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『当選した人生』

今日もまた上司は怒鳴っている。
よくもまあ、こんな俺に向かってあんなに真剣になれるもんだ。
仕事を覚える気なんかさらさらない。
ましてや、この会社で、いやどこの会社であれ、出世しようなんて思ったこともない。
でも、会社ってのはいいところだ。
何とか潜り込みさえすりゃあ、あとは適当に時間を潰していればお金をくれるんだからな。
もちろん、こんな大声の上司もいる。
中には、露骨に嫌味を言う同僚もいる。
あからさまに無視する後輩もいる。
まあ、それくらいは我慢しなくちゃいけないだろう。
俺の給料は、労働の対価と言うよりも、その忍耐の対価みたいなもんだからな。
それにしても、うるさい上司だぜ。
いやいや、我慢我慢。
このダミ声のひとつひとつが俺の給料になると思えば。

俺は、言われなくてもわかっている。
ぐうたらだ。
え、ぐうたらって知らないのか。
要するに、怠け者ってことだ。
無気力ってのとは、少し違う。
一生懸命働くのが嫌だってことだ。
だから、遊ぶのは大好きさ。
特に、パチンコ、競馬、競輪、競艇。
ギャンブルだな。
酒も飲む。
女は、ギャンブルで儲けた時だけだが、それでいい。
恋愛なんて、めんどくさいものはごめんだ。
親不孝者って、よく言われるが、ほっとけってんだ。
俺の親父やお袋だって、俺が赤ん坊の時には、「元気に育ってくれれば、それだけでいいよ」なんて言ってあやしていたはずだ。
だから、俺は元気に育ってやった。
他に何がいる。
これ以上の親孝行はないじゃないか。
適当に働いて、休みの日は昼間から酒を飲んで、ギャンブルをする。
俺は、ぐうたらな男だ。

突然、携帯の着信音が鳴り始めた。
俺の携帯にかけてくるのは、借金取りくらいだ。
しかし、今どき借金取りだって、こんな夜中にはかけてこない。
時間は、深夜の2時。
もしかして、親が死んだか。
俺は、頭の中で素早く遺産の計算をした。
恐れ半分、期待半分で通話ボタンを押す。
突然甲高い男の声。
「人生は映画、世界は舞台、主役はあなただ‼︎の趣旨のもと、あなたの人生が今年度最優秀作品に選ばれました。おめでとうございます」
男の声の向こうで大きな拍手が起こった。
「どん底の人生から這いあがろうともせずに、ただ虚しく日々に流されていく男。
親を捨て、故郷を捨てたつもりが、実は捨てられていた、その悲しい現実を知らずに日々浮かれくらす男。
おめでとうございます」
また拍手が湧き上がる。
「全世界が泣き、そして笑い転げた感動作。
その笑いで地軸が3度傾いたとか傾かないとか。
人類がたどり着いた怠け者の極地。
脚本、監督、主演の三役。
もう一度、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
思わず、礼を言ってしまった。
検索すると、
「こんな映画が見たかった」
「勇気が出た」
「俺が世界一のぐうたらだと思っていたら、上には上がいたね、まいったよ」
「今までどこに隠れていたのか、この才能」
そんなレビューが並んでいる。
俺は、窓を開けた。
夜空を見上げて、思わずつぶやいた。
「頑張らなきゃな、これからも」
翌日の記者会見?
もちろん、すっぽかして寝ていたさ。

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