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SF映画スローターハウス5を見て_自由意志を持っているのは地球人だけだった

『スローターハウス5』(スローターハウス ファイブ、Slaughterhouse-Five, or The Children’s Crusade: A Duty-Dance With Death)は、1969年に出版されたカート・ヴォネガットの小説。

講義で見る機会があり、今の世界と重なる感覚と映画自体の考察について書き残しておこうと思う。あまり有名ではない?のかもしれないが時間軸が入り混じる感覚も面白かった。


1.ドレスデンの空襲について

スローターハウスのシーンとして、ドレスデンの空襲の場面がある。
恥ずかしながら自分はドレスデンの空襲を知らなかったため、本作で知った。

1945年2月13~14日、連合国軍のアメリカ・イギリス両空軍はドイツの都市ドレスデンに対する空爆を行った。絨毯爆撃で都市部は完全に破壊され、6万人の犠牲者が出た。アメリカ軍・イギリス軍によるドイツ本土空爆の中の最大のもので、ドレスデンは「ドイツのヒロシマ」と言われている。
 ドレスデン大空襲の民間人の死者は公式には3万5千人とされているが、ある推定では11万5千人に上るともされている。ドレスデンはザクセン選帝侯国の古都であり、ドイツ・バロック様式建築を代表する有名なツヴィンガー宮殿や、高い円蓋をもつ聖母教会などがあったが、それらの文化遺産も爆撃によって破壊された。
 このドレスデンへの無差別爆撃の“成果”に学んだアメリカ軍は、続いて日本への都市爆撃に踏み切った。それが5月10日の東京大空襲であった。

Wikipediaより

主人公のビリーはドレスデンの大空襲をアメリカ兵捕虜として体験している。大空襲で焼け野原になったドレスデンを見てナチス兵は発狂しており、それを見てアメリカ兵もその光景に呆然としていた。そして、タイムリープした先で「ドレスデンの大空襲」を肯定する学者は「ナチスは500万人を殺した。ドレスデンの大空襲は必要なナチスにとって痛みだった。」という話をビリーにしていた…

ロシアとウクライナの紛争をメディアを通して見ていて、必要な痛みとはなんなんだろうかと強く思う。攻撃と反撃、憎しみと復讐の念、苦しむ人と命を落とす人、それを正当化する理由付けの数々、各国の反応や人々のリアクションをメディア越しだけれど見ていて、必要な痛み(つまり人が死ぬこと)などを間接的には、肯定してしまう人類の痛ましさを思い返してしまった。
作中に出てくるドレスデンの空襲をみたナチス兵と捕虜のアメリカ兵の表情を見たら「立場など関係なくこんなことはあってはならないはずだ」という兵士と捕虜の関係ではない状況に対しての同じ感情を共有していることがわかるのが痛ましかった。

2.”So it goes”という世界の認識方法

自分もロシアとウクライナの紛争の最中で、ロシアの核ミサイルがフランス全土を焦土にできる量をもち、かつその先制攻撃防ぐことが現状できないという専門家の解説を聞いて、結局のところ自分が何をしても未来の分岐は自分の関与しない部分で行われるのだと思い、自由意志のもとにある「精力的に生きること」や「何かを人為的に作ること」の虚無感のようなものを覚えていた。

自分ももはや恋愛と知的好奇心を満たすこと以外に特にやることはないのではないか?とも思うのは、作中でトラルファマドール人が連れてきたフラードーム型の世界、時の流れや過去などを見るのではなく、そして未来を変えようとも学のではなく、今の幸福な瞬間だけ味わえば良い、なぜなら「世界は瞬間の集合体だから」というスローターハウス5の考えと感情的にも近いのかもしれないと思った。

スローターハウス5のビリーは「そういうものだ”So it goes”」を多用しているが、これも同様に筆者が時間の流れ、未来の流れに対して争わない姿勢をとっていることの表れであると思う。ゆえに、時間旅行者であるビリーがそのような死を受け入れるシーンが何度か現れている。
25分後に乗っている飛行機が墜落することについても黙認し死を受けれているし、アメリカ合衆国が多くの小国に分裂した未来に、公衆の前で演説中に、ラザーロに撃たれて死ぬことも受け入れている。

「演説が終わるとわたしは殺されるだろう。死は怖くない。そして生きる、トラルファマドール星人のあいさつをしましょう。永遠につながり、抱きしめている。こんにちは。さようなら。」

ビリーが医者との会話で話している「私はあの星のおかげで正気。世界は瞬間の集合体だから死は怖くない。生きるのには楽しいことだけ考えて悪いことは無視だ」という感覚はわからなくもない。どのように未来を変えたいかと考えるから苦しく、全ては一瞬の瞬間の集合体であると捉えれば、未来過去現在という時のベクトルでその瞬間の意味を考える必要はなく、その瞬間を無視するか噛み締めるかのどちらかにしかならないからだ。
「死生観」の在り方と片付けたらとても簡単だが、100年後において人類は存在し続けてるか怪しい今の時代において、そして何もなければ長くて80年は生きてしまうであろう自分の身体を見ていると、未来を考えるのは苦しく、瞬間の集合体と捉えることはしっくりくる。

総じて、やはり戦争に対してSFという手法を用いなければ表現できなかったことも見て取れるし、ほとんどは作者の実体験であると述べたうえで、人類や世界への諦念の概念を説いており、自分が数年前に所属していた国際NGOの感覚と真逆の考え方であることも興味深い。そして現在に暮らしているとそれもわかるような気がする。

3.「自由意志を持っているのは地球人だけだった」

トラルファマドール星人の誘拐者の中の人間に同情的に見えたひとりは、彼が訪れたことがある31の生命が住む惑星のうち、「自由意志といったものが語られる世界は地球だけだった」と言う。

トラルファマドール星人のいうこの言葉が個人的にはとても示唆深かった。
自由意志が前提となって啓蒙思想や民主主義が生成され、確かに全ての人間には自由意志が宿っていると近代は定義しているけれど、確かに自由意志によって生命としての存続を自ら脅かしているとも言える。(故に正義や信条が生まれ、社会システムが必要になり、それが欠損し新たなモデルを打ち立てなければならなくなる…)とした時に自由意志を持っている生命というのは絶滅も早そうだと思うのだ。
「自由意志といったものが語られる世界は地球だけだった」という言葉は、自由意志を持って生き残った生命はすぐに消滅してしまったのかもしれないと飛躍的な展開ができたりするように思う。
しかし現実を見てみれば、あながち間違いでもなく人に可能性など求める啓蒙思想や知性主義的な社会の論理がうまく回っていないのを見ると、未来の在り方をこうしたいと自由意志のもとにもがけばもがくほど生命としての存続が危ぶまれそうだなと思ったりする。

4.折衷主義と編集性、時間の存在性

スローターハウス5で折衷主義と編集性に関して思うとすれば、建築は常にその瞬間や時代の技術、文化の保存を空間という形で作ろうとしてきたと考えた時に、折衷や編集が生まれてから時代の時間の流れというものは相対的に意味を持たなくなったのかもしれないと感じた。

それは人にとっての時間の流れ、蓄積というものがそこまで強い意味がなくなったとも言えると思う。現在はあらゆる場面で編集が溢れる時代であり、過去のもの未来のもの現在のものの分別は分かりずらくなっているし(例えばレトロ風というのは過去のものだけど現在に存在しているなど)、メディアテクノロジーは全ての記憶や事象をテクノロジーを用いて保存することができるようになっている。事実過去の人をAIで蘇らせたりする事もできるている。そうなった時、トラルファマドール星人のいうように時間という概念は「現代人が日常を規制する上で必要な規則」であり「未来人にとっては重要ではないこと」なのかもしれない。

「人が死ぬとき、その人は死んだように見えるにすぎない。過去では、その人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしいことだ。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在してきたのだし、常に存在し続けるのである。」

作中より

生きている死んだ人間の記録がわれわれの文化を象徴しています。私たちはそんな宙づりの時間のなかで生きています。主人公の名前である「ピルグリム(pilgrim=巡礼者)」がその意味でポイントです。つまり、彼は時を行き来する巡礼者、まさに私たちの生きている状態を示しているのです。

全ての事象は編集可能であって、時間の序列や未来を動かすことなど無意味であり、瞬間にこそ価値があるようになるのだろうか?それはまさにリールなメディア(ショートムービーや140字のメディアなど)が情報知となり、簡単に死んだ人の記憶や少し前の記録を簡単に漁ることができる。
noteを書くことも自分という存在や記録をデジタルで残そうとすることであり、たとえ自分が死んでも、この文章の中には生きていると言える。活版印刷が生まれる以前はこんなことはありえなかったはずだ。

つまり、過去現在の瞬間を行き来できるようになっているというに等しく、肉体的に死んでいても、その情報量や死んだものから現在や未来に何かしらの影響を与えることができているので、それらは今を「生きている」と言えなくもないのだ。つまり、時間が段々と存在しなくなってきている。
そのような現在において、すでに「現在」や「今性」の意味というものは薄れきっているのかもしれない。

ではその時建築はどうなる?という展開が、近代のモダニズムに繋がるらしい。

終わり。


解説はこちらがわかりやすい。


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