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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2023年7月の記事一覧

『書く授業』# シロクマ文芸部

『書く授業』# シロクマ文芸部

「書く」時間が嫌いだ。
どうして今さら書かなきゃならないんだよ、自分で。
文字なんて、書くもんじゃないだろ。
文字なんて、こうして、ほら、自然にディスプレイに出てくるもんだろ。
考えるよりも先に、考えそうなことを文字にして表示してくれるんだ。
生まれた時から、こうなんだよ。
考えるのも、それを文字にするのも、人間のやることじゃないんだ。
そう、これが自然なんだから、人間が文字を書くなんてのは、自然

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『半笑いのポッキーゲーム』 # 毎週ショートショートnote

『半笑いのポッキーゲーム』 # 毎週ショートショートnote

それは、小学校6年の夏休みのこと。
ある日、向かいの空き地に大きな家ができたなと思っていたら、荷物がどんどん運び込まれている。
二学期の始業式。
あいつは担任と一緒に教室に現れた。
そして、いちばん後ろの隅に陣取る俺の隣の空いた席。
そこがあいつの席だった。
よろしくねだと。
金持ちは嫌いだぜ。

修学旅行のバスの中だった。
教室の席と同じ順に座った。
俺は隣のあいつを無視して、通路を挟んだ奴らと

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『当選した人生』

『当選した人生』

今日もまた上司は怒鳴っている。
よくもまあ、こんな俺に向かってあんなに真剣になれるもんだ。
仕事を覚える気なんかさらさらない。
ましてや、この会社で、いやどこの会社であれ、出世しようなんて思ったこともない。
でも、会社ってのはいいところだ。
何とか潜り込みさえすりゃあ、あとは適当に時間を潰していればお金をくれるんだからな。
もちろん、こんな大声の上司もいる。
中には、露骨に嫌味を言う同僚もいる。

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『食べる夜間管理人または夜間管理人に食べられる』 # シロクマ文芸部

『食べる夜間管理人または夜間管理人に食べられる』 # シロクマ文芸部

食べる夜間管理人。
そう呼ばれているらしい。
私は、ほぼ40年勤めた会社を定年退職した後、家の近くにある小さな会社の夜間管理人として働くことにした。
夜間管理と言っても特にすることもない。
定時を過ぎると、電話は音声案内に変わる。
入り口には、シャッターが下ろされる。
せいぜい、残業で遅くなった外回りの営業が帰った時に、裏口を開けてやるくらいだった。
あとは、翌朝に日誌を書いて、出勤した正社員に引

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『金持ち教習所』 # 毎週ショートショートnote

『金持ち教習所』 # 毎週ショートショートnote

その頃、人々は金持ちと貧乏人に二分されていた。
教習所もしかり。
金持ちが、趣味で免許を取る金持ち教習所。
貧乏人が、働くために免許をとる貧乏教習所。

金持ち教習所は、教習車はベンツ。
検定は、ロールスロイス。
S字を抜けると噴水が上がり、クランクをクリアすると花火が上がる。
ゴールでは、ファンファーレの生演奏。

一方、貧乏教習所。
S字は、コースが欠けてZ字になっている。
クランクが、逆にS

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『タッチ交代』

『タッチ交代』

疲れていた。
このところ残業が続いていたせいもある。
先週の土日は休日にも関わらず、取引先のイベントに駆り出された。
勤務中にも、ついつい居眠りしそうになることがある。
同僚たちは、会社に泊まった方が楽なんじゃないのかとからかってくる。
食欲もない。
ただ、何かが違うのだ。
疲れが溜まったと思うのは、これが初めてではない。
まあ、分類するならばブラックな職場なので、これまでにも何度もこんなことはあ

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『消えた鍵っ子』 # シロクマ文芸部

『消えた鍵っ子』 # シロクマ文芸部

「消えた鍵っ子」
そんな見出しで当時は報道されたものだ。
と言っても、地方紙の小さな記事だから覚えている人は少ないだろう。
ましてや、もう何十年も前のことだから。
この間に世の中は変わった。
今では鍵っ子は珍しくない。
それに、消えてしまう子も。

当時は今のような防犯カメラなど設置されていない。
人ひとり捜すとなると、それは、もう軒並み、聞いて回るしかない。
まさに、砂浜でダイヤモンドを見つける

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『人生相談』

『人生相談』

あたしの人生はありきたりです。
生まれてすぐに施設に預けられたとか、養子に出されたとか、そんな出生の秘密なんてありません。
パパもママも健在です。
とても仲良しで、離婚なんて絶対にしそうにありません。
毎日、食卓には専属シェフ手作りの料理が所狭しと並びます。
食べるものに迷っても、食べるのに困ったことはありません。
あたしのお家は、広すぎてお掃除が大変なんだそうです。
家政婦さんが集まって話してい

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『水色の日傘』 # シロクマ文芸部

『水色の日傘』 # シロクマ文芸部

私の日傘、知りませんか、きれいな水色の日傘。
俺は、インターホンの向こうの声に体中が震え出すのを抑えることができなかった。

その日も帰りは遅くなった。
最近は、ずっと残業続きだ。
その割には、成績は思わしくない。
所長には、毎朝、朝礼で「給料泥棒」と罵られている。
まったく、あれで部下がやる気を出すと思っているのなら、おめでたいもんだ。
ああ言う奴を、昭和の遺物と言うんだろう。
そのうち、誰かに

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『スナイパーの意外な使い方』 # 毎週ショートショートnote

俺はスナイパーだった。
だったと言うのは、恋をしたからだ。
スナイパーに恋は命取りだ。
もしかすると、その恋人や、その両親や、兄弟の眉間を打ち抜かなくてはならないかもしれない。
そんな時には、恋やら愛やらは邪魔でしかない。
だから、恋を選んだ俺は、足を洗った。

2人だけの平穏な生活に、新しい命がやってきた。
平穏は破られたが、幸福な日々。
そして、娘も来年は小学校。
だが、俺は気づいていた。

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『30年目の心霊写真』

『30年目の心霊写真』

2月期が始まって間もない朝、その席に彼女の姿はなかった。
少し遅れて教室に入ってきた担任は、最低限の言葉で事情を伝えた後に、家族だけの密葬だから君たちは葬儀には参列しなくていいと言った。
話の途中から、あちらこちらで啜り泣く声が聞こえた。
その後、クラスの全員での黙祷。
それでも、女子の何人かは当日学校を休んで告別式に参列したようだ。
「遺書とかは、なかったんだって」
落胆なのか、安心なのか、教室

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『街クジラの季節』 # シロクマ文芸部

『街クジラの季節』 # シロクマ文芸部

街クジラの季節になった。
毎年、この季節、つまり梅雨が明けて、小学生ならあと少しで夏休みという季節になると、街クジラがやってくる。
と言っても、街クジラが見えるのは僕じゃない。
弓削くんだ。
この季節になると、弓削くんは、授業中もずっと窓の外を見ていた。
休み時間も、ひとりで、校庭の半分だけ埋められたタイヤに腰掛けて、空を見上げている。
ある時、僕は弓削くんに尋ねてみた。
「何を見てるんだよ」

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