見出し画像

月を想う膝─「なよ竹膝のかぐや姫」

こちらのnoteで公開している作品は、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている短編小説「膝枕」の派生作品です。

2024年6月24日、「なよたけでひざまくら」会で膝開き(初演)できるよう書き下ろし、上演後にnoteを公開しました。

今井雅子作「膝枕」外伝「なよ竹膝のかぐや姫」

今は昔、竹取のおきなというおのこがいた。野山に分け入って竹を取るのを生業なりわいにしていた。一日の仕事を終え、妻に膝枕をされるのが翁の楽しみだった。

ある日、いつもの山で翁は根元が光り輝く竹を見つけた。不思議に思って竹を取ると、翁は思わず叫んだ。

「枕!」

竹の中に三寸ほどの膝枕が納められていた。白雪を思わせる真っ白なふたつの膝が小さく震えている。翁には産ぶ声をあげているように見えた。

「これは天からの授かりものに違いない」

翁は小さな膝枕を両手でそっと包むと、家に連れて帰った。かがやく玉のようなふたつの膝頭に妻は目を細めた。翁と妻は、なよ竹から生まれた膝枕を「かぐや姫」と名づけた。

翁は竹で箱をこしらえ、その中にかぐや姫をおさめた。可愛いな、可愛いなと翁と妻は箱をのぞき込み、かぐや姫を愛でた。

箱入り娘のかぐや姫は、すくすくと大きくなった。箱が狭くなると、翁はひと回り大きな箱をこしらえた。箪笥たんすや机もこしらえ、手の込んだ彫刻を施した。かぐや姫のためならなんでもしてやりたかった。腕を上げた竹取の翁は、立派な家具屋の翁となった。

世にも美しい「なよ竹膝のかぐや姫」の評判は国じゅうに知れ渡った。白雪のように白く、なよ竹のようになめらかな膝を見た者は、天にも昇る夢心地になると噂された。

箱入り娘のかぐや姫の婿になりたい、と五人のおのこが名乗りを上げた。かぐや姫はそれぞれに「あるもの」を持ってくるようにと注文を出した。

一人目の男には「インドにある世界に一つしかない石で作った『石の上にも三年膝枕』」を。

二人目の男には「銀の根と金の茎と白玉の実をつけた『きんぎんたまたま膝枕』」を。

三人目の男には「つきたての餅のような『もちもちぽっちゃり膝枕』」を。

四人目の男には「まどろみの中で幼き日の夢を見る『母上の耳かき膝枕』」を。

五人目の男には「馬のたてがみのような脛の毛に癒される『父上のあぐら膝枕』」を。

五人の婿候補は、ほうぼうをかけずり回ったが、一人として、かぐや姫が求める膝枕を手に入れることはできなかった。それもそのはず、どの膝枕も、かぐや姫の頭の中にしか存在しないものだった。

噂を聞きつけたみかどもまた、かぐや姫に熱を上げたが、かぐや姫はつれない。「お手紙なら」というので、文のやりとりが始まった。

かぐや姫からの手紙は「ありがとうございまひざ」の一言だけで、ほとんど余白だった。紙の白さは膝の白さなのだと帝は思った。おめでたい人なのである。

やがて、かぐや姫は月を見ては膝をふるわせるようになった。泣いているのである。竹取の翁が理由を尋ねると、「私は月の都の者で、もうすぐあちらへ帰らなくてはならないのです」とかぐや姫は打ち明け、うるむ膝で月を見上げた。

にわかには信じられなかったが、なるほど、「膝」という文字の中には「月」が隠れている。

わが子のように慈しみ育ててきたかぐや姫との別れを思うと、竹取の翁と妻は悲しみのあまり湯水も喉を通らなくなってしまった。  

ついに、そのときが来ると、夜とは思えないまばゆい光が翁の家を照らした。空飛ぶ車から迎えの者たちが降り立ち、「膝枕の罪が消えたのでお迎えに参りました」と告げた。

そこに駆けつけた帝は「我はまだ膝枕をしてもらっておらぬのに許さぬ!」と迎えの者たちを追い返そうとしたが、かぐや姫が吸い込まれるように乗り込むと、空飛ぶ車は天高く、月をめがけて昇って行った。

育ててもらったお礼にと、かぐや姫は竹の灰でこしらえた不老不死の薬を置いて行った。竹取の翁と妻は歳を取らなくなった。

置き土産の薬を飲むにつけ、月を見るにつけ、竹取の翁と妻はかぐや姫を思い出した。かぐや姫が暮らした箱を並べ、そのとき、そのときの大きさの箱におさまっていたかぐや姫を思い起こしては、笑ったり涙ぐんだりした。

こちらからは遥か彼方で白く光る月が見えるが、あちらにいるかぐや姫からこちらは暗くて見えないだろう。それでもかぐや姫が元気でいてくれることを願い、竹取の翁と妻は月に向かって手を振るのだった。

    ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎       

月が満ちる夜には、かぐや姫を想い、竹でこしらえた膝枕を川に流した。流し雛ならぬ流し膝である。

川を下った膝枕は海に出て、浜に流れ着き、膝を拾って売り歩く者たちが現れた。これが「膝屋」の商いの始まりである。

時は流れ、一向に歳を取らない竹取の翁は、徳川様の将軍に竹の膝枕をたてまつった。それが何者かに盗み出され、海をさすらい、久五郎という名の膝屋に拾われることになったのは、また後の日の話である。

    ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎      ✴︎       

新島「社長! すごいです! 今朝からコールセンターの電話が鳴り止まないんですが、竹取物語の元祖みたいな話が発見されたそうです! なんと、かぐや姫は膝枕だったそうです! 竹から生まれた、なよ竹膝のかぐや姫!」
社長「新島君、それ俺だから」
新島「それオレと申しますと? ええっ、まさか、社長がかぐや姫だったんですか?」
社長「なんでそうなるの?」
新島「すみません。興奮してまして、つい。ということは、竹取の翁が社長⁉︎  確かに社長はわたくし新島が入社したときからまったく歳を取られていません。それに奥様は永遠の美魔女……かぐや姫の置き土産の不老不死の薬の力だったんですね!」
社長「いや、竹取の翁が俺なんじゃなくて、その話を書いたのが俺」
新島「その話とおっしゃいますと?」
社長「なよ竹膝のかぐや姫」
新島「その話が竹取物語のルーツ。ということは、やはり、社長はその時代から生き続けていることになりませんか?」
社長「そこの時系列が違うんだよ。なよ竹膝のかぐや姫の話を書いたの、今年だから。っていうか今月」
新島「おかしいです。ニュースでは、千年前の地層から発見されたって言ってました」
社長「だから、俺が埋めたんだよ。千年前の地層に。そしたら本物だ、大発見だって考古学者やら国文学者やらがお墨付きつけちゃって。ネットニュースになってバズっちゃって」
新島「つまりフェイクニュースってことですか?」
社長「一部事実と異なる点があるのは確かだ」
新島「ほぼ全部、事実と異なってませんか?」
社長「竹から生まれた膝枕が成長するのは事実だよ。うちの会社の新技術、人工成長ホルモン内蔵膝枕。略して、成長膝枕」
新島「真実は膝に宿る、ですね。あ、確かに、その問い合わせがジャンジャン来てます。膝枕って育てられるんですかって」
社長「そうなんだよ新島君。いい宣伝になってるよねこれ? ニーズあるよね? チャンスだよね?」
新島「はい、問い合わせも取材も殺到してます!」
社長「じゃあ訂正しないほうがいっか。でも、膝枕カンパニーの社長がフェイクニュース流しちゃ、まずいかな」
新島「そうですね。膝枕カンパニーは箱入り娘のヴァージンスノー膝のように純白、潔白であって欲しいです」
社長「だよな。だったら、事実にしちゃおう」
新島「え?」
社長「新島君、ちょっと千年前まで行ってもらえる?」
新島「は?」
社長「新島君、千年前まで行ってさ、適当な竹に仕込んできてよ、成長膝枕」
新島「『ちょっと千日前まで行ってもらえる?』みたいな軽さで、千年前への出張を命じないでください」
社長「竹に膝枕を仕込んで、竹取の翁に見つけさせて欲しいんだよ。そしたら既成事実になるから」
新島「竹取の翁、どこにいるんですか?」
社長「どこかの山のどこか」
新島「それヒントなさすぎです。だいたい、千年前に飛ぶの、無理でしょう?」
社長「売り込みがあってさ。月のうさぎプロジェクトって知ってる?」
新島「存じません」
社長「月にうさぎがいるってのをアート作品でやったアーティスト、知らない? 人工知能内蔵のうさぎを月に置いて来てさ。それのかぐや姫版をやろうとしてて、うちと思惑が一致したわけ」
新島「無理です無理無理。千年前に行けても、帰って来れる保証ないですよね?」
社長「もしものときは労災下りるし、遺族年金も出すから」
新島「イヤです」

スマホの通知音。

新島「あ、社長。なよ竹膝のかぐや姫の話、膝枕カンパニーの社長の創作だってバレたみたいです」
社長「え、この話、誰にもしてないよ?」
新島「どっかのナビコがリークしたみたいです」
社長「ナビコーーーーー。やっぱり自主回収しとけば良かった」

参考文献 新島とナビコ

熱量10割の男・新島とは?

ナビ搭載膝枕ナビコとは?

メモ 「かぐや姫からの注文」初稿

石作皇子には「インドにある世界に一つしかない仏の御石の『のんのののさま膝枕』」を。

車持皇子には「銀の根と金の茎と白玉の実をつけた『ぎんぎらぎんにさりげなく膝枕』」を。

右大臣阿倍御主人には「大海原を泳ぐイルカのようなクジラのような『イジラとクルカ膝枕』」を。

大納言大伴御行には「ワニの背中でキラキラ光る『だだだだだんす膝枕』」を。

中納言石上麻呂には「燕の尾っぽみたいな背広をまとった『ドラキュラ膝枕』」を。

ラジオドラマに登場させた「竹取物語」

「なよたけのひざまくら」から、あっという間に20日あまり。遅ればせながらあの日のことをnoteに書いた。

そのなかで「竹取物語をラジオドラマに登場させたこともある」と書いた。そのラジオドラマについて、こちらでご紹介を。

ラジオ放送80年の年に放送したFMシアター「昭和八十年のラヂオ少年」。

中学生の元気君は春休み暇を持て余していた。物置蔵に入り、今では使わなくなったラジオのスイッチをひねると、なんだか違う世界に来てしまったようだ。元気君の冒険が始まる・・・。ラジオが家族団欒の中心にあった時代を背景に、ラジオ放送開始の日に生まれた少年と現代の少年が時空を超えて出会い、ラジオドラマへの夢を育む。二人の友情が家族の絆を結び直す、ファンタジーSF物語。 

FMシアター「昭和八十年のラヂオ少年」あらすじ

昭和14年にタイムスリップした中学生・元気は、同い年のフーちゃんと出会い、フーちゃんの家に居候することに。ある日、ラジオから流れてきた「竹取物語」を聴き、元の時代に帰りたい想いを募らせる。実際、当時のNHKラジオで「竹取物語」のドラマが放送されていたと知り、取り入れたのだった。

ラジオ放送が始まったのは大正14年(1925年)。その年に生まれたフーちゃんはラヂオと名づけられるところを、フヂオとなった。実は元気が会ったことのない祖父で、入院先へ見舞いに行き、再会。かつて二人で作ったラジオドラマの脚本を病室で演じるうち、おじいちゃんはみるみる元気に。というストーリー。

ラジオ放送100年を迎える来年2025年、再放送されないだろうか。

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。