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仮題

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心霊オカルトコメディ小説です。
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4:雨上がり

 結実がかつて知人と経営していたカウンターバーに、遵はクイーンサイズベッドを持ち込み、寝泊まりしている。
 二人が出会ったのもここが、ショットバーとしてBAR kineという店名で営業していた頃だ。バーテンダーとして勤務していた結実はその日、どこからか街に流れ着いた見ず知らずの男と、酒の力を借りて意気投合した。しかし、ひと晩飲み明かしたその日の次の夜も遵は来店し、その次の日も、どのような天気でも関

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4:帰路

 復路は大分、スムーズだった。道路も渋滞もなく、雨脚も少し弱まり、長雨の終わりが漸く近い様な予感がした。
 助手席の遵は先刻の髪製ミサンガを取り出しては眺め、しまっては取り出して、を繰り返している。
「そんなにそれ、興味深い?出来たら私はもう視界に入れたくもないんだけど」
 結実は怪訝そうに、遵の無神経さを非難したが、気に留めるどころか、ニヤニヤと笑いながらら
「いや、これにはそれ程。ただお前は本

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3:雨漏り

 ナビは見るからに古い団地の中でも、ひと際古ぼけた、他の棟とは築年数も違うと思われる4階建ての建物の前で目的地到着を告げた。
山を背にした立地の為か、晴れた日でも日当りは良くはないのだろう。階段までの通路も苔に覆われ足場が悪く、この雨では気をつけないと滑りそうに思われた。
 来客用の駐車スペースに車を止めると、遵は傘もささないまま、迷うことなく奥の階段入り口に歩いていく。結実は二人分のビニル傘を手

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2:交差点

 結実がエントランス出口に車をつけて間もなく、遵も助手席に乗りこみ、手慣れた手順でカーナビを操作し、暗記しているのか1時間弱ほど離れた場所の住所を入力した。そして行き先も、そこへ行く目的も、そこがどういう場所であるかも説明しないまま、眠そうな目を細めて、無言で前を向いている。

「…君は。私に君をどこに送らせるの」
 ゆっくりハンドルを切り、発車させながら尋ねる。細い路地を抜ける為に、何度か信号に

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1:雨

1:雨

 もう1週間以上になるだろうか。だらだらと黒く汚れたアスファルトを、タール状に溶かしているかの様な雨が降り続いている。
埃で覆われていた窓ガラスも、伝って落ちる雨垂れと、たまに打ちつけられた雨で飴細工越しのように景色を歪める。

 雨が嫌いなわけではない。
ビル、道路、標識、信号…全てが降り注ぐ水で浄化されているような気がする。
植物という植物は、街路樹から雑草まで命を吹き返すような力強さもある。

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序:今日

序:今日

何もない。
不意に、思った。

自分の中の空白を、見つけてしまった。
ほんの僅かな違和感から、自分の感情の不調和の原因を探るべく覗きこんだ隙間に、みるみる吸い込まれるように飲まれていった。
その先は、僕の内的世界であるはずなのに、見知らぬ空間で、自分がいかに孤独で貧しく、つまらない存在であったのかを思い知らされた。
僕はどうにか繋ぎ留めていた希望を、手放していくのと同時に意識が遠のき、自分が空虚だ

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