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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#シロクマ文芸部

『絶対色覚』 # シロクマ文芸部

『絶対色覚』 # シロクマ文芸部

風の色が見えることは、病気ではありません。
何十万人か、何百万人にひとりか、正確な調査はなされていませんが、同じような人はいます。
絶対色覚というやつです。
ほら、絶対音感て知ってるでしょう。
どんな音も音階に変換することができる人。
中には、日常のすべての音が音階に聞こえて苦しむ人もいます。
同じように、空気が動けば色が見える。
そんな人がいるのです。
これは、治療することは不可能です。
世界は

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『パステル』 # シロクマ文芸部

『パステル』 # シロクマ文芸部

月の色がこんな色だって誰がきめたのだろう。
淡いクリーム色のような、それよりも少し濃くて、でも、黄色じゃない。
彼女は、一本のパステルを取り出した。
周囲を包む紙に、小さく「月の色」と印刷されている。

窓を開けると、真っ暗な空が広がっている。
月の色のパステルで、丸く円を描く。
その円の中を丁寧に指で塗り潰す。
もちろん、空には何も残らない。
でも、月の色の丸い残像だけは残った。
かつて月があっ

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『懐かしい街』 # シロクマ文芸部

『懐かしい街』 # シロクマ文芸部

懐かしいとおっしゃいましたか。
懐かしいと。
何故でしょう。
あなたは、この街並みを見て懐かしいとおっしゃった。
でも、不思議じゃありませんか。
あなたは、この街に一度も住んだことがない。
いや、足を踏み入れたことさえない。
それなのに、そんなあなたが懐かしいなどと。

もしかして、あなたのお父さんとかお母さんはどうですか。
そのお話を、幼い頃にあなたが聞いていたとか。
え、そうですか。
あり得な

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『ママとレモン』 # シロクマ文芸部

『ママとレモン』 # シロクマ文芸部

レモンから仕留めるか。
ママから仕留めるか。
俺は照準器を覗きながら考えていた。
今度の標的は女二人組。
レモンとママと呼ばれる二人組を殺せ。
それしか言われていない。
情報が少ないのは、それだけ、重要人物、あるいは重要人物の命運を左右する情報を握っている奴らだということだ。
向かいのビルの窓に、二人の姿は丸見えだ。
テーブルを挟んで向かい合っている。
そして、真ん中には知らない男。
あの男が立ち

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『地球のよそ見』 # シロクマ文芸部

『地球のよそ見』 # シロクマ文芸部

流れ星って、まさかほんとうに流れ星だなんて思ってないよね。
なんて呼ぼうと勝手だけれども、星が流れてるだなんて、思ってないよね。
あ、君、そう君だよ。
君に話してるんだ。
君は地動説って習わなかったのかな。
コペルニクスとか、ガリレオとか。
知ってるだろ。
それまでは、みんな太陽や星が動いていると思っていたんだけれども、本当は地球のほうが回っているということだったよね。
まさか君、天動説派?
そん

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『二度目の花火』 # シロクマ文芸部

『二度目の花火』 # シロクマ文芸部

花火と手紙が添えられていた。
花火は少し古そうだ。
子供用のセットで、さすがに打ち上げ花火はないだろうが、カラフルな花火がビニール袋いっぱいに入っている。
花火をそのままにして、恐る恐る手紙を開いてみた。
別にメールでもよかったものを、わざわざ手紙にするなんて。
しかし、手紙を読んでみて、こちらも返信を手紙で出そうと思った。
別にメールで送ったからといって、なにが変わるわけでもないのだろうけれど。

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『雲の味』 # シロクマ文芸部

『雲の味』 # シロクマ文芸部

夏の雲を食べてみたいとタカシ君は思っていました。
青い空にぽっかりと浮かぶ雲は、口の中でとろけるマシュマロのようです。
山の向こうからむくむくと湧き上がってくる雲は、甘い甘い綿飴のようです。
そんな雲を見ると、タカシ君はいつも、マシュマロや綿飴のような雲を両手に持って、お口いっぱいに頬張っているところを想像するのでした。

ある日の帰り道、いつものように公園を横切っていた時のことです。
小さな屋台

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『鳴らない風鈴』 # シロクマ文芸部

『鳴らない風鈴』 # シロクマ文芸部

風鈴とは風を聞くものです。
目に見えない風を音にして聞く。
そう思っていました。

私の母も、どこで手に入れたのか、青い鉄の風鈴を窓の外にぶら下げました。
風鈴からは、細い紐が出ていて、その下には小さな短冊のような物がついています。
母が短冊に何かを書いて折りたたんでいるのを見ましたが、母は人差し指を口に当てました。
内緒だと言うしるしです。

でも、母がどうしてその窓に風鈴をぶら下げたのか。

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『海の日をください』 # シロクマ文芸部

『海の日をください』 # シロクマ文芸部

「海の日をください」
その子は、梅雨の明けたある日、突然店にやって来た。
このあたりでは見かけない顔だ。
どこでこの店のことを聞いたのか。
どちらにしろ、そんなものを売るわけにはいかない。
それに、仮に売ったとしても、この幼い子には手に余るだろう。
そこらじゅうに溢れ出して、収拾がつかなくなるに違いない。
そうなれば、こんな子に売ったこちらの責任問題にも発展しかねない。
「海の日はね、大人にならな

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『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

夏は夜ってか?
セイショーだか、ナゴンだか、知らねえけどよ。
ああ、ほんとはセイとショウナゴンだ、覚えときな。
でも、馬鹿言ってんじゃねえぜ。
昼間だけじゃなくって、夜の警備だって暑くて暑くてたまんねーよ。
こりゃ、熱帯夜じゃねえ、灼熱夜だぜ。
生きながらにして、焦熱地獄だ。
八大地獄よ。
せめて、あの世では天国でお願いしたいもんだね。
月の頃って、なんだ月の頃って。
そんでもって、真っ暗闇もいい

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『ドレミファソラムネ』 # シロクマ文芸部

『ドレミファソラムネ』 # シロクマ文芸部

ラムネの音の思い出ですか。
ラムネっていうと、あの開けた時のビー玉が落ちて壜と触れ合う音。
それから、炭酸が吹き出てくる音。
そんな音を思い出しますよ。
でも、お聞きになりたいのはそんなことではないですよね。
ビー玉にしろ炭酸にしろ、それにまつわる、それを背景にした思い出ということですよね、あなたが私に求めているのは。

そうですねえ。
こんなのはどうですか。
ビー玉にも、炭酸にも関係はないのです

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『わたしの金魚』 # シロクマ文芸部

『わたしの金魚』 # シロクマ文芸部

金魚鉢の水を入れ替えるのは田中さんの仕事だ。その中で泳ぐ金魚にエサをやるのも田中さんの仕事だ。
いちど、わたしがたまたま一番に出社した日に水替えを済ませたことがある。
朝礼のあと、こっぴどく叱られた。
田中さんにではない。
課長に呼び出されたのだ。
余計なことをするな。
君を金魚のために雇っているのではない。
じゃあ、田中さんは金魚ために雇われているのですか。
言いたかったが、ぐっとこらえた。

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『夢売り』 # シロクマ文芸部

『夢売り』 # シロクマ文芸部

「春の夢」?そんなもの、もう残ってませんよ。今頃になって「春の夢」ありますかなんて、あなた、それはゴールデンウィークも終わろうかと言う頃に、ゴールデンウィークの予約を入れるようなもんですよ。ちょっと違うかな。まあ、いいでしょう。とにかく、あと少しで、暦の上じゃ春も終わり。夏ですよ、夏。
 だから、ほら、そこに並んでいるのは、「夏の夢」とか「夏の夜の夢」とか。それだって、もう来週にはほとんど売れてし

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『爪の血』 # シロクマ文芸部

『爪の血』 # シロクマ文芸部

花吹雪が、すべてを覆い隠してくれるだろう。
そして、桜が散り終わった頃には、雑草があたりに生い茂る。
俺はスコップを斜面の下の方に放り投げた。
昔から家の倉庫にあったものだ。
見つかったところで、どうということはないが、用心に越したことはない。
枝にかけた上着をとる。
斜面をゆっくり登り、道路に出る。
通りがかったタクシーを止めた。

「珍しいね、こんなところを」
「ええ。この上に送って行った帰り

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