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(30)別れーーchinko to america by mano

 時間はもうあまり残されていない。あと2週間でダニエラはコロンビアに帰っていく。それまでにオレはもっとダニエラを好きになっていくだろう。彼女に対する愛情が頂点に達した状態の中で、ダニエラはオレの元を去る。そのことを今から考えただけで、心が張り裂けそうだ。
 だが、帰国の時は容赦なく迫ってくる。その証拠に、買い物をしにショッピングモールに立ち寄ると、ダニエラは5歳になるという自分の息子へのプレゼントを探し求めた。
 一方、オレは、アジア人の血が混じったようなアメリカ人の子どもが歩いているのを見かけると、ダニエラと子どもを作ったときのことを想像し、彼女に対する思い入れを強めていった。
 オレたちはもう、同じ方向を見ていない。こうなることは最初からわかっていた。だが、いざその結末が近づいてくると、どうしてもそれを受け入れられず、恐怖におののく自分がいる。
 
 それからも毎日のようにオレとダニエラはお互いの体を求め合った。もう二度会うことはない。未来がないのはわかっていても、思いは一向に冷めやらない。
 そうしてとうとうダニエラが帰国する日がやってきた。彼女は数日前に寮を完全に引き払い、オレのアパートに移っていた。オレたちはたった数日の同棲生活を楽しんでいた。
 
 帰国前日の夜、オレたちは最後のセックスにふける。これでもうダニエラの体に触れることはない。いつもより時間をかけて求め合ったあと、オレたちは裸のままベッドの上に横になって話をした。
「マノ、あなたが本当に好き。初めて見たときから、好きだった。でももう終わりにしなきゃならない。つらいけど、どうすることもできない」
 オレは黙って話を聞いている。
「明日の夜、たった今マノとしたのと同じことを、私は自分の夫としなくてはならない。でも、以前と同じ気持ちで彼を迎え入れられるかわからないの……」
 ダニエラのこの言葉が、それまでのどんな言葉よりも心に響く。
 彼女はこれから、夫に明かすことのできない思い出を抱え込みながら生きていかなければならない。それがどれほどつらいものなのか、恋人らしい恋人を持ったことなく、ましてや結婚したこともないオレが、完璧に理解できるわけがなかった。ダニエラの状況を思いやることもせず、自分の欲望に突き動かされてきただけだったと言われても、言い返す言葉はない。それを考えると、オレは猛烈な罪悪感に襲われた。

 車に荷物を運び込み、出発の準備を進める。最初にダニエラに会ったとき、こんなにつらい別れになるとは想像もしていなかった。では、いっそのこと出会わなければよかったのか。それは絶対にない。いくらつらくとも、ダニエラに出会えたことは素晴らしいことだった。
 メンフィスの空港に向かって車を走らせる。2週間前、小旅行をしたときに通った道だ。あのときに感じた晴れ晴れとした気持ちが、今となってはツケを取り戻すかのように暗くのしかかってくる。
 
 ダニエラはもうあまり多くを語らない。さっきから押し黙ったままだ。
「これからオレは、どうすればいいんだ? もう頭がおかしくなりそうだ」
 彼女を苦しめるつもりはない。だが、そんな言葉しか出てこない。
「私もつらいわ。まさかここまでマノを好きになるとは思わなかった。一度だけのちょっとした遊びで終わると思ってた……」
 2人の間に相手を責める気持ちは少しもない。あるのは「会えてよかった」という思いだ。ただし、オレの心の中にはダニエラだけに背負わせてしまった不貞に対するうしろめたさがあった。

 空港に着くと、オレたちは搭乗口のベンチに座り、肩を寄せ合いながら最後の時間を過ごした。ここからダニエラはマイアミに飛び、そこからは国際線に乗り換えてコロンビアに帰っていく。今夜にはもう家に着いているだろう。彼女はオレとの記憶を完全に抹殺し、アメリカでの思い出を夫に話さなくてはならない。

コロンビア

 ダニエラがいなくなり、オレの生活からはすっかり色が失せた。すべてが空虚で、何をしてもつまらない。再び週末がやってきて、友人宅で開かれるパーティーに出掛けていくのだが、気が付くと、無意識のうちに部屋のどこかでダニエラの影を追い求めている自分がいた。
 
 以前はパーティーが終わる明け方近くまで絶対に帰らなかったオレだが、近ごろは日付が変わるころには、こっそりとパーティーを抜け出し、アパートに戻ってくるようになった。アパートに戻りさえすれば、ダニエラの姿に触れられる気がするからだ。
 ダニエラの声が無性に聞きたい。だが、電話することは許されない。
 彼女と過ごした日々をすべて忘れられれば、どれほど楽だろう。そう思う一方で、どれだけつらくても、いつまでも彼女の存在を感じていたかった。

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