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"Refocus": CYNIC が破壊したヘヴィ・メタルのルールと部族主義

1993年、アメリカのメタル世界は、暗中模索という言葉がぴったりの状況でした。グランジ・ブームという核爆弾と、METALLICA が "Black Album" でスラッシュを排除した後、このジャンルは次のビッグサウンドを求めて躍起になっていたのです。当時、新進気鋭のヒーローは、グルーヴ・メタルの PANTERA から、ファンキーでエクレクティックな FAITH NO MORE までさまざま。ただ、フロリダのデスメタルの下層には、確実に独自のアイデンティティーのようなものがあったのです。

(Guitar誌の記事を元に翻訳、編集した記事)

1990年代初頭、OBITUARY, DEICIDE, DEATH といったタンパベイの新興バンドは、いずれも商業的なピークを迎えていました。彼らのブラスト・ビート、唸り声、トレモロ・ピッキングは、重さと速さを信仰する新たな層に、過剰なまでにアピールしていました。CYNIC はそんなシーンに向けて感性で訴えました。

ポール・マスヴィダルが率いる謎のバンド、CYNIC のデビュー・アルバム "Focus" は、今日、先駆的な瞬間として当然のように名を馳せています。アンビエント・ミュージックからジャズ、仏教までを視野に入れた、ジャンルを超えた名作。発売から30年経った今でも、ヘヴィ・メタルによる挑戦の歴史で確実に上位にランクする大胆不敵なレコードでしょう。マスヴィダルのヴォコーダーによる歌唱はさながら23世紀のロボットを思わせ、ドラマーのショーン・レイナートは36分間、機械的なペースと正確さを常に保っています。ベースラインはファンクカデリック、断続的な轟音はデスメタルのチャンネルに、ギターは歪んだアンプからインド風のメロディーを奏でていきます。そして何より、"あらゆる喜びを悲しみで満たせ", "自由と理性が輝く" といった啓蒙的な哲学的歌詞が満載の "Focus" は、星の彼方の高次社会から人類に贈られた異次元の音楽のようにも思えたのです。

しかしデスメタルは当時、銀河の音楽を求めていたわけではなく、地獄のサウンドトラックを求めていました。CYNIC がタンパに拠点を置き、"Focus" があの Roadrunner Records からリリースされたことで、このアルバムは意図せず "羊の皮を被った狼" となり、その天才的な表現にもかかわらず大成功を収めることは叶いませんでした。マスヴィダルとレイナートが共にかつて DEATH に在籍していて、1994年に CANNIBAL CORPSE と共演した事実も、"純粋主義者" の城壁を崩すまでには至らなかったのです。そしてバンドは、デビューからわずか1年で崩壊してしまいました。

CYNIC が抱えていた唯一の "問題" は、大胆すぎること。彼らがジャンルの制約を無意味だと考えていたことでした。2007年のインタビューでマスヴィダルはこう語っています。

「私たちはただ、いい音楽に夢中だったんだ。そこにルールはなかったんだ」

それは決して、他者との共存を捨てた当時の "部族主義" 的なヘヴィ・メタルのアンダーグラウンドと調和するような考え方ではありませんでした。

マスヴィダルが14歳のときに当時の同級生だったレイナートとジャムを始めたときでさえ、彼はすでにパンクでありメタルヘッドでもありました。2人がバンドを CYNIC と名付け、ベーシストのトニー・チョイとギタリストのジェイソン・ゴーベルを加えたラインナップの頃には、「4人ともジャズが大の苦手だった」とさえマスヴィダルは2005年に語っています。また、クラシック、プログレッシブ・ポップ、インド音楽、アンビエント・ミュージックにもそれぞれ興味を抱いていました。

"Focus" において、マスヴィダルとジェイソン・ゴーベルのギターパートは複雑怪奇に絡み合います。マスヴィダルはその様を TELEVISION のトム・ヴァーレインとリチャード・ロイド、もしくは KING CRIMSON のロバート・フリップとエイドリアン・ブリューといったギターデュオに例えています。

二人はアルバムを通して非常によく似た機材を使用しています。どちらも Roland MIDI ピックアップとギター・シンセサイザーを搭載したスタインバーガーのエレキギターを演奏し、ADAアンプを使用していました。アルバムに収録されているシンセサイザー音のほとんどは、キーボードではなく、このギター・シンセサイザーで生成されています。また、スタインバーガーのギターはトレモロシステムを搭載しており、この秘密兵器もコズミックなサウンドに一役買いました。

ショーン・マローンは、アルバムのほぼ全編にわたってフレットレス・ベースを弾いていますが、彼のフレットレス・ベースは、ソフトなアタックと丸く暖かいサウンドが特徴で、通常フレット・ベースのパンチのあるアタックを好むヘヴィ・メタルでは、むしろ異質なものでした。フォーカスの一部のパートでは、マローンは代わりに12弦のチャップマン・スティックを演奏しているます。

ショーン・レイナートのドラムスタイルは、ヘヴィ・メタルとジャズの両方の要素を兼ね備えています。彼はアクセント、フィル、様々なダイナミクスを駆使して、楽曲をリズミカルに躍動させていきました。アルバムではブラストビートは演奏せず、アコースティックドラムキットに加え、曲によっては電子ドラムも使用していました。

CYNIC の初期のデモは、"Focus" よりもデスメタルの傘の中にきちんと収まっていましたが、それでも当初から奇妙な影響は二等星ほどの明るさで常に輝いていました。楽曲は荒々しく複雑で、バンドは "テクニカル・デスメタル" "プログレッシブ・デスメタル" というサブジャンルの先駆者となりました。いや、それ以上に、そこから花開くこととなるヘヴィ・メタルの多様性、そのロールモデルとなったのです。

Roadrunner Records は彼らの3枚目のデモを聴いて驚き、すぐに契約を申し込みました。そして、マスヴィダルとレイナートの評判は、DEATH の狂おしいほど複雑な "Human" とそのサポート・ツアーに参加することでさらに高まっていきました。

しかし、"Focus" は "Human" や ATHEIST の "Unquestionable Presence" といったテックデスの名盤から2年後の作品でありながら、結局は先鋭化しすぎていたのです。DEATH や ATHEIST アルバムは基本的にはデスメタルの核心とジャジーな拍子記号を組み合わせたものでしたが、"Focus" が MORBID ANGEL のようなバンドと共通していたのはトニー・ティーガーデンによる叫び声だけで、しかも結果として主役は常にマスヴィダルのデジタル化した声と宇宙的なサウンドだったのですから。

CYNIC が正当な評価を受けるためには、ヘヴィ・ミュージックの進化を待つ必要がありました。2000年代半ばには、GOJIRA, MASTODON, BETWEEN THE BURIED AND ME といった新たな風がさまざまな "プログレッシブ" の形を提案して、"Focus" は次の世代に影響を与えた作品だと俄然注目を浴びるようになりました。そうして、2006年に始まった CYNIC 二度目の船出をシーンは歓迎し、12年前にステージからブーイングを浴びたバンドは、今では敬われ、2人のショーンを失った今もなお、伝説として尊ばれているのです。

今日、"Focus" は、ヘヴィ・メタルに刻まれた部族主義に対する声明として存続し続けています。結局、ルールは破られるために作られるのです。"Focus" は挑戦的でルールの破壊に美しさを見出す、21世紀におけるヘヴィ・メタルの道標だと言えるでしょう。

(6/9に "Focus" リミックス&リマスター30周年記念アルバム "Refocus" がリリース。12月には Realising Media の招聘により、日本にやってきます)


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