盟友・ジョーブログとの音楽活動が始動!「生き様を音楽を通して伝えたい」と語る不屈のドラマー・斎藤佑太の野望
夢、仕事、お金など様々な挫折をし、前に進むことを諦めてしまうことはないだろうか。2024年7月、北海道・夕張市で出会った不屈のドラマー・斎藤佑太も大きな挫折をし、困難を乗り越えた1人である。
2024年7月28日、斎藤はYoutuber・「ジョーブログ」が手掛けるバンドである「ジョーブログバンド」にドラム担当として新加入し、大阪・味園ユニバースでのデビューを果たした。
右手が引き裂けるほどの大けがを負った斎藤。到底完治など期待できる状況ではなかった。6回の手術に1331日間のリハビリ&生配信を乗り越え、札幌で3年半バンド活動を続け、「ジョーブログバンド」への加入を果たした。「音楽を通してメンバーの生き様を伝えたい」と語る不屈のドラマーの生き様を追った。
①楽しくて仕方がなかった北海道・名寄市での中高バンド生活
斎藤の音楽活動の原点は地元である北海道・名寄市の中学校だった。
吹奏楽部としてドラムを始めた斎藤は中学2年生から学校祭で披露するため、バンド活動も開始した。当時を斎藤はこう振り返る。
②北海道・札幌市で大工として就職。仕事中に大けがを負っても諦められなかったのは音楽だった。
学生時代にドラムの楽しさを知った斎藤であったが音楽で仕事をすることは全く考えておらず、2011年の高校卒業後は北海道・札幌市で大工として就職した。
就職後一人前の大工になるため、ひたすら師匠の下で技術を学んだ。音楽の世界から離れていた斎藤がバンド活動を再開したのは2017年。高校生のときに一緒にバンドを組んでいたベースがギターボーカルと一緒に地元・名寄市から仕事を辞めて札幌に来ることをきっかけに、いつの間にかメンバーに加えられていた。
しかし、バンド活動を再開した矢先のことだった。大工として高所作業中にバランスを崩し、咄嗟に手を伸ばした先にあった金具が右手に刺さりながら斎藤は転落した。
仕事の大工も趣味もドラムも同時に奪われた斎藤。当時のショックは計り知れなかった。
箸も持てなければ字も書けない。日常生活すら満足に送れなくなった斎藤は病室で1人になって考えた。
③計6回の手術に1331日間1日も欠かさないリハビリ&生配信。人気を集めた「片手のドラマー」はむしろ両手でドラムを叩くための発奮材料となった。
音楽の道を諦めない斎藤の努力は並大抵のものではなかった。計6回の手術に1331日間のリハビリ。ファンであったYoutuber・ジョーブログの薦めで始めたリハビリの生配信は4年間欠かさずに行った。熱が出ようが用事があろうが正月だろうが関係なく毎日である。
温かいメッセージをくれたり、生配信がきっかけでお見舞いに来てくれたりとSNSを通じて生配信を続ける原動力を得た斎藤。3回目の手術後左手1本でドラムを叩く動画は「片手のドラマー」と言われ人気を集めた。それでも斎藤は納得しない。
④けがをしたことで人の大切さに気付き・性格も顔も丸くなった。
負けず嫌いで強い気持ちを持つ斎藤だが、けがを通じて仲間や関わる人の大切さに気付き、人に優しくなれたと斎藤は話す。
リハビリ期間中多くの人に支えられたからこそ、斎藤はSNSで人気が出始めても目の前の1人1人を大切にしている。病院も明かしていなかった斎藤だが、1人でいても生配信の際の1人1人のコメントがお見舞いにつながっていた。また、北海道に訪れたツアーアーティストがツアーの合間にお見舞いに来てくれた。斎藤は直接会いに来てくれた人や、メッセージをくれた1人1人の顔を思い浮かべ、音楽活動を続けている。
⑤出会いから6年越しに実現したジョーブログとの音楽活動を通して生き様を伝えたい。
2024年4月、斎藤はYoutuber・ジョーブログの「ジョーブログバンド」に新加入することが決定した。
斎藤にとってジョーブログの出会いは2018年。SNSを通じてリハビリを応援してくれた人であり、初めて飛行機に乗って1人で会いに行くぐらい人生に大きな影響を与えてくれた人だ。
斎藤は2019年・札幌で「TASOGARE」というバンドを結成したとき、ジョーブログは自身の主催するイベントで「佑太のステージ復帰だ」と「TASOGARE」の初ライブを作ってくれた。
ジョーブログとの親交を深めていった斎藤。2022年には夕張市・釧路市でのジョーブログのYoutubeロケに帯同し、「ジョーブログには欠かせない存在だと」言われ、北海道担当カメラマンとして動画撮影にも携わった。
2023年12月、斎藤の4年半活動していた「TASOGARE」が解散することとなり、2024年4月にジョーブログバンドメンバーの1人から斎藤へ「一緒に音楽をやらないか」と声がかかった。ジョーブログバンドメンバーと斎藤が話していた1時間後になんとジョーブログからも斎藤へ「一緒に音楽をやらないか」と声がかかったのだ。
一時活動を休止していた「ジョーブログバンド」。音楽への気持ちが再熱したタイミングが運命的に被った2024年4月。「ジョーブログバンド」結成当初の4人に斎藤を加えた5人で「ジョーブログバンド」が再結成され、斎藤がメンバーとして加入することが決定した。
家族のようにメンバーを大切にする人情に溢れたジョーブログ。人情に溢れているからこそ『「ジョーブログバンド」でドラムを叩けることはとても嬉しい』と斎藤は話す。
2024年7月28日、再結成後大阪での初ライブはメンバーも観客も最高の笑顔で幕を閉じた。「もう治らない」と諦めかけていたケガから6回の手術に1331日のリハビリと困難と闘い続けた斎藤。様々な困難を乗り越えてきた斎藤を加えた「ジョーブログバンド」が奏でる音楽はきっと人生に苦しむ人々に希望を与えるに違いない。
「ジョーブログバンド」に勇気づけられた人が別の苦しむ人を勇気づけ、日本・世界全体が諦めることなく希望に満ち溢れた社会になることを願ってペンを置きたいと思う。