたし」✏︎脚本「失恋めし」「ミヤコが京都にやって来た!」「おじゃる丸」「昔話法廷」「嘘八百」シリーズ ✏︎オーディション発「私じゃダメですか?」脚本公開🖥https://lit.link/masakoimai