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厨房作業見直し隊ムロの『未来厨房への歩み(もがき)』エピソード1

「先輩の教え」

こんにちは。厨房作業見直し隊 、隊長のムロです。

月に一回ペースで、介護施設厨房を未来型に変える歩み(もがき)をみなさんにお伝えしていきます!応援してもらえると嬉しいです。

まずは、わたしのストーリーをお伝えします! 

わたしは、関西の大学を卒業後、地元大阪で憧れの中学校の英語教師になりました。

わたしが赴任した中学校の隣には、子どもをネグレクトやDVから保護する施設があり、そこから通う子どもたちがクラスに2,3人いました。親の愛情を十分に受けていないせいなのか、彼らは教師に対して不信感を抱くことが多く、「死ね」「うざい」などと罵詈雑言を浴びせる子も少なくなかったのです。彼らとの接し方がわからず、衝突することも多々ありました。

 

そんな時、先輩教師から、こんなことを教わりました。

 

「こうした子どもたちは愛情に飢えているから、少し落ち着いたタイミングで一言『先生は君のこと好きだよ』と伝えれば受け入れてくれるよ」と。

教えを受け、実際私はそれを実行に移してみました。

わたしの注意に反発し、「うるさい、死ね」と言ってきた生徒に対し、少し落ち着いた頃合いで「俺は、〇〇君のこと好きやで」と言ってみたのです。

それに対する生徒の反応は、

「はぁぁ〜??まじできもいって」とさらに酷いものに。

 

こんな風に、すぐにはうまくいきませんでしたが、授業準備や教材作りなどの時間を使って試行錯誤を重ね、休み時間は彼らと一緒に体を動かすことで少しずつ信頼を得ることができ、結果楽しく充実した日々を過ごせるようになっていきました。

 

やっとうまくいきはじめ、意気揚々働きはじめた矢先……

 

突然の訃報。

 

友人が、自ら命を絶ったと……。

 

その友人は、学生時代にシェアハウスをしていた仲で、働きはじめてからもまめに連絡を取るような間柄でした。

突然の死にわたしは動揺しました。友人が悩んでいたことにすら気づいてあげられなかった、と自分を責めたりもしました。毎日の忙しさに加え、週末も一日中部活に時間を費やさなければならないような状況に、心も体もどんどん追い詰められ……

 

教師を辞めました。

 

憧れだった教師を、たった一年で辞めてしまいました。

身内や先輩教師には止められました。ですが当時の自分には辞める以外の選択肢が見当たらなかったのです。憧れの教師だったのに……。

今思えば、「もう少し頑張っていれば良かったかな」との後悔もありますが。。

教師をたった一年で辞めてしまったことに対する後ろめたさから、次の転職先は「全く別ジャンルにする!」と決めることで、後悔を「新しい挑戦」と美化し、自分を慰めることにしたのです。


「新しい挑戦」=「料理の世界」!

 

なぜ料理の世界かといえば、和食料理など20年以上料理人として働いていた父親の影響が大きかったと思います。

 

若干23歳、料理ど素人!

料理の世界へと飛び込んでいきました。

 

 

──次回は、料理の世界のお話をお伝えします!


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