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一生ボロアパートでよかった⑮

あらすじ
自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。
ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。

 あれから父は、毎日菓子パンを買って帰るようになりました。そして必ずと言っていいほど、ツイストドーナツを買ってくるのでした。私はあの日、確かにあんぱんが食べたいと伝えたはずなのに、なぜか父の記憶には、私の好物はツイストドーナツであると上書きされているようでした。

 餡の入っていないツイストドーナツは、まるで我が家のようで、好きではありませんでした。

 白く砂糖がまぶされた表面は、白い我が家を彷彿とさせました。中に餡の入っていないところも、戸籍上は家族でも実質家族としての機能を持たない我が家と、中身がないという点で同じだなと思いました。そしてその捻じ曲がった形も、あたかも交わることのない私達の家族関係を表現しているかのようでした。そして、一部の表面的な甘さに縋って最低限必要なカロリーを摂取できるところも、住む場所・帰る場所として僅かな都合の良さを持ち合わせているあたり、我が家と似ていると思いました。

 この頃の我が家は、それぞれが生きるために、この中身のない"家族"という食べ物を消費する事で、どうにか生活していたのだと思います。

 きっと、母にとってもそうでした。家族関係は最悪なのに、これまで母は家を出て行くことはしませんでした。お金だって自分で稼いでいたのだから、早々に家を出て一人で生活する事もできただろうに。あえてそれはぜず、母はあの女王たるベッドで寝て起きる生活を続けました。母がすぐにでも家を出なかったのは、この"家族"という食べ物の表面にまぶされた白く甘い砂糖を舐めていたからではないかと思いました。

 私だって、そうです。しようと思えばできただろう家出も、一回もした事がありませんでした。誰かにこの家の惨状を打ち明けて「助けて」と言う事もできただろうにあえてそれはせず、全ての不幸の根源は両親だと決めつけ傍若無人に振る舞う生活を続けました。そして、両親が払うローンと光熱費と食費にあやかりながら、この白い家にまぶされた砂糖にかじりついて生きていたのです。

 私は連日ツイストドーナツを食べる中で、我が家をそのように考察しました。その流れで、父についても考えを巡らせたのですが、父の事はどうにも理解できませんでした。

 あんな疲れた顔をしながら仕事を続けて、決して安くもない家のローンを払い続けて、家族としての機能を失った安らぎのないこの家族関係を続けて、ゴミが蓄積していくだけのこの家に住み続けて、いったいこの家のどこに父が舐める砂糖があるというのでしょうか。

 はたしてこの家には、父にとって縋り付くような魅惑の甘さでもあるというのでしょうか。

 私は父の事を不思議に思いました。
 そして、なんとなく確信するのです。
 父は、私達と何か違う。

 僅かに残っていた春休みを菓子パンを食べる事で消費し切っていた私は、そうして春休みの最終日に、その理解不能な父の思考を読み取ろうと、父を尾行する事にしたのです。

 決して意気込んで尾行を決めたわけではありませんでした。春休み最後の暇つぶし、とでもいうのか、家にいてももう少しで学校が始まってしまうという焦燥感にかられるだけなので、少し外に出たくて、その理由を無意識に探していただけなのかもしれません。

 そして知るのです。
 父の事はやっぱり理解できないと。



つづく



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